第10話 白衣の勇者、診察する

 ――時はダンジョンに入る前に遡る。


 社長との打ち合わせが長引いたせいで、ダンジョン前への到着が遅れてしまった英雄は、ジャケットの代わりに白衣を着て、集合場所へ急いだ。その白衣が特別なものというわけではない。ただ、異世界ではそのスタイルで戦っていたから、この世界でも同じスタイルでいくつもりだ。


 集合場所にはすでに絵麻と啓子がいたので、声を掛ける。


「お疲れ様です。すみません、遅れてしまって」


「いえ、これくらいなら全然問題ないわ」


「いや、あんたのせいで、スタートが数分遅れちゃったじゃない」


 絵麻に睨まれ、態度が相変わらずだったから、思わず苦笑が漏れた。


「すみません。次からは気を付けます。それじゃあ、行きましょうか」


「あんたが仕切らないで。行くわよ」


 啓子に目配せし、絵麻の言葉に従う。


 前を歩く啓子と絵麻に対し、英雄は『視診』を行う。

 

 まずは啓子。


 ・レベル : 18 (19)

 ・体力  : 1402/1421

 ・魔力  : 210/210

 ・物理  : 195 (230)

 ・魔法  : 188 (193)

 * ()は装備を加味した値


 素の数値だけで比較すると、前回とほぼ変わらない数値。各数値は体調や精神状態によって多少ブレたりするものだが、前回と同じ値なので、啓子は心身ともに安定しているようだ。


 ステータスについては、正直、物足りなさを感じる。異世界基準なら、歴と年齢を考慮すれば、レベルが25は欲しいところ。しかし、ダンジョン前にいた冒険者とはそれほど大きな差が無かったし、そもそも冒険者として活動しているわけでもなさそうなので、この数値でも問題ないだろう。


 次に絵麻。


 ・レベル : 14 (15)

 ・体力  : 988/1099

 ・魔力  : 122/122

 ・物理  : 186 (206)

 ・魔法  : 124 (144)

 * ()は装備を加味した値


 英雄は、昨日、密かにチェックしていた絵麻のステータスを思い返す。


 ・レベル : 14

 ・体力  : 996/1099

 ・魔力  : 122/122

 ・物理  : 187

 ・魔法  : 134


 物理の-1はブレと考えてもよいのだが、魔法の-10は気になる。だいたい±5の範囲でブレるものだが……。


 あと、前日に続いて、体力が減っているのも気になる。何かトラブルを抱えているのかもしれない。


(もう少し様子を見てみよう)


 英雄の感覚は異世界人を基準としているため、この世界の人間では事情が微妙に異なる可能性があるし、個人差の可能性もある。


 ダンジョンの入口まで行くと、警備員がいた。彼らが自分に対し怪訝な表情をしたから、素早く手を二回叩いて、自分の恰好を咎めないように催眠をかける。ダンジョン外で魔法を使用することは原則禁じられているが、バレない自信があった。


 ダンジョンに入り、絵麻の撮影が始まる。


 早速ゴブリンが現れたので、英雄は視診する。


 ・レベル : 7

 ・体力  : 923/923

 ・魔力  : 20/20

 ・物理  : 124

 ・魔法  : 40


(ゴブリンのレベル自体は異世界とそれほど大差ないな)


 異世界でも、ゴブリンのレベルは5-10くらいだ。


 ゴブリンが絵麻に飛び掛かる。絵麻は冷静に急所を狙い、一撃で葬った。


 その様を見て、英雄は確信する。体つきや普段の動きから、ある程度、武術の心得があることはわかっていたが、ゴブリンとの一対一なら安心して見ることができそうだ。


(でも、ゴブリンの武器は数の暴力だからなぁ。敵の数が増えたときにどうなるか)


 しかし、このダンジョンのゴブリンがその武器を活かすことは無かった。異世界だと、ゴブリンは五体以上のグループで行動するモンスターだが、このダンジョンでは、単独で行動している個体の方が多く、グループを形成していても、二、三体しかいなかった。さらに連携も悪いので、絵麻はゴブリンが三体いてもしっかり対応できていた。


(ゴブリン界の陰キャしか集まっていないのか?)


