第21話 白衣の勇者、教える

 ――土曜日。


 結局、最良の指導方法がわからないまま、英雄は当日を迎えた。


(どうしたもんかねぇ)


 ダンジョン前で悩んでいると、絵麻に声を掛けられた。


「お疲れ! どうしたの? 悩み事?」


「お疲れ。まぁ、そんなところ」


 英雄は挨拶するついでに絵麻を視診する。


 ・レベル : 16 (17)

 ・体力  : 1230/1233

 ・魔力  : 165/165

 ・物理  : 201 (221)

 ・魔法  : 162 (182)

 * ()は装備を加味した値


 とくに問題なさそうな数値だった。このステータスなら彼女は今日もやってくれるだろう。


「何を悩んでるの?」


「んー。指導方法について、ちょっとね。絵麻は、前回、俺の指導を受けて何か気になったところはある?」


「いや、とくにないかな。わかりやすかったよ!」


「そっか。そう言ってもらえると、助かる」


 それからしばらくして、一花と翔琉もやってきたので、挨拶しながら視診する。


 まずは一花。


 ・レベル : 15 (16)

 ・体力  : 892/902

 ・魔力  : 189/189

 ・物理  : 156 (166)

 ・魔法  : 184 (214)

 * ()は装備を加味した値


 次に翔琉。


 ・レベル : 15 (16)

 ・体力  : 1120/1120

 ・魔力  : 157/157

 ・物理  : 188 (206)

 ・魔法  : 152 (170)

 * ()は装備を加味した値


 二人ともこっそり視診していたときのステータスとそれほど差はない。


 一花は魔法に特化したステータスになっていて、魔法だけなら三人の中で一番高い。特別な魔導系であることが魔法の数値にも反映され、今日の指導でさらに伸びることが期待される。


 一方翔琉のステータスは、二人ほど目立った特徴がない。しかし翔琉には、視診ではわからない武器がある。知力だ。翔琉が通っている高校の偏差値は、三人の中で一番高く、国内でも有数の進学校だ。だから、ダンジョン探索でもその部分を期待したい。


(それにしても、よくこの三人を発掘できたな)


 知り合いの冒険者からのアドバイスはあったらしいが、社長はこのステータスを見ずに三人を選んだのだから、人を見る目は確かなのだろう。ここにもう一人いるらしいので、もう一人のステータスも楽しみだ。


 啓子とも合流し、五人でダンジョンに入る。


 地下二階までサクサク進み、英雄は現れたゴブリン・ウォーリアーとゴブリン・ウィザードをまとめて倒し、自分の能力を一花と翔琉に理解してもらった。


 そして二人に十分伝わったようだったので、魔法の指導に移る。


 この世界では、魔法の発動に魔道具を使うのが一般的だった。魔道具とは、消費する魔力の量と質によって様々な魔法が発動できるアイテムのことだ。電化製品みたいに、魔道具によって使用できる魔法(機能)は決まっているものの、自分で魔力を別のエネルギーに変換する必要が無いという利点がある。魔道具を使用するなら、魔道具と自分の魔導管をしっかり接続する方法を身に着ける必要があるので、ハラスメントに気を付けつつ、二人に教える。


 一花は比較的すぐに『魔法杖』との接続に成功するが、翔琉は『風のブレスレット』との接続に苦戦していたので、英雄は丁寧に教えた。


 魔力の流し方や発動の仕方についても、一花は比較的すぐに理解したが、翔琉は戸惑う。


(翔琉が悪いというより、一花さんが優秀なんだよなぁ)


 魔法を使いこなしている一花を見て、英雄はそう思った。


(これくらいできるなら、能力向上のために、制約を課してみようかな)


 そして、一花に制約を課した。制約下でも魔法がちゃんと使えることに、英雄は感心する。魔素生成も問題なく行われているし、このポテンシャルなら、異世界でもやっていけそうだ。


 そんな感じで指導しながらダンジョンを進んでいくうちに、翔琉も魔法の使い方にも慣れ、使いこなせるようになった。


 魔法でモンスターを倒していく絵麻、一花、翔琉の背中を眺め、英雄は満足そうに頷く。


 ここまでは、問題なく指導ができている。


 ――そして、最深部へ。


 英雄は最深部へ降り立つ前から、ボス部屋に強めの敵がいることに気づいた。


(『再出現』ってやつか)


 絵麻たちに伝えようかと思ったが、誰も再出現に警戒していないように見えたので、あえて言わないことにした。この経験から学びを得て欲しいと思ったからだ。


 トンネルの奥へと進み、ゴブリン・バーサーカーと遭遇して、いったん退避する。


 トンネルの前に戻ると、絵麻から質問を受けた。


「……マネージャーから見て、私たちはあいつに勝てると思う?」


 英雄はゴブリン・バーサーカーの視診結果を分析する。


 ・レベル : 21 (22)

