第18話 友達思いの少女、理解する
――土曜日。
一花は、ダンジョンの更衣室までは絵麻と一緒だった。しかし、そこから絵麻は素早く着替え、「先に行ってるね!」とすぐに出ようとした。
「あれ? いつもより早くない?」
「ん。まぁ、あいつももう来ているみたいだし。んじゃ」
そのまま絵麻が出て行ったので、一花も負けじとすぐに着替え、絵麻の後を追った。
『魔法使いの基本セット』を装備した一花は、黒いローブを羽織り、三角帽子を被った姿で先を急いだ。
ダンジョン前に絵麻と英雄がいて、楽しそうに会話していた。一花は英雄の恰好を見て、眉を顰める。彼は白衣をまとっているようにしか見えなかった。
「あれで行くつもりなのかな?」
「うおっ、びっくりした」
いつの間にか自分の隣に翔琉が立っていた。
「あ、ごめん。驚かせるつもりは無かったんだけど」
「まぁ、大丈夫だけど。あの恰好でダンジョンに入るなんて、ダンジョンを舐めているとしか思えない」
「何か秘密があるのかもよ。恰好なら、僕も似たようなもんだしね」
翔琉は自分が装備している『薬師の基本セット』を見せる。茶色のパンツにカーキーのチョッキを着用した翔琉の姿は、人によっては木こりに見えるだろう。
「翔琉君のそれは、特別な素材であることがわかっている装備じゃない。でも、あの白衣はそういった類のものに見えないわ。聞いたこともないし」
一花は視線を二人に戻す。あんな格好で何かを言われても説得力はない。そのはずなのに――。
――ゴブリンの巣窟、地下2階にて、一花と翔琉の目は点になっていた。
「ねぇ、すごいでしょ」と絵麻は自分事のように胸を張り、ばしばしと英雄の手を叩いた。
数秒前のこと。前方から走ってきたゴブリン・ウォーリアー二体とその後方に控えていたゴブリン・ウィザードを英雄が【メガ・サンダー】で消し炭に変えた。驚いたのはその威力である。絵麻の【メガ・サンダー】が静電気に思ってしまうほどの雷撃で、洞窟内にいるはずなのに、すぐ近くで雷が落ちたような衝撃があった。
「い、今のが【メガ・サンダー】ですか?」と翔琉。
「そのつもりだったんだけど、もう少しわかりやすい方がいいかなと思って、【ギガ・サンダー】にした」
【ギガ】系の魔法は、危険度Aのモンスターと渡り合える魔法使いじゃないと使えない高等魔法だ。しかも、その発動には、レア度がS級以上の魔道具が必要だと言われるのに、レア度Nの魔法剣で発動し、本人にはまだ余裕が残っているように見えた。
一花は唇を噛む。魔法使いだからこそわかる。悔しいが、彼の実力は認めざるを得ないようだ。
「彼がすごいのは、使える魔法だけじゃないわ。教えるのも上手なの」と今度は啓子が自分事のように語る。「昨日の動画で、もう見ているかもしれないけど、絵麻、ヒデ君に教えてもらった魔法を使ってみて」
「うん!」
絵麻は英雄の隣に立ち、一花と翔琉に背中を向けて、魔法剣を構えた。その魔法剣が青白く光る。一花は、その光り方を見ただけで変化に気づいた。魔法剣の輪郭がはっきりとわかる。いつもはもっと荒々しくて、松明でも持っているかのようだったが。上位勢がよく言う安定した状態だ。
絵麻が剣を振ると、閃光が走り、光の刃が洞窟の奥まで飛んで行った。英雄の【ギガ・サンダー】ほどではないにせよ、遠くで雷が落ちたか? くらいの雷鳴も洞窟に響く。魔法なら絵麻に勝っている自信があったが、一瞬で抜かれてしまったことを理解し、胸がざわついた。
「大丈夫よ」と啓子は言う。「一花も翔琉もヒデ君に魔法を教えてもらったら、絵麻くらいできるようにはなるわ。ということで、先生、お願いします」
「……はい」
啓子の先生呼びが気になる様子で英雄が進み出る。
「それじゃあ、とりあえず、二人が魔法を使っているところを見たいので、魔法を使ってもらっても良いですか?」
「は、はい!」
「うん」
翔琉と一花が英雄の前で魔法を発動する。何回か発動したら、英雄が「OK」と手を叩いた。
「二人の魔法についてはだいたいわかりました。それじゃあ、魔法について教えていこうと思うんですが、その前に、二人は普段、魔力とか魔導管を意識していますか?」
「僕はあんまり……」
「あたしは……どうなんだろう。意識していると言えば、意識しているかも、くらいかな」
「そうですか。じゃあ、まずは魔力と魔導管を感じるところから始めましょう。そのまま並んだ状態でいてください。ちょっと背中を触るんで、嫌だったら、遠慮なく言ってくださいね」
英雄は翔琉と一花の後ろに立つと、二人の背中に手を当てた。
「んじゃ、俺の魔力を流すんで、まず、俺の魔力を感じてみてください」
――瞬間。異物が入ってくる感覚に、一花の背筋が伸びた。温かいものが自分の中に入ってくる。しかもそれは、自分の中を駆けた後、外に出て行く。そこにある種の心地よさを感じ、一花は内股になる。まさか、ダンジョンでこんな気持ちになるとは。隣を見ると、翔琉も頬を薄く上気させ、一花ほどではないにせよ、感じているようだった。
