白衣の勇者と友達思いの少女
第16話 友達思いの少女、戸惑う①
――木曜日。
正直、面倒くさいのだが、事務所へ近づくにつれ、その顔に笑みが浮かぶ。絵麻とメッセージアプリで連絡は取っていたが、直接会うのはほぼ一週間ぶりだ。絵麻とは、事務所の選考会で知り合ってからの仲である。馬が合い、選考会以降も一緒に遊ぶことが多く、同じグループになったときはとても嬉しかった。
部屋の前へ行くと、中から人の声が聞こえたので、一花は元気に扉を開ける。
「お疲……れ」
扉を開けて、一花は自分の目を疑った。視線の先には、立ち上がる新人マネージャーの英雄とその腰にしがみつく絵麻がいたからだ。
英雄が諦めたような声色で、「お疲れ様です。氷室さん」と返した。
「一花、お疲れ!」
「……ねぇ、絵麻。何をしているの?」
「ん。この間の動画の編集が終わったらしいから、マネージャーとチェックしてたの」
「へ、へぇ。で、何で腰にしがみついてるの?」
「マネージャーが急に逃げようとしたから」
「当たり前だろ。人が来るのがわかったんだから。あんなところを見られたら、まーた、啓子さんに怒られるよ」
「大丈夫よ。あんなの適当に聞き流しておけば」
「俺はそうもいかないんだって。一応、上司だし」
「ちょっ、ちょい!」と、一花は思わず声を上げる。
「ん? どうしたの?」
「いや、どうしたの? じゃないよ。いつのまに仲良くなったの?」
「は? べつに仲良くないけど」
「絵麻、それは無理があるよ。だって、今の絵麻、逃げようとする彼氏にしがみつく彼女のそれだよ。繁華街のライブ映像とかで見るやつ」
「は、はぁ? わ、私がこんなやつの、か、彼女!? 冗談じゃないわ!」
絵麻は顔を赤くして否定するが、その顔はまんざらでも無そうだ。
「なら、放せよ」
「うっさい。あんたは黙ってて!」
一花は呆然となる。絵麻に一体何が。一花は、先週の金曜日、カフェでの会話を思い出す――。
『ね、ねぇ。明日は本当に絵麻一人で大丈夫?』
『大丈夫よ。むしろ、一人の時の方が正体を現すと思うわ。絶対、あいつ、ロリコン趣味の変態だよ』
『だね。あたしもそう思う』
『だから、私に任せておいて!』
『うーん。でも、一人は心配だよ』
『大丈夫。私に任せなさい! 一花も知っているでしょ? 私ってば、やるときはやるんだから』
『……わかった。でも、何かあったら、すぐに連絡してね! 絶対、すぐに駆け付けるから!』
『ありがとう! そして、あいつの証拠を掴んだら、二人で社長に言いつけよう!』
『だね!』
――そうやって、信じて送り出した絵麻が、今、乙女の顔になっている。
(あたしの絵麻に何をしたんだっ!)
一花は唇を噛み、キッと英雄を睨んだ。
「あ、そうだ。一花にもあれをやってあげれば?」
「あれ、とは?」
「触診」
「確かに。ありがとう、指摘してくれて」
「べ、べつにあんたのためじゃないし」
イチャイチャしているように見える二人の様子に、一花は千切れそうなほど唇を噛んだ。
「ねぇ、一花。こいつに触診してもらった方が良いよ?」
「触診って、何?」
「一花さんの魔力を採取して、ついでに諸々の値を測定させてもらうだけです」
「魔力を採取? 魔力って採取できるもんなの?」
「信じられないかもだけど、こいつはそれができて、さらに魔力とかから健康状態まで判断できるんだって」
「そんな話聞いたことがないんだけど」
「まぁ、騙されたと思って、やってみてくれないかな? お願い! 一花のためなの」
「……絵麻がそういうなら。どうすればいいの?」
「右手をだしてもらってもいいですか? ちょっとピリッとしますね」
一花は英雄を睨んで、右手を差し出す。英雄は控えめに右手に触れる。瞬間、静電気のような痛みが走って、一花は手をひっこめた。
「なっ、今のは!?」
「魔力を採取させていただきました」
「で、一花はどうなの? なんか病気だったりしない?」
「ちょっと、待って。分析させて」
数秒の沈黙の後、「ふむ」と英雄は唸る。
「とくに問題なさそうですね。健康そのものです」
「あ、そうなの! 良かったね! 一花」
「う、うん」
いきなり健康だと言われても、よくわからない。それに、絵麻のにやにやした表情も気になる。何か裏がありそうな表情だ。
