白衣の勇者とツンデレ少女

第9話 ツンデレ少女、油断する

 雷塚絵麻は、朝からイライラしていた。最近、調子が悪くてイライラすることが増えた。しかも今日に限って言えば、社長が連れてきた訳の分からない男のせいで苛立ちが増している。


 絵麻の英雄に対する第一印象は『陰キャ』だった。まとう雰囲気がなんか暗いし、家でフィギュアとか集めてそうな風貌。社長と啓子は認めていたが、絵麻にはその理由がわからない。


(絶対、話題性で雇ったでしょ)


 絵麻の苛立ちは、社長にも向けられる。社長には感謝しているが、今回の人事については納得がいかない。


(私の本気が伝わっていないのかな?)


 だとしたら悲しい。一生懸命、自分の情熱を伝えているつもりであったが。


 絵麻には夢がある。


 ディーバーになって、大好きな父親にダンジョンの景色を見せることだ。


 絵麻は、左目の怪我が原因で冒険者になることができない父親に、ダンジョンの景色を見せてあげるため、ディーバーになった。


 その思いは本物で、毎日筋トレだってしているし、他のディーバーの動画を見て、撮影の仕方やダンジョンの研究をしている。


 だから、遊びでやっていると思われるのが癪で、今回の社長の決定は、感情を逆なでした。


(絶対に、私は認めないから!)


 今日はあの男の思惑を暴くために単独の撮影にしてもらった。自分だけなら油断して尻尾を出すはず。だから絵麻は、ポケットにボイスレコーダーを忍ばせる。あの男が変なことをしてきたら、証拠として突き出してやるつもりだ。


☆☆☆


 ――大田区、ゴブリンの巣窟前。


 『魔法剣士の基本セット』を装備した絵麻は、早足に集合場所へ向かう。


 黒いマントがなびき、黒いとんがり帽子の先が揺れる。その腰には、魔法攻撃が行いやすくなる『魔法剣』があった。いずれもレンタル品であったが、いつかは自前で揃えたいと思う。


 集合場所にはすでに啓子がいて、シルバーアーマーを装備していた。


「お疲れ様です」


 絵麻が声を掛けると、啓子が微笑み返す。


「お疲れ。今日も可愛いわね」


「ありがとうございます」


「でも、疲れているように見える。もしかして、また、夜更かししたの?」


「……いいじゃん。ダンジョン研究のためだし」


「まぁ、悪いとは言わないけど、ほどほどにね」


「それより、あの人は?」


「ヒデ君なら少し遅れている。社長と打ち合わせをしていたみたい。でも、ここには到着しているらしいから、すぐに来るわ。あ、ほら」


 啓子の視線を追い、絵麻は眉をひそめる。


 あの陰キャがやってきた。気になるのは、その装備だ。ワイシャツの上に白衣を羽織っている。まさか、あれでダンジョンに入るつもりか。


「絵麻の言いたいことはわかる。でも、あれが彼のスタイルなの」


「は? あれが?」


「まぁ、私も最初は、絵麻と同じ気持ちだった。でも、帰りはきっと真逆の感想を抱いているわ」


 啓子の自信に満ちた物言いに、絵麻は不快感を抱く。そんなわけがない。


「お疲れ様です。すみません、遅れてしまって」


「いえ、これくらいなら全然問題ないわ」


「いや、あんたのせいで、スタートが数分遅れちゃったじゃない」


 絵麻が睨むと、英雄は苦笑した。その反応に、絵麻の苛立ちが募る。


「すみません。次からは気を付けます。それじゃあ、行きましょうか」


「あんたが仕切らないで。行くわよ」


 絵麻を先頭に、三人は『ゴブリンの巣窟』へ入った。


 ――ゴブリンの巣窟、1階。


 ゴブリンの巣窟は洞窟型のダンジョンで、1階から地下4階まであり、ボスは討伐済みである。


 1階から地下1階までは危険度Dのゴブリンしかいないが、地下2階からは危険度Cのゴブリン・ウォーリアーやゴブリン・ウィザードが出現するため、初心者が腕を磨く場所として重宝されている。


