第17話 友達思いの少女、戸惑う②

 中性的な美少年である翔琉かけるは、三人の様子を眺め、爽やかな顔で気づく。


「もしかして、一花ちゃんも英雄さんに診てもらったの?」


「ん? まぁ、勝手にだけど。その感じだと、翔琉君もやってもらったの?」


「うん! 火曜日、事務所に来たら二人がいて、そこでついでにって」


「翔琉君は信じているの? あの人の言うこと?」


「んー。どうだろう? 英雄さんと一緒にダンジョンに行けば、英雄さんの言うことが信じられるようになるらしいけど。ねぇ、絵麻ちゃん?」


「ええ。きっと二人もわかるわ!」


 絵麻が自信たっぷりに言うので、一花はモヤモヤした。なぜ、モヤモヤしているのかは、よくわからないが。そこで一花は気づく。


「ってか、動画は無いの? 一緒にダンジョン探索をしたんでしょ?」


「ん。まぁ、それはそうなんだけどさ。生で体感してほしくて」


 絵麻の笑みにイラっとする。いつもなら、楽しみになるはずなのに、今日は絵麻に苛立ってばかりだ。


「あ、英雄さん。これ、言っていた漫画」


 翔琉が鞄から本を取り出して、英雄に渡す。


「おっ、ありがとう」


「何? この漫画」と絵麻がのぞき込む。


「俺の記憶がない10年の間に、どんな漫画が流行ったか教えて欲しいって翔琉に言ったら、これを薦めてくれたんだ。で、今日持ってきてくれた」


「ふーん。ってか、いつの間に仲良くなったの?」


「絵麻が、啓子さんにありがたいお言葉を貰ってるときかな」


「まぁ、僕も男一人でここは心細かったからね。それで」


「へぇ。まぁ、いいや。私もその本を読みたーい!」


「絵麻ちゃんには面白くないかもよ?」


「そんなの読んでみないとわかんないじゃん」


「それはそう。んじゃ、あっちのソファーで大人しくこれを読んでいて」


「何を言っているの? あんたも一緒に読むの!」


「いや、漫画を一緒は読みづらいだろ」


「いいから」


 絵麻に腕を引かれ、英雄は呆れ顔で連れていかれる。翔琉は苦笑しながら二人についていき、一花は一人取り残され、頬を膨らませた。その顔には不満の文字が刻まれている。


(何さ、絵麻ってば、そんな発情した犬みたいに)


 一花が絵麻を睨んでいると、扉が開いて、啓子が現れた。


「お疲れ! あら? どうしたの? こんなところで立ち止まって」


「……べつに」


「そう。それより、丁度よかったわ。皆、集まって……って、絵麻! 一昨日も言ったでしょ! 近い!」


「そうかなぁ。これくらい、普通だと思うけど」


「そんなわけないでしょ! 腕まで組んじゃって。それは恋人の距離感だから! ってか、ヒデ君もちゃんと指導しなきゃ!」


「してるですけどね。言うこと聞いてくれないんですよ」


「なら、もっとはっきり言わないと。ヒデ君がそんな調子だと――」


「あ、あの、啓子さん!」と翔琉。「何か話があるんじゃないですか?」


「――え、ええ。そうね。ヒデ君、この話の続きはまた後でね。とりあえず、今は準備をお願い」


「はい!」


 英雄は素早く立ち上がると、ホワイトボードへ向かう。


「ほら」と、一花は啓子に声を掛けられる。「一花も座って」


「う、うん」


 一花は三人掛けのソファーに座る。いつもなら、絵麻の隣に座るのに、今日は、二人の間に大きな隙間があった。


 英雄がホワイトボードを引いて戻ってくる。そこに、次の撮影に関する情報が書いてあった。


 啓子がその情報をもとに説明する。日時は次の土曜日。場所は大田区の『ゴブリンの巣窟』で、内容としては、前回の撮影で最深部に到達できた絵麻が、二人にダンジョンのことを教えながら、グループでのダンジョンクリアを目指すというものだった。


「――そして今回の撮影で、一花と翔琉は、初めてヒデ君と探索するわけだけど、ヒデ君の言うことを聞いておけば間違いないわ。だから、ヒデ君にいろいろ教えてもらってね。ヒデ君もサポートよろしく」


「はい。もちろんです」


 啓子も英雄のことを信頼しているらしい。それが、一花としては面白くなかった。なぜ、二人はこんなにも英雄のことを評価しているのか。一花には、英雄が凡夫にしか見えなかった。


 ――その日の帰り道。


 一花は相変わらずモヤモヤしていた。撮影についての説明が終わった後も、絵麻がマネージャーにべったりで、遊んでくれなかったからふて腐れているわけではない。絵麻の変わりようが、とにかく気になった。絵麻のマネージャーに対する接し方は、仲の良い男子に対するそれとは全く異なる。もっと親し気で、恋人のそれに近い。


(もしかして……二人は付き合ってるの!? いや、でも、それなら教えてくれるはず)


 一花は、夏休みに絵麻が自分の家へ泊りに来たときのことを思い出す――。


『ねぇ、絵麻って好きな人いないの?』


『何? 急に』


『いやほら、あたしたちって、あんまそういう話しないじゃん』


『確かにしないけど』


『で、いるの?』


『いないよ。そういう、一花はどうなの?』


『あたしもいないかな。でも、彼氏は欲しいんだよね』


『へぇ。何で?』


『だってさ、あれって気持ち良いらしいよ』


『あれ?』


『セッ〇ス』


『……ああ。もっとオブラートに包みなさいよ。ってか、あれが気持ちいいなんて、猿がやるための口実として流しているデマよ』


『そうかなぁ』


『そうよ。男なんて皆、猿なんだから』


『それはそうだね。さっき会った弟いるじゃん? あいつのゲーム機の中に、エッチなDVDをいれておいたらさ、それをオカズにしてたんだよね』


『……まぁ、まず何してんの? って話だし、弟君が可哀想だし、そもそも、どうやってそんなもん手に入れたの?』


『弟の友達にお願いしたら、協力してくれた。何枚か残ってるけど、見る?』


『見ない。まぁ、とにかく、あれが気持ちいいなんてのは嘘だから』


『えー。でも、やってる友達は気持ちいいって言ってるよ?』


『周りに合わせているか、気持ちいいと言うことで猿とやった自分を肯定しているだけよ』


『言うねぇ。じゃあ、絵麻は彼氏ができてもやらないの?』


『やらない』


『ふぅん。じゃあ、彼氏ができたらあたしに紹介してよ。やらないことで不満が溜まっているようだったら、絵麻に教えるから』


『それ、いいわね。やらなきゃ、私を彼女と認められないような男なんて、すぐに別れてやるわ』


『決まりだね。安心して、あたしもちゃんと教えるから。どんなプレイをしたかも』


『いや、それはいい』


 ――と、こんなやりとりがあったから、絵麻がマネージャーと付き合っていたらちゃんと報告してくれるはず。しかし報告が無いということは、付き合ってはいないということか。


(でも、待てよ。隠している可能性もあるか)


 だとしら、普通に引く。絵麻と言うより、あのマネージャーに。一花は、未成年に手を出す大人はクズだと思っている。仲の良かった先輩が、そういう男に騙されて、精神を病んでしまったからだ。


 もしかしたら、絵麻も騙されているのかもしれない。絵麻のような女の子の方が、悪い男に騙されがちだ。だから、もしも騙されているようであれば、それを助けるのが自分の役目だと一花は思う。


(まぁ、いい。次の撮影でわかるさ)


 マネージャーと絵麻の関係を暴く。それが、一花の目的になりつつあった。

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