第11話 白衣の勇者、診察結果を伝える

「私が冒険者を続けられなくなるってどういうこと?」


 絵麻の困惑した表情に、英雄は淡々と答える。


「そのままの意味ですよ。ちゃんと説明したいので、一度地上に戻りましょうか」


「ヒデ君。確認なんだけど、絵麻は本当にこのままじゃ冒険者を続けられなくなるの?」


「はい」


「……わかった。なら、一度戻ろう」


「啓子さんは、こいつの言葉を信じるの?」


「ええ。絵麻だって見たでしょ? 彼の魔法。あんなのを見せられたら、彼の言葉を信じたくなるわ。絵麻は違うの?」


「それは、まぁ、うん……」


 絵麻の歯切れの悪い言葉。さすがの絵麻も、英雄の実力は認めざるを得ないようだ。


「それじゃあ、『帰還の結晶』を使って帰りましょう!」


 啓子が取り出した丸い空色の宝石を見て、英雄は眉を顰める。初めて見る代物だった。


「それは?」


「『帰還の結晶』だけど、もしかして、知らない?」


「ええ、まぁ」


「ヒデ君でも知らないことがあるんだね。これを使えば、ダンジョンを脱出できるの」


「へぇ」


 ある種の転移魔法か。じっくりと解析したいところではあるが、それはまた後の機会にしよう。


「ってか、そんなものがあるなら、スライムのダンジョンでも使ってくださいよ」


「ごめん。あのときは動揺していたから。それじゃあ、集まって」


 英雄と絵麻が周りに集まると、啓子は『帰還の結晶』を割る。


 三人は光に包まれ、視界に色が戻ったとき、地上の喧騒が聞こえてきた。


「ふむ」


 英雄は分析する。今のは、光属性の転移魔法だった。転移魔法は使用者の空間認知能力がかなり重要になる魔法であるが、啓子が座標を計算していたようにも見えないので、最初から戻る座標が設定されているようだ。こんな代物。誰が何のために作ったのか……。


「あの、啓子さん。今のアイテムは誰が作ったんですか?」


「さぁ? ダンジョンで獲得できるアイテムだから、ダンジョンを作った人?」


「なるほど」


「それより、私の件について教えなさいよ!」


「ああ、うん。とりあえず、ベンチに座って話そうか」


 三人はダンジョンの入口から少し離れたベンチに座る。英雄、絵麻、啓子の並びだ。


「それじゃあ、絵麻さんが冒険者を続けられなくなる件についての話なんですけど、この話をするためには、『魔導系』に関する知識が必要なんですが、二人とも知っていますよね? 仮免の筆記にも出ていましたし」


「うん。確か、魔法を発動する際に機能していると思われる器官で、『魔導胆』と『魔導管』から成り、魔導胆で生成・貯蔵された魔力が、魔法発動時に、魔導管を通して運ばれるんだよね。でも、まだ、発見には至っていない」


「その通りです。元々、チャクラみたいな考え方があったから、魔導系自体はそこまで違和感なく受け入れられているみたいですが、その魔導系も人体の一部ではあるから、ある種の病気になることはあまり知られていないみたいですね」


「魔導系って病気になるの?」


「はい。ただ、絵麻さんの反応も当然だとは思います。魔力や魔導系の数値化や視覚化が今のところはできていないので。絵麻さんは、魔力や魔導系を見たことがありますか?」


「ない、かな」


「でも、魔法を発動するときなんかに魔力を感じたりすることはありますよね?」


「うん」


「つまり、魔力とか魔導系って、体の中にはあるみたいなんだけど、それがどこにあるかまではよくわからないモノ。実態として理解するモノではなく、感覚で理解するモノなんですよ。

