第19話 友達思いの少女、意地を張る
「皆、戻るわよ!」
啓子の声。ゴブリン・バーサーカーが立ち上がる前に、一花たちは慌てて来た道を引き返し、トンネルの前に戻った。
「な、何で。あいつが。この間来たときはいませんでしたよね!?」
絵麻の言葉に啓子が頷く。
「え、ええ。きっと『再出現』だわ。このダンジョンでも報告があったし」
ダンジョンでは、一度ボスを倒しても、再び出現することがあった。その現象を『再出現』と呼び、『ゴブリンの巣窟』でも、再出現の報告例はあった。だから、今回の再出現も起こりうることではあったのだが、先週探索した時にいなかったから、完全に油断していた。
「ヒデ君、どうする?」
「俺ですか? 俺はべつに。むしろ、逆に聞きたいのですが、皆さんはどうしたいんですか? 奴と戦いのか、もしくは逃げたいのか。どちらにせよ、俺はその意見に従います」
「……マネージャーから見て、私たちはあいつに勝てると思う?」
「個人で戦うなら難しいかもだけど、チームで戦うなら、勝てると思うよ」
「そっか。なら、私は皆と挑戦してみたい。あんな奴と戦える機会もそうそう無いだろうし。一花と翔琉はどう?」
一花と翔琉は顔を見合わせる。確かに魔法がうまく使えるようにはなったが、それでも相手は危険度Bのモンスター。危険度Cのモンスターとしか戦ったことがないため、そんなモンスターと戦える自信が無い。
しかし翔琉は、数秒の思案の後、覚悟を決めた顔で口を開く。
「……僕も戦ってみたい。せっかく、うまく魔法が使えるようになったから、自分の実力を試してみたいかな」
「ありがとう! 一花はどう?」
「あたしは……」
「まぁ、不安になる気持ちもわかるけど、大丈夫だよ。いざとなったら、マネージャーが助けてくれるし。ね?」
「それはもちろん」
「だからさ、これは安心して失敗できるチャンスでもあるんだよ」
「……そうだね。なら、やってみようかな」
「ありがとう! じゃあ、どうやって戦おうか――」
一花は微笑んで返したが、内心穏やかではなかった。絵麻の戦う理由が、自分ではなく、英雄に対する信頼であることに気づいたからだ。少なくとも、一花はそう感じた。わかっている。今は、そんなことを気にしている場合ではないことくらい。でも、一花のプライドがそれを許さなかった。
(……絶対に認めさせてやる)
一花の目に決意の炎が揺れた。
それから三人で作戦会議をした後、絵麻は英雄に質問する。
「――ってな感じで戦おうと思うんだけど、どうかな?」
今回は、絵麻がアタッカーとして振舞い、一花と翔琉がそれをサポートする形で戦うことにした。他のディーバーが、そのようなやり方でゴブリン・バーサーカーを攻略していたからだ。
「ん。まぁ、とりあえず、それでいいんじゃないかな。アドバイスがあるとしたら、絵麻はまともにあいつの剣を受けようとしないこと。奴の大剣は絵麻には重すぎるかもしれないから。
そして、一花と翔琉は位置取りと攻撃のやり方に気を付けて。何を言いたいかというと、三人の連携でやつの意識をかく乱し、やつが誰を狙えばいいのかわからなくなるような状況を作り出して欲しいんだよね。
もう少し詳しく言うね。基本的には、絵麻がやつと戦って、絵麻がやつの気を引いて欲しいんだけど、そのときに一花と翔琉は、奴の視界の端をうろちょろしながら、魔法でやつの意識を自分たちにも向けるようにする。そうすれば、やつは絵麻だけに集中できなくなる。このとき大事なのは、狙われそうになったらすぐに逃げられる位置にいることと、強めの魔法は使わないことだ。目の前に絵麻がいるとはいえ、自分の狙いやすい位置に相手がいたら、やつは当然その相手を狙う。さらに、強い攻撃を繰り出す相手がいたら、多少のリスクを背負ってでも攻撃しようとしてくる。だから、常に動き続け、弱めの魔法を使うことで積極的に狙うほどの相手ではないことをアピールすんだ。
それを繰り返せば、やつの中で、誰を優先的に狙うべきかがわからなくなって、攻撃が中途半端になり、倒しやすくなる。だから、今、言ったことに気を付けて戦って欲しい。OK?」
