第12話 白衣の勇者、治療する
ベッドがある空間に英雄と絵麻は二人きりだった。部屋の端で落ち着かない様子の絵麻を見て、英雄は困り顔で首の後ろを掻く。
――数分前のこと。
いったん、レンタル品を預け、三人はラブホと思しき建物へ移動した。英雄がラブホだと思った施設は、実際、数年前までラブホだったらしいが、ダンジョンが出現してからは、国の機関が買い取り、冒険者用の休憩所として改修が行われた。そのため、部屋自体は簡素なビジネスホテルといった感じだ。また、啓子が急な電話で部屋を出たため、二人きりになっている。
(いつ戻ってくるかわからんし、先に始めちゃおうかな。なんか気まずいし)
英雄はできるだけ自然に絵麻に話しかける。
「啓子さんがいつ戻ってくるかわかりませんし、先に始めちゃってもいいですか?」
「うん。まぁ、いいけど」
「なら、ベッドの上に座ってもらってもいいですか?」
絵麻は首肯し、ベッドの上に座る。英雄が向かい合うように座ったら、睨まれた。その頬はほんのり赤い。
「へ、変なことしたら、許さないから!」
「しませんよ、そんなこと」
英雄は息を短く吐いて、『賢者モード』を発動した。その両目に青い炎が灯る。これで英雄は施術に専念できる。が、集中しすぎて、苛立ちやすく、説明や口調が雑になりがちなのが、賢者モードの欠点だ。
「始める前にお伝えしておきますけど、一応、睡眠魔法で麻酔をかけることもできますが、どうしますか?」
「え、そんなに痛いの?」
「痛くないですよ。ただ、念のため、お伝えしただけです。なので、もしも麻酔が欲しくなったら言ってください」
「……わかった。でも、使わないと思うわ。こんなところで眠ったら、あんたに何をされるかわかんないし」
「何もしませんよ。まぁ、でも、俺としてもできるだけ麻酔というか睡眠魔法はしたくないんで、それはありがたいです」
異世界では、睡眠魔法を悪用した輩が多すぎたせいで、施術であっても、睡眠魔法を使わないことが推奨されていた。ゆえに、睡眠魔法を用いないやり方に慣れていたから、使用して欲しいと言われると逆に困る。
「それじゃあ、始めますね。両手を出してもらっても良いですか? まずは、俺と絵麻さんの魔導管を繋ぎたいと思います」
絵麻が差し出した両手を英雄は両手で握る。両の手に意識を集中し、自分の魔導管と絵麻の魔導管を繋ぐ。
「んっ」と絵麻が身じろいだ。
「はい。魔導管が繋がりました。どうです? 何か感じますか?」
「いや、今はとくに。さっきは、何か、つつかれたような刺激があったんだけど」
「それは魔導管がつながった瞬間ですね。じゃあ、今から俺の魔力を流していきます」
英雄は自分の魔力を流し始める。絵麻の体が、ビクッと震え、「んっ」と小息が漏れる。
「その感じだと、ちゃんと俺の魔力を感じることができているみたいですね。どうです? 俺の」
「……その、あったかい」
「そうですか。俺も絵麻さんのを感じますよ。あったかくて、ざらざらしている」
「へ、変なこと言わないで」
「これは不純物のせいですね。まぁ、これくらいなら比較的すぐにろ過できると思います」
「ん」
絵麻が目をつむる。頬がほんのりと上気し、たまに体が強張る。しっかりと魔力を感じられている状態だ。
「変な気分……。あれ? でも、何でこんなに感じるだろう? 魔力とかって、認識できないんじゃないの?」
「良い質問ですね。それは、絵麻さんにも少なからず次元処理能力があるからですよ。ってか、魔法が使える人は多少なりとも次元処理能力があります」
「ふぅん。でも、普段はこんなに感じないよ?」
「血流を想像してもらえると、わかりやすいんじゃないかって思うんですけど、普段は血の流れとかって感じませんよね? 魔力もそれと一緒で普段は流れとか感じないものなんです。ただ、今は、魔力の出し入れがあるから、いつも以上に感じやすくなっているんです」
「そうなんだ」
「どうですか? 俺の魔力で魔導管の形までわかるでしょ? それが絵麻さんの魔導管ですよ」
「これが、魔導か、んっ♡」
絵麻の声に熱がこもる。魔力の出し入れによって、興奮し始めている状態だ。本来、魔力の出し入れは、自身の体内に異物が入ってくるため、痛みなどの嫌悪反応を示す現象だった。しかし、英雄の洗練された魔力によって、絵麻の脳が英雄の魔力を有益なモノだと判断した結果、ドーパミンなどの快楽物質が放出され、諸々の神経系が活性化し、興奮状態になる。
(これなら、量を増やしても、大丈夫そうだな)
絵麻が興奮したことで、魔導管も緩んできた。生理学的な現象を科学的に証明できたわけではないが、英雄には興奮すると魔導管が緩む経験則があった。
「それじゃあ、絵麻さん。次に『魔導管拡張』をするために、魔力の量を増やしますね」