 そして、感覚でしか理解できない特性のせいで、魔力や魔導系に対する理解が進んでいない。感覚の話って難しいので。だから、病気になることもあまり知られていない。

 と言っても、最近はその辺に関する話なんかも出始めているみたいです。軽く見ただけなので、はっきりとしたことは言えませんが」


「なるほど。何となく言いたいことはわかった。じゃあ、仮に魔導系が病気だったとして、何であんたはそれがわかるの?」


「『次元処理能力』が高いからですね。次元の話をしだすと、ややこしくなるので、そこまで詳細に話しませんが、要は魔力や魔導管は人間には認識できない高次元の存在なので、普通は観測が難しいんですけど、この能力が高いと、人間が認識できる次元に合わせてその存在を解釈できるようになる。だから、魔力や魔導系の状態を詳細に把握することができるんです。ただ、その解釈にも個人差があるため、一般化が難しいんですけど」


「ヒデ君。その次元処理能力が高いとさっきみたいな魔法が使えるようになるの?」


「ん。まぁ、そうですね」


 魔法に関しては、次元処理能力以外の要因もあるため、一概には言えないのだが、話が脱線するのを嫌い、英雄は肯定する。


「そうなんだ。それじゃあ、つまり、ここまでの話の流れ的に、絵麻は何かしらの病気になってるってこと?」


「はい。そうです」


「……何よ。私の病気って」


「『高不純症』と『高魔圧症』ですね。わかりやすく言うなら、絵麻さんの今の魔力および魔導系は、その辺の太った中年のおっさんの血液や血管と同じ状態になっています。つまり、血液がドロドロしていて、血圧が高くなっている状態が、絵麻さんの魔導系で起きています」


 絵麻の顔が青ざめる。


「は、はぁ? 私とその辺のおっさんを一緒にしないで。なんか根拠はあるの?」


「ありますよ。さっき、魔法を発動した後、一瞬、動けなくなっていたじゃないですか。あれは、『高魔圧症』が原因です。

 そもそも、『魔圧』って何ぞやって話なんですけど、魔力系について思い出してほしいんですが、人間が魔法を発動する際、魔導胆から魔導管を通って、魔力が送られます。つまり、魔導胆から魔力を押し出す力が必要になるのですが、この力を『魔圧』と呼んでいます。

 この魔圧が高い状態というのは、魔力を押し出すためにかなりの力が必要なことを意味しています。それで絵麻さんは、先ほど、魔法を発動するために思い切り力んだ。そして、魔法を発動した後に力が一気に抜けたから、筋肉がビックリしちゃって、硬直してしまったんです。多分、今までも何回かあったんじゃないですか?」


 絵麻は怪訝な表情をしていたが、徐々に驚きの色が広がる。


「……言われてみたら、あったかも」


「ね。じゃあ、何で『高魔圧症』になっているのかって話なんですけど、絵麻さんの場合は二つの理由があって、その一つが『高不純症』です。まぁ、要は、魔力に不純物が混じっているせいで、魔力がドロドロした状態になっているということです。

 魔力っていうのは、大きく分けて、魔素、魔液、不純物の三つで構成されています。魔素というのは、いわゆる属性ってやつですね。そして魔液は、魔導管を満たしている液体のことで、不純物はその二つのどれにも当てはまらない、正直、無い方が良い物質の総称です。で、絵麻さんはこの不純物が多い状態になっている。最近の不摂生がしっかりと反映されちゃっている状態です。結構、そういうのが出やすい体質なんじゃないですか?」


「……そういえば、お父さんもお母さんも気を抜くとすぐに太ると言っていた気がする」


「じゃあ、遺伝的にそういう体質なんですね。若いからって油断しちゃだめですよ」


 絵麻は頬を膨らませ、不服そうに英雄を睨んだ。英雄は涼しい顔で返す。


「で、不純物が多いと、魔力の流れが悪くなる上に、消費する魔力の量が増えちゃうから問題なんです。

 魔法というのは、発動時に消費する魔力の魔素含有比率と含有量によって、その種類や属性が決まるのですが、不純物が多くなると、この1魔力当たりの魔素含有量が減っちゃうので、減ってる分を増やすために、魔力を増やす必要があります。