三人が頷いたのを見て、英雄は続ける。
「あと、一花に課した制約についてはいったん忘れて。今は、目の前の敵に集中してほしいから、慣れている魔法でいこう」
「……うん」
しかし一花は、あえて制約を課した状態で戦おうと思った。それでゴブリン・バーサーカーを倒した方が、絵麻からすごいと思ってもらえるからだ。
「それじゃあ、皆、行こう!」
絵麻が歩き出そうとするも、英雄から「待った」が掛かる。
「その前に魔力の回復。入れるために握手するけど、嫌なときは言ってね」
英雄が差し出した右手を一花は握る。突然の異物感に一花の体がぶるっと震えた。英雄は翔琉とも握手を交わし、絵麻と握手しようとするが、絵麻は手を広げる。
「それは、頑張ったら」
「……わかった。頑張る」
絵麻は英雄と握手する。一花は不思議そうにそのやり取りを見ていた。
気を取り直した様子の絵麻が一花と翔琉に微笑みかける。
「よし! じゃあ、行こう!」
絵麻を先頭にトンネルを進み、改めてボス部屋に入る。部屋の中央には、ゴブリン・バーサーカーがいて、臨戦体勢である。ゴブリン・バーサーカーは絵麻たちを認め、吠える。空気が震え、緊張感が高まった。
「行くよ!」
「「うん!」」
まず、一花と翔琉が動く。一花は【メガ・アイス】を、翔琉は【メガ・ウインド】を放った。氷の塊がゴブリン・バーサーカーの足元を狙うも、ゴブリン・バーサーカーは跳んで避ける。が、風の塊が顔面に直撃し、空中で体が反った。その隙に絵麻が走り寄る。
ゴブリン・バーサーカーは体勢を崩していたものの、右足で踏ん張り、大剣を振るう。絵麻はしゃがんで攻撃を避け、腹部に斬りかかった。
「ぐおっ」
確かな感触。ゴブリン・バーサーカーの皮膚は厚かったが、切傷ができる。絵麻が追撃しようとするも、ゴブリン・バーサーカーは大剣を振りまわしてそれを許さなかった。絵麻はいったん距離をとるが、ゴブリン・バーサーカーは突進で距離を詰めようとした。が、その横腹に火球がヒットする。一花の【メガ・ファイア】だ。
「ぐおぉぉ」
ゴブリン・バーサーカーが地面を転がる。一花は絵麻に目配せした。絵麻のウインクに一花は笑みで返す。
(へへっ、私に任せて、絵麻)
一花は杖を力強く握り、次の魔法【メガ・ウォーター】を発動した。立ち上がったゴブリン・バーサーカーの顔面に直撃し、ゴブリン・バーサーカーが惑っている間に、絵麻が追撃を加える。
(よし! できる!)
一花は二度の攻撃で確信を得た。だから、自信をもって、次の攻撃を準備する。
――しかし、それが慢心を招いた。
一花はそれから何度も魔法を繰り返し、ゴブリン・バーサーカーに攻撃する。が、攻撃に集中するあまり、英雄の言葉を忘れてしまい、動くことを止め、次の魔法に集中してしまった。
(えっと、次は、火かな?)
一花が火の魔素を生成しているときだった。ゴブリン・バーサーカーと目が合う。
(あ、やばっ)
危険を察知したときにはもう遅い。ゴブリン・バーサーカーが一花に向かって駆け出した。
「一花っ!」
一花はすぐに【メガ・ファイア】を発動する。しかし、ゴブリン・バーサーカーが投げた大剣が火の塊を裂き、一花の首を狙う。
「っ!」
考えている暇はなかった。一花の体が無意識に動き、杖で大剣を打ち返そうとする。
しかし、杖で大剣が打ち返せるはずはなく、大剣が自分の体を貫く――そんな未来が見えてしまった一花の前で、大剣が静止した。
「……えっ?」
大剣がゴブリン・バーサーカーの手の中に戻る。ゴブリン・バーサーカーは困惑しながら、自分で握った大剣を見た。そして、ゴブリン・バーサーカーを閉じ込めるように、地面から複数の石が突き出し――ゴブリン・バーサーカーは石の中に閉じ込められる。
こんな芸当ができる人は一人しかいない。
全員の視線が英雄に集まる。
英雄は気難しい顔で手を叩き、言った。
「はい。皆、いったん集合して」
*戦術については後に修正があるかもしれません(2023/10/26)
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