英雄が魔力の量を増やし、その魔力が絵麻の魔導管の入口に触れた瞬間、絵麻は驚いて手を放そうとした。しかし、英雄は逃がさない。
「む、無理。そんな大きいの入らない」
「大丈夫です。優しくするんで、リラックスしてください」
「で、でも」
「いいから。俺に任せて」
絵麻の潤んだ瞳に対し、英雄は真摯な瞳で応える。英雄の熱意が通じたのか、絵麻は頬をより上気させて、目をそらす。
「……わかった」
「ありがとうございます。じゃあ、入れますね」
英雄は魔力の量を増やした。瞬間、絵麻の顔が苦痛でゆがむ。苦しそうだった。が、英雄は心を鬼にして押し込む。これも、絵麻が強くなるためには必要なことだ。ただ、絵麻に負担を掛けないようにはしたい。だから、まずは勢いを減らして、ゆっくり絵麻の魔導管に自分の魔力をなじませる。
そして、絵麻の表情筋から絵麻の状態を判断する。最初は強張っていた表情筋も徐々に緩み始めてきた。勢いを強めてみる。絵麻が短く息を吐くも、魔力を受け入れてくれたようには見えた。
薄く目を開けた絵麻と目が合う。絵麻はさらに顔を赤くして、英雄の胸に自身の額を押し付け、そのまま押し倒した。仰向けになった英雄の上に絵麻が顔をうずめた状態で倒れる。
「……見ないでよ」
「いや、見ないと調整できないんで」
「それくらい、何とかしなさい」
「何とかと言われましても。あと、この体勢だと、俺がきついんで、手の位置を変えても良いですか?」
「ん」
「ちょっと、一瞬、切れますね」
英雄は絵麻との魔導管を切り離し、絵麻の肩甲骨と腰に手を当て、再び魔導管を繋いだ。魔力を流すと、絵麻の体がビクッと震えた。
(……まぁ、これはこれでありかな)
絵麻と体を密着させることで、絵麻の熱や息遣い、心拍なんかをより感じることができるようになった。そして、絵麻がより興奮していることがわかる。魔力胆はへその付近にあると言われているため、より近くで魔力の出し入れをした結果、絵麻も感じやすくなっているようだ。
「ね、ねぇ」と胸の上から声がする。
「何ですか?」
「これで、本当に強くなれるの?」
「はい」
「で、でも、あんまり特訓している感じは無いけど」
「辛い思いをすることだけが強くなる方法じゃないですよ」
「そ、そっか……」
――魔力の出し入れを始めて約10分。
絵麻の魔力もかなりきれいになってきたので、英雄は仕上げに取り掛かることにした。今日中にダンジョンへ行って、治療の成果を確認したい。
「そろそろ、終わりにしましょうか」
「ふえっ、もう終わり?」
「はい。だって、そろそろ行けますよ?」
「……えっ? いくってこと?」
「はい。そうですけど」
「……は、はあああ!? ななな、何を言ってんの!」
それまでしおらしかったのに、急に元気になるから、英雄は眉をひそめる。
「いや、何か変なこと言いました?」
「言ったわよ! だ、だって、いくって。い、いかなきゃ、駄目なの?」
「はい。うまくいったか見たいですし」
「うまくいったか見たい!??!?!? え、見たいの!?」
「ん? そりゃあ見たいですよ」
「……いじわるっ」
「何がですか?」
「そもそも私、い、いったことないし」
「いや、さっきも行ってたじゃないですか」
「……いってないもん」
いや、行ったじゃん。という言葉を飲み込む。イライラするが、このままでは水掛け論になりかねないので、相手に寄り添ってみる。
「何が嫌なんですか?」
「……怖いし」
何を今更。と思ったが、相手に寄り添う。
「なら、俺も一緒に行きます。それで絵麻さんを助ける」
「…………一緒にいってくれるの?」
「はい。何度だって、一緒に行きます」
「……ん。わかった。なら、一緒にいく」
絵麻が英雄の首の後ろに手を回す。絵麻の顔がすぐ隣にあって、髪がこそばゆい。
「あれ? 行くんですよね?」
「うん。だから、あんたも私をぎゅっとして♡」
「はぁ」
英雄は困惑しながら、絵麻を抱きしめる。こんな状態でダンジョンに行けるわけがない。
「ん♡ あと、私の名前を呼んで」
「絵麻さん」
「さんはいらない」
「絵麻」
「ん♡ 耳元で」
英雄は耳元で囁く。
「行くぞ、絵麻」
「ふぁぁ。いけそう」
「んじゃ、仕上げます」
英雄は魔力の勢いを強くした。絵麻の発作めいた筋肉の収縮が何度も繰り返される。
「あ、やばっ、まっ」
「ん? やっぱり行きたくないの?」
「いく! いくから! まっ」
英雄はイラっとして、勢いを継続したまま魔力を流し続けた。さっさとダンジョンに行きたい。
「ほら、行くぞ、絵麻!」
「んぁ、っ、っくぅぅぅ――――――――」
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