「氷室さんって、得意魔法が氷とのことでしたが、実は、光と闇以外だったら、同じレベル感で使えたりしませんか?」
突然の指摘に、一花は驚く。英雄の言う通りだった。
「その表情を見るに、俺の分析は合ってるみたいですね」
「やるじゃん」
「まぁ、それが俺の仕事みたいなところがあるし」
「ちょ、ちょい! 何でわかったの?」
「魔素の含有比率がそうなっているからですね」
「魔素?」
「安心してください。ちゃんと説明します」
絵麻がどこからともなく持ってきた白衣を、英雄は「ありがとう」と受け取り、ワイシャツの上から羽織った。
「氷室さん。念のための確認ですが、『魔導系』はわかりますよね?」
「うん。魔法を発動する際に関わっていると言われているやつだよね」
「その通りです。魔導管を流れる魔力は、大きく分けて、魔素、魔液、不純物の三つで構成されています。魔素というのは、いわゆる属性ってやつですね。そして魔液は、魔導管を満たしている液体のことです。不純物はその二つのどれにも当てはまらない、正直、無い方が良い物質の総称で、不純物が多いほど、魔法発動時の魔力のコスパが悪くなります。
そして魔法というのは、発動時に消費する魔力の魔素含有比率と含有量によって、その種類や属性が決まるのですが、その魔力の魔素含有比率っていのうは、先天的、つまり生まれながらに決まっていることが多いんです。これが、特定の属性の魔法が得意な理由になります。例えば、絵麻は雷魔法が得意だよな?」
「うん!」
「なぜ、絵麻が雷魔法が得意かというと、絵麻の魔素含有比率の内、雷の魔素が約60%を占めているからです。だから、雷の魔素を必要とする雷魔法が使いやすい。そして氷室さんは、光と闇以外の魔素が同じくらいの比率になっているので、さまざまな魔法が使いやすい状態なんです。
もう少し、具体的な話をすると、例えば絵麻が氷魔法を発動しようと思ったら、氷の魔素の含有比率を高めるために、氷の魔素を増やすか、雷の魔素を減らすしかありません。前者の方法として、魔素を生成する『魔素生成』が、後者の方法として、魔素の数を減らす『魔素削減』があります。また、どちらの要素も兼ねた既存の魔素を別の魔素に変換する『魔素変換』などもあり、どれも魔力胆内で行われ、一番多く見られるのが『魔素生成』と『魔素変換』を組み合わせたパターンですね。
で、『魔素生成』や『魔素変換』で生成しやすい魔素には個人差があって、生成しにくい魔素を生成しようとすると、時間が掛かったり、不純物が発生したりするんです。そしてこの生成のしやすさは、普段の魔素含有比率からある程度判別することができて、普段から雷の魔素を多めに生成している絵麻は、氷の魔素を生成するのが苦手ですが、普段から光と闇以外の魔素をバランスよく生成できている氷室さんは、光と闇以外の魔素ならスムーズに生成することができる。これって、結構珍しいことなんで、間違いなく、氷室さんには魔法使いとしての才能があります」
「ふーん。でも、そんな話、聞いたことないよ」
「でしょね。これはあくまでも、俺なりに魔力や魔導管を解釈した結果なんで」
「つまり、マネージャーの感想ってこと?」
「はい。そう思っていただいて、構いません。ただ、俺はその感想で、氷室さんの特徴を言い当てた。それもまた、一つの真実であることを認識していただければなと思います」
一花は気難しい顔で悩む。もっともらしいことを言っているようには聞こえたが、それを信じていいものか……。
「ねぇ」と絵麻が不満げに右腕を絡ませる。「一花のこと、すごい褒めるじゃん」
「そりゃあ、まぁ。珍しいし」
「ふぅん。私のことは全然褒めないのに」
「いや、そんなことないけど」
「なら、私のことを褒めてみなさいよ」
「絵麻の戦い方にはセンスを感じたかな。剣の振り方がコンパクトだったし、敵の急所を狙って攻撃できる冷静が素晴らしい」
「ふふん。そうでしょ。他には?」
「あとは――」
「ああ、うるさい!」
一花が吠えて、二人の会話を遮る。英雄の言葉について考えたいのだが、二人がイチャイチャしているせいで集中できない。
そのとき、ガチャッと扉が開く。
「お疲れ様です」と控えめな感じで現れたのは――風間翔琉だった。
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