 それに気になることはもう一つ。前回のダンジョンでも見られたが、モンスターの死体が一定時間後、光の泡となって消えることだ。で、たまにアイテムが落ちている。これは、異世界では見られなかった現象。ここは、異世界とは似て非なる場所なのかもしれない。


 そんなことを考えていると、啓子に耳打ちされる。


「ヒデ君から見て、絵麻はどう?」


「え、あ、よくやっていると思いますよ。これからの成長が楽しみです」


 異世界の同年代の冒険者と比べても、遜色ない動きとステータス。資料によると、冒険者になったのは半年前らしいが、それ以前からしっかり準備していたことがわかる。


「でしょ」と啓子は誇らしげに胸を張り、英雄はその姿を微笑ましく思った。


 そして、絵麻の探索は順調に進み、地下2階へ至る。


 英雄は通路の奥から少し強めの気配を感じた。それは、低い雄叫びを上げて迫ってくる二体のゴブリン・ウォーリアーだった。どちらも石棍棒を装備している。英雄はすぐに視診した。


 まずは前方のゴブリン・ウォーリアー。


 ・レベル : 16 (16)

 ・体力 : 1777/1777

 ・魔力 : 40/40

 ・物理 : 250 (262)

 ・魔法 : 154 (154)

 * ()は装備を加味した値


 次に後方のゴブリン・ウォーリアー。


 ・レベル : 17 (17)

 ・体力 : 1982/1982

 ・魔力 : 45/45

 ・物理 : 278 (290)

 ・魔法 : 160 (160)

 * ()は装備を加味した値


 レベル差が2、3なら、絵麻でも勝てない相手ではないが、苦戦が予想される相手ではある。とくに物理攻撃には注意したい。


 啓子がマキビシを投げたのを見て、英雄は口笛を吹きそうになった。歴が長いだけあって、対応がわかっている。


「二体を一人は無理でしょ。私たちも手伝うわ」


「大丈夫。できる」


「でも」


「やらせてみましょう。いざというときは、俺が何とかしますよ」


 絵麻があの二体に対し、どのような対応を取るのか見たかった。


「まぁ、ヒデ君がそういうなら」


 絵麻の魔法剣が輝く。魔法剣の輝きと絵麻から溢れる魔力で技を判断する。


(【メガ・サンダー】ってやつか。魔法で、一体倒すつもりかな)


 絵麻が剣を振るい、光の刃がゴブリン・ウォーリアーに向かって放たれる。


 剣を振りきった絵麻の腕を見て、英雄はすぐに駆け出した。わずかな痙攣が見られたからだ。それは魔法を発動したことによって起きたある種の発作であり、体が硬直していることを示す合図でもある。事実、絵麻はその場から動けなかった。


 英雄は、絵麻とゴブリン・ウォーリアーの間に立つと、ゴブリン・ウォーリアーが振り下ろした石棍棒を片手で受け止める。


「だいたいわかったよ」


「えっ」


「――とりあえず、言いたいことはいろいろあるけど、まずは魔法を発動するときに力を入れすぎかな。そんなに力を込めずとも、魔法は発動できるよ」


「えっ? えっ?」


 英雄はゴブリン・ウォーリアーの腹部を蹴って、もう一体のゴブリン・ウォーリアーがいるところまで押し戻す。本気を出せば、二体まとめて壁にぶつげてミンチにするくらいできるが、今は指南のために敢えて生かしておく。


「ちょっと、その剣を貸して」


「う、うん」


 英雄は絵麻から魔法剣を受け取ると、魔力を流した。絵麻は魔力を100くらい消費していたが、そんなに必要ない。


(とりあえず、消費する魔力は15くらいでいいかな)


