第20話 白衣の勇者、悩む

 ――時間は遡り、木曜日の朝。


 英雄は出社後、事務スペースにて、啓子と朝の打ち合わせをしていた。すると、啓子に言われる。


「――あと、急な提案で申し訳ないんだけど、今週の土曜日に『ゴブリンの巣窟』で、撮影を行っても良いかな?」


「……俺は別に予定が無いんでいいですけど、どうしてですか? 撮影って基本的に二週間に一回なんですよね?」


「うん、そうなんだけど。ほら、絵麻もダンジョンをクリアできたじゃん? だから、鉄は熱いうちに、じゃないけど、他の子も巻き込んでダンジョンをクリアしたいなと思って。それに、一花と翔琉にも、ヒデ君から指導して欲しいし」


「なるほど。俺としても、二人がどんな感じなのかを早めに知っておきたいし、そういう理由なら、やりましょう。でも、三人の予定は大丈夫なんですか?」


「そこは、もちろんあの子たちの予定を聞いてから決めるわ。だから、もしかしたら流れるかもしれない」


「わかりました」


「んじゃ、申し訳ないんだけど、よろしくね」


「はい」


「ということで、今日の打ち合わせはおしまい! 今日も頑張りましょう!」


「はい」


 英雄はパソコンに視線を戻し、啓子にお願いされていた作業に取り掛かろうとした。が、その手が止まる。一花と翔琉の指導をお願いされたが、改めて考えてみると、指導って何をすればいいのだろうか。文脈的には魔法の指導の気はするが、念のため、英雄は隣席の啓子に話しかける。


「あの、啓子さん。ちょっといいですか?」


「ん? 何?」


「さっき指導するみたいな話がありましたけど、前回、絵麻にやったような魔法の指導ってことでいいんですよね?」


「うん。そう。何か気になることがあった?」


「いえ、ただ確認しておこうかなと思って」


「そっか。あ、そうだ。距離感には気を付けてね。絵麻は平気そうだったけど、人によってはセクハラに感じるかもしれないから」


「セクハラ? ああ、そうですね。気を付けます」


 英雄は入社した時に受けた説明を思い出す。今は、ハラスメントに厳しい時代だった。だから、自分がどう思うかではなく、相手がどう思うかで行動しなければいけない。


「あと、前も言ったけど、相手が平気でも異性にべたべた触るのは止めてね。とくに屋外では。あの子たちは、アイドル的な一面もあるディーバーだから、写真なんか撮られたりしたら大変よ。例え、その相手がマネージャーであるあなたでも」


「確かに。男の影があると荒れますもんね」


 じっと啓子に見られ、英雄はたじろぐ。


「本当にわかってる?」


「わかってますよ」


「ふーん。なら、いいけど」


「他に、何かこの間の指導で気になったところとかありますか?」


「うーん。無いかな」


「そうですか。何か、指導マニュアルとかってあったりします? あるなら、一応、目を通しておくのですが」


「そうねぇ……。あ、なんかそんなのが、共有フォルダにあったかも。パスを送るね」


「ありがとうございます」


 送られてきたフォルダのパスを打ち込み、マニュアルを見つける。開いて確認しようとしたら、啓子の視線を感じたので、目を向ける。


「ありました。ありがとうございます」


「そっか。良かった。あのさ、そのマニュアル、ちょっと古いから、今すぐじゃなくていいんだけど、何か気づいたことがあったら、更新してくれると嬉しいなー」


「……善処します」


「ん! よろしく!」


 仕事が増えたことを煩わしく思いながらも、英雄はマニュアルを開く。他にも作業があるので、さっと視線を走らせ、内容を確認した。


 とくに目新しい情報は無かったが、とにかくハラスメントに気を付けなければいけないことだけはわかった。


(ハラスメントねぇ……)


 異世界ではとくに気にしたことが無かった。ムカつく相手がいたり、交渉なんかがうまくいかないときは、力を見せつけて、威圧すれば相手が何でも言うことを聞いてくれる。しかし、この世界でそういった手段に訴えれば、トラブルになるに違いないだろう。


(面倒くさいなぁ)


 指導だけではなく、診察結果を伝えるやり方についても、この世界に合わせてアップデートが必要かもしれない。この世界で生きていこうとすればするほど、やるべきことが増える現実に、英雄はため息を吐きそうになった。


「どう? 何か使えそう?」


「いえ、とくには」


「まぁ、そんなに心配しなくて大丈夫だと思うよ。少なくとも、絵麻へのやり方を見た限りだと、人によってはセクハラと思ってしまいそうな点を除けば、そこまで問題があるようには見えなかったし。それに、彼女たちもある程度厳しい指導には慣れているだろうから、少しくらい厳しくなっても大丈夫よ」


「……なるほど」


 一花は中学時代にテニスの全国大会で優勝した経験があり、翔琉もサッカーで都大会入賞の経験がある。だから、厳しい指導に耐えられる――と思うのは早計か。読んだばかりの資料によると、この人なら大丈夫という思い込みは捨てた方が良さそうだが。


(どうしたもんかなぁ。とりあえず、帰りに本屋へよるか)


 そして、その日の午後に明後日の撮影が決まり、英雄は不安を抱えながら撮影に挑むことになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る