 すごい大雑把に言うと、1魔力当たり水の魔素が5含まれるとしましょう。これに不純物が混じると、1魔力当たり水の魔素が4とかになります。で、ある水魔法を発動するためには、水の魔素が20必要だと仮定すると、不純物が無い状態であれば、魔力を4消費するだけで発動できるのに、不純物がある状態だと、魔力を5消費することになり、魔力を1だけ余計に消費することになります。だから、消費する魔力が増えてしまう。

 そして、量が多いうえに、流れが悪いから、押し出す力も強くなってしまい、『高魔圧症』になってしまう感じですね。ここまでは良いですか?」


「まぁ、何となく」


「とはいえ、正直、不純物に関しては、注意は必要ですけど、今のところ、そこまで心配するレベルじゃないです。

 むしろ、絵麻さんの場合は、もう一つの理由の方が大きいです。絵麻さんは普通の人よりも魔導管が狭い。これがどういう状態かというと、ホースをイメージするとわかりやすいと思います。内径が小さなホースと内径が大きなホースをイメージしてください。同じ量の放水をしようとしたとき、どちらの方が早く放水できると思いますか?」


「大きなホースの方」


「その通りです。小さなホースだと、放水できる量が少ないため、どうしても時間的なロスが生まれてしまう。だから、そのロス分を埋めるべく、勢いを強くしがちなんですけど、絵麻さんの体でそれが起こっています。実際、絵麻さんは魔法を使うために、体にかなりの負荷をかけていますし。これが続くと、魔導管が破れてしまうのはもちろんのこと、血管的なトラブルも発生してしまいます。だから、冒険者として続けていくことが難しくなる」


「あ、あの! 先生! うちの子はどうすればいいんですか?」


 啓子が身を乗り出す。先生呼びは気になったが、「うむ」と英雄は返す。


「とりあえず、治療が必要です。本来なら、薬を使いたいところなんですが、手に入るかわからないので、俺が直接行いたいと思います。

 ちなみに、俺がやろうと思っている施術は二つ。『魔力クレンジング』と『魔導管拡張』です。どちらも俺と絵麻さんの魔導管を繋げた状態で行い、絵麻さんの魔力から不純物をできるだけ取り除き、絵麻さんの体へ戻します。俺は少し特殊な体質をしていまして、魔力胆のろ過能力がかなり高いんですよ。だから、これで絵麻さんの魔力をきれいにできる。

 また、その際、魔力の量を増やすことで、絵麻さんの魔導管を少しずつ広げていきたいと思います。そうすることで、魔法発動時の力みを減らし、体への負担も減らしていきたいと思います。

 安心してください。どちらも実績があることを、ダンジョンを歩いているときに思い出しました」


「絵麻、どうする?」


「どうする? と言われても……」


 絵麻が不安になってしまうのも仕方がない。魔力は、現状、感覚で確認するしかないものだから、すぐには理解できないだろう。


(なら、実際に軽くやってみるか)


 英雄が提案しようとしたとき、絵麻から反応があった。


「その施術って痛いの?」


「最初は少し痛いかもしれませんが、すぐに慣れますよ」


「そっか。ねぇ、それをしたら、本当に病気が治るの?」


「治ります。そして、冒険者としての成長も保証します。絵麻さんの足枷を取り外す作業でもありますから」


 英雄は絵麻を見返す。その真剣なまなざしに、絵麻の瞳が揺れる。絵麻は視線を逸らすと、数分の思案の後、頷いた。


「……わかった。あんたの言葉を信じて、治療を受けてみる」


「ありがとうございます。なら、早速やってみましょうか。できれば、静かに集中できる場所があると良いんですが」


「そんな場所――」と言って、啓子の視線が一点で止まったので、英雄はその視線を追う。


 その視線の先にあったのは――メルヘンなお城。いわゆるラブホだった。

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