 英雄はその程度の魔力があれば十分だったと思った。しかし、それでも多いくらいだった。魔法剣は直視するのも難しいほどの光を放ち、洞窟を明るく照らす。また、バチバチと空気の弾ける音が洞窟内に響いた。


(これじゃあ、ギガ、いや、テラか)


 普段、魔法剣なんて使わないから勝手がわからない。


(まぁ、いいや)


 前方に人間はいないみたいだし、一度流した魔力を回収するのも面倒なので、そのまま剣を振って、魔法を発動する。


 ――それはまさに雷だった。


 視界が閃光に包まれ、やかましいほどの雷鳴が響き渡る。視界に色が戻ったとき、光の刃は彼方にあって、軌道線上にいた二体のゴブリン・ウォーリアーは丸焦げになっていた。さらに、遠くの方に他の個体の屍も見えたが、光の刃の消滅ともに、屍は闇の中に消える。


「まぁ、こんな感じかな」


 英雄は振り返って、絵麻を見る。絵麻は――目が点になっていた。可愛い顔が台無しである。


「あの、絵麻さん?」


 はっ、と絵麻の意識が戻る。


「今のはあんたがやったの?」


「はい。そうですけど」


「私、夢を見ているのかな?」


「夢じゃないですよ。頬をつねってみたら、どうですか?」


 絵麻は千切れるんじゃないかというほど、頬をつねった。しかし、目覚めることのない夢に、大きく目を見開いて、語彙力を失う。


「え、ええええええええ!」


 絵麻の驚きが洞窟内に響いた。さらに彼女は、啓子に向き直り、「えっ、えっ」と説明を求める。


「その気持ち、わかるわ。私もそうだったもの」


 啓子は懐かしむように目を細めた。


「どどどどういうこと!? えっ」


「落ち着いてください」


「むむ、無理よ。えっ、どういうこと!? 何で、隠してたの!?」


「隠してたわけじゃないですけど。それより、ちょっと確認させてほしいことがあるんですけど、いいですか?」


「な、何?」


 英雄は絵麻に歩み寄ると、じっとその顔を見つめた。


 絵麻はたじろぐ。


「な、何よ」


「ちょっと、ピリッとしますね」


 英雄はおもむろにエマの右手に触れた。静電気のような痛みが走り、絵麻は慌てて手を引く。


「いたっ、ちょっ、何!?」


「絵麻さんの魔力を採取させていただきました」


「魔力を採取?」


 英雄は絵麻から採取した魔力とついでに測定した諸々の値を分析し、「ふむ」と納得した顔つきになる。


「ねぇ、ちょっと、無視しないでよ」


「あ、はい。すみません。で、次は問診なんですけど、最近、微妙に体調が悪かったりしませんか?」


「え? べつに悪くないけど」


「本当ですか? 例えば、倦怠感があるとか、イライラすることが増えたとか、手足に痺れを感じるようになったとか」


「そんなこと――あ、いや、でも、イライラすることは増えたかな」


「ですよね。最近、不摂生な生活を送ってませんか?」


「いや」


「この人、夜更かしてしまーす」


「あ、余計なことを言わないでよ!」


「なるほど。生活リズムに問題があると。食生活は?」


「そっちはべつに」


「最近、コンビニ弁当が増えているって言ってなかった?」


 絵麻は啓子を睨みつつ、頬を赤らめて答える。


「し、仕方ないじゃん。今は一人暮らしだから、自炊とか大変なの! それに若いから、少しくらいコンビニ弁当が増えたって大丈夫よ。ってか、それが何? 何か問題あるの?」


「はい」


 英雄は真摯な顔で絵麻を見返す。その真剣さに絵麻は息を呑む。


「――絵麻さん。このままでは、冒険者を続けるのが難しくなります」

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