「どうですか? 俺の魔力を感じますか?」
「この温かい感じのものですか?」
「感じ方は人それぞれですが、そう感じる人が多いですね」
「なら、僕は感じてますっ」
「あ、あたしも」
「よし。じゃあ、次はその魔力が通っている管の形を意識してみましょうか。それが魔導管です」
一花は意識する。英雄の魔力によって、全身を巡る魔導管とその形までわかった。また、意識すればするほど、体がじんわりと熱くなる。
「何となくわかってきたみたいですね。これから魔法を使うときは、その魔力と魔導管を意識してみてください。それでは、まずは魔道具の魔導管と自分の魔導管を繋ぐところからやってみましょうか」
そこからいろいろ教えてもらった結果、一花は自分の武器である『魔法杖』と自分の魔導管を接続し、より安定して魔法が使えるようになった。
これまでは、魔法を発動した後に倦怠感を覚えることが多かったが、【メガ・アイス】を発動しても、快眠できた日の目覚めみたいなスッキリした感覚がある。
「今の魔法、良かったですよ」
英雄に微笑まれ、一花はぎこちない笑みを返す。感謝はあるが、絵麻のことがあるし、素直にお礼が言えなかった。
「一花さんはすごいですね。覚えるのが早い。数回、発動しただけで、魔法発動時の感覚をほぼマスターしています」
「……ありがとうございます」
「なら、さらなる成長のために、制約をつけましょうか」
「制約?」
「はい。今は氷魔法しか使っていませんが、これからは、火、水、風、土、雷、氷の順に魔法を発動してください。どれも【メガ】系の魔法で大丈夫です。この制約を課す理由は、魔素生成の生成時間を短くしながら、生成精度を上げていきたいからです。これらの魔素の生成に慣れているとはいえ、精度や生成時間はまだまだ伸びしろがあるので、そこを伸ばしていきたいです」
「わかりました。何かコツとかありますか?」
「そうですねぇ……」
英雄からいくつか魔素生成のコツを教えてもらい、それを実践する。すると、驚くくらい簡単に、異なる属性の魔法が使えるようになった。今までは、異なる属性の魔法を使おうとしたら10秒くらい掛かっていたが、それが数秒にまで短縮された気がする。
翔琉に指導している英雄の背中を、一花は複雑な表情で眺める。悔しいが、実力は認めざるを得ないようだ。眺めていると、絵麻に声を掛けられた。
「どう? 調子は?」
「……悪くは無いかな」
「ね? すごいでしょ、あいつ」
「ん。まぁ」
「あいつのおかげで、魔法が安定するようになったんだよね。一花もそうでしょ? さっきから、魔法がめちゃくちゃ安定している」
「そうだね」
「でも、いいなぁ、一花は。あいつに褒められてばかりじゃん」
「そんなことないと思うけど」
「いや、そんなことあるよ。だって、私のときなんて――」
嬉々としながら英雄のことを語る絵麻を見ていると、一花の心のわだかまりは大きくなる。絵麻があの男を気に入っている理由が何となくわかった。でも、それを認めたくない気持ちがある。だって、それを認めたら、絵麻が自分から離れていくような気がしたから。
「――か、一花!」
絵麻に呼ばれ、ハッとする。
「大丈夫?」
「あ、ごめん。ちょっと考え事」
「そっか。なら、良かった! まぁ、とにかく、この調子で頑張ろう! あいつの言う通りにしておけば、このダンジョンもすぐにクリアできるよ」
「う、うん」
――そして、一行は最深部に至る。
一花は、ボス部屋と呼ばれる部屋へ通じるトンネルの入り口を、渋い顔で眺める。こんなにあっさり、この場所へ来ることができるなんて思わなかった。初めて、『ゴブリンの巣窟』に挑戦したのが二か月前。それから何回か挑戦し、二週間前に初めてゴブリン・ウォーリアーと戦った時、クリアまであと二か月は掛かるんじゃないかと思ったのだが……。
一花の視線が英雄に向けられる。このダンジョンを、こんなにも簡単にクリアできたのは、間違いなく英雄のおかげだった。しかし、「ありがとう」の言葉は、喉に引っかかって出てこない。
「さぁ、皆! あとちょっとでクリアだよ!」
絵麻の明るい声で、一花は自分が撮影中であることを思い出した。視線を英雄の上に向ければ、ドローンのカメラが自分たちを捉えている。
「それじゃあ、ボス部屋に行ってみよう!」
絵麻を先頭に、トンネルの奥へと進む。本来なら、ここでボスと呼ばれる強モンスターと戦う。しかし、ボスはすでに討伐済みなので、空となったボス部屋が一行を迎える――はずだった。
トンネルを抜けた先、開けた広い空間の中央に、鎧を装備し、大剣をそばに突き立てているゴブリン――ゴブリン・バーサーカーが鎮座していた。
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