 絵麻もこの場所で特訓しており、その様子を動画に収めて、投稿している。


 啓子がドローンを起動し、ドローンの明かりが絵麻を照らす。


「いつでもいけるわ」


 絵麻は深呼吸を繰り返し、表情を引き締めると、啓子を見返した。


「OK。はじめて」


 啓子が頷き、スイッチを押すと、カメラの上に赤い光が灯り、絵麻は快活な笑みを浮かべる。


「こんにちは! 今日もあなたのハートにビリビリアタック! 雷のエレメント、雷塚絵麻です! 今日、私が来ているダンジョンは、前回に引き続き、『ゴブリンの巣窟』です。前回は地下2階までしか行けませんでしたけど、今回は最深部を目指しちゃいます。あと、前回できるようになった【メガ・サンダー】で、ゴブリン・ウォーリアーをなぎ倒していきたいと思います! それじゃあ、早速行ってみましょう!」


 絵麻が歩き始め、啓子と英雄もその後に続く。


 早速、ゴブリンが一体現れた。


 絵麻は剣を抜いて中段で構える。剣術は、元自衛官だった父親に習った。ゴブリンが飛び掛かってくる。その動きを見切り、首の動脈を斬った。ゴブリンが倒れ、絵麻は余裕のある表情で息を吐く。


 ゴブリンなら魔法を使わずとも倒せる。


 絵麻は確信した動きで歩き出す。


 その後も順調に進み、地下2階へ続く階段の前まで来た。


「休憩する?」と啓子が声を掛けるも、絵麻は首を振る。


「大丈夫。むしろ、体が温まってきたから、このまま行きたい」


「わかった」


 絵麻は振り返り、緊張した面持ちでドローンに話しかける。


「それでは、これから地下2階へ行きたいと思います!」


 ――ゴブリンの巣窟、地下2階。


 肌寒さが増すも、熱を帯びた絵麻の体が凍えることはなかった。しかし、緊張感で喉の渇きを覚える。


 少し進んだところで、「ぉぉぉぉぉおお」と低い雄たけびが聞こえ、二体のゴブリン・ウォーリアーが巨体を揺らしながら迫ってきた。


 絵麻が剣を構えて迎え撃とうとしたが、啓子の投げたマキビシがゴブリン・ウォーリアーの動きを止める。


「二体を一人は無理でしょ。私たちも手伝うわ」


「大丈夫。できる」


「でも」


「やらせてみましょう。いざというときは、俺が何とかしますよ」


「まぁ、ヒデ君がそういうなら」


 絵麻は舌打ちしそうになったが、堪える。今は、目の前の敵に集中しなければ。


 一体のゴブリン・ウォーリアーが、持っていた石棍棒でマキビシを払い、雄たけびを上げながら迫ってくる。


 絵麻は瞬時に作戦を立てた。迫ってくるゴブリン・ウォーリアーは2メートルくらいある。首を狙うのは身長的に難しいし、後続のことを考えたら、悠長に戦う暇はない。だから、目の前のゴブリン・ウォーリアーは魔法で倒し、次の相手に備える。


 絵麻は力を込めて魔法を発動する。魔法剣が電気を帯びて、青白く光った。魔力の回復薬なら準備している。だから、全力で【メガ・サンダー】を叩きこむ。前回はうまくいったから、それで倒すつもりだ。


 魔法剣が帯びる光と音が大きくなった。絵麻は短く息を吐き、全力を込めた魔法剣を振る。青白い光の斬撃が放たれ、ゴブリン・ウォーリアーに直撃した。


 バチバチバチッ!


 空気の弾ける音が鳴る。


(倒した!)


 ゴブリン・ウォーリアーが倒れ――なかった! 右足で踏みとどまる!


「なっ」


 さらに吠えながら走り出し、石棍棒を振り上げた。


「絵麻!」


 啓子の叫ぶ声。絵麻は対応しようとするも、全力を出した反動か、体が動かない。


(あ、やばっ)


 目の前に迫る石棍棒の影。


 絵麻は思わず、目を強くつむってしまう。


 ――が、いつまで経っても衝撃が来ない。


「だいたいわかったよ」


「えっ」


 絵麻は目を開けて、驚愕する。

 

 目の前に、ゴブリン・ウォーリアーの石棍棒を腕一本で受け止めている、広い男の背中があった。

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