 ・体力  : 2567/2567

 ・魔力  : 56/56

 ・物理  : 300 (340)

 ・魔法  : 220 (220)

 * ()は装備を加味した値


 絵麻たちとのレベル差はだいたい6。この結果をもとに、率直な意見を述べる。


「個人で戦うなら難しいかもだけど、チームで戦うなら、勝てると思うよ」


「そっか。なら、私は皆と挑戦してみたい。あんな奴と戦える機会もそうそう無いだろうし。一花と翔琉はどう?」


 英雄は静かに彼女たちのやり取りを見守る。もちろんサポートはするつもりだが、意思決定などは彼女たちに任せたい。


「……僕も戦ってみたい。せっかく、うまく魔法が使えるようになったから、自分の実力を試してみたいかな」


「ありがとう! 一花はどう?」


「あたしは……」


「まぁ、不安になる気持ちもわかるけど、大丈夫だよ。いざとなったら、マネージャーが助けてくれるし。ね?」


「それはもちろん」


「だからさ、これは安心して失敗できるチャンスでもあるんだよ」


 絵麻の言葉に英雄はうなる。


(安心して失敗できるチャンス、か)


 英雄の背筋が自然と伸びた。異世界ではそれを与えてもらうことが多かったが、今はそれを与える側の人間だ。その責務をしっかり果たしたいと思う。


「……そうだね。なら、やってみようかな」


「ありがとう! じゃあ、どうやって戦おうか――」

 

 絵麻たちの作戦会議を聞き、おおむね彼女たちの方針で良いと思った。ゴブリン・バーサーカーの物理攻撃は強力なので、物理が比較的高めの絵麻が引きつけ、他の二人がサポートに回るのは理に適っているように思えた。ただ、気になることもあったので、いくつかの助言を与えて、彼女たちを送り出す。


 絵麻たちとゴブリン・バーサーカーの戦いが始まる。


 出だしは好調に思えたが、一花が【メガ・ファイア】を使ったことで、英雄は眉をひそめる。


「ナイスよ、一花!」


 啓子は歓声を上げるが、英雄は嫌な予感がした。


(制約は守らなくていいって言ったのに……)


 しかし、今のは偶然かもしれない。もう少し様子を見ることにした。


 絵麻たちの戦いを見ながら、英雄は分析する。


(絵麻は、流石だな)


 前回の探索である程度できることはわかっていたが、今回もその才能をいかんなく発揮している。相手が振り回す大剣にも臆することなく、小回りを活かした立ち回りで、ゴブリン・バーサーカーを翻弄していた。


(ってか、翔琉も良いな)


 まず、位置取り。相手の死角になりそうなギリギリな位置に立つことで、ゴブリン・バーサーカーの気を引き、絵麻だけに集中させないようにしている。また、ゴブリン・バーサーカーの気が自分に向けられそうになると、視界から消え、狙いを絞らせない。さらに、攻撃のタイミングと強さも良く、ゴブリン・バーサーカーが絵麻に集中しようとすると、弱めの風魔法をぶつけて自分に意識を向けさせる。が、すぐに視界から消えるので、ゴブリン・バーサーカーも追うことができず、目の前の絵麻に意識を向けた。イライラするが、絵麻を無視してまで攻撃するほどではないと思わせている。すると、また死角のギリギリに立って、魔法を放った。その動きを何度も繰り返すことで、ゴブリン・バーサーカーの気をうまく散らしている。


(やはり、頭が良いんだな。で、問題は……)


 一花だ。攻撃のタイミング自体は、絵麻に合わせているので問題ないように見えるのだが、動き直しが無く、位置の修正が疎かになっている。さらに、守らなくていいと言った制約を守り、強めの魔法を当ていた。あれでは、ゴブリン・バーサーカーに優先的に狙われる。


(一回止めるか?)


 英雄が悩んでいると、思いのほか早く、ゴブリン・バーサーカーが動いた。が、その動きをすぐに読んだ英雄は、闇魔法の【念力】を発動し、ゴブリン・バーサーカーが投げた大剣を宙に止める。さらに、ゴブリン・バーサーカーの手の中に大剣を戻すと、土魔法の【土蜘蛛】を発動し、地中から突き出た複数の石で、ゴブリン・バーサーカーの動きを封じる。


「はい。皆、いったん集合して」


 英雄が呼びかけると、三人が慌てて駆け寄ってくる。重苦しい雰囲気。もしも異世界なら、戦士が一花の胸倉を掴んで、「死にてぇのか!」と怒鳴るところだが、ここは異世界じゃないし、英雄の代わりに怒鳴ってくれる戦士もいない。だから、自分でやるしかない。


 『ハラスメントに気を付けよう』や『でも、そんなことを言っている場合じゃない』とかいろいろな言葉が頭に混在する中、英雄は口を開く――。

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