第8話 白衣の勇者、厳しい目で見られる
英雄が会議室に入ると、三人の少年少女の他に、塚川啓子もいた。
「あ、塚川さん。お疲れ様です」
「お疲れ。昨日ぶりだね」
啓子とは、昨日の帰り、同い年だったことやラーメン談義で盛り上がり、かなり打ち解けた。
「塚っちゃんには、Elements のチーフマネージャーをやってもらっている。だから、今日からは君の上司だ」
「そうなんですね。よろしくお願いします」
「うん、よろしく! 正直、ダンジョンに関しては、ヒデ君の方が詳しいと思うけど、それ以外の業務に関してわからないことがあれば、遠慮なく私に聞いて」
「はい」
「それじゃあ、メンバーも紹介しよう。そうだ。折角だし、いつものやつを彼に見せてあげて」
三人は顔を見合わせる。その顔には、拒否感が滲んでいたが、渋々立ち上がると、空気が変わる。英雄はうまく表現できなかったが、可愛い空気をまとう。
金髪ツインテールで凛とした顔つきの少女が英雄に微笑みかける。
「こんにちは! 今日もあなたのハートにビリビリアタック! 雷のエレメント、
ミディアムの黒髪で青のインナーカラーが入った目のぱっちりしている少女がウインクする。
「今日も氷漬けにしてあげる! 氷のエレメント、
黒髪で襟足が緑色の中性的な美男子が恥じらいながら語る。
「僕の風に包まれて! 風のエレメント、
「「「全員合わせて、私(僕)たち、Elements です!」」」
静寂。想定外の自己紹介に圧倒され、英雄は言葉を失い、慌てて啓子が手を叩く。
「今日も決まってるわ。ね、ヒデ君!」
「え、ええ。すごい。本当にアイドルなんですね」
英雄も同調して手を叩くが、彼女たちは不服そうに座った。やって損したと顔に書いてある。
「ここにもう一人」と啓子。「土井ちゃんっていうリーダーの子がいるんだけど、最近、体調を崩してるから、また今度紹介するね」
「はい」
「それじゃあ、今度は皆に八源君のことを紹介しようかな。こちらは、八源英雄君。顔と名前は知っているかもしれないが、今日から君たちのマネージャーとしていろいろ働いてもらおうと思っている」
「いや、誰? 知らないんだけど」と絵麻。「一花、知ってる?」
「知らなーい。翔琉君は?」
「確か、10年間行方不明になってた人ですよね?」
「はい。そうです」
「ああ、そのニュースなら知ってる。へぇ、あなたがそうなんだ」
「SNSにアップしたら、バズるかな?」
「バズるわけないでしょ、こんなおっさん」
「だよね」
けらけら笑う絵麻と一花を、翔琉が諫める。
「こらこら、二人とも失礼だよ。すみません、八源さん。二人とも悪い気はないんです」
「はい。大丈夫です」
少々イラっとするが、相手は年下の女子高生。いちいち、目くじらを立てたりしない。それに二人を見て気づいた。今時の女子高生がこんな感じなら、妹が自分を認知していないのも納得してしまう。
「それじゃあ、八源君からも自己紹介をしてもらおうかな」
「はい。えっと、八源英雄です。マネージャーの仕事は初めてなので、至らないことも多々あるかもしれませんが、よろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします。ほら、二人も」
翔琉に促されるが、絵麻は怪訝な表情を返す。
「ってか、何でこの人が私たちのマネージャーをするわけ?」
「あ、それはあたしも思った。10年間行方不明だった人に何ができるの?」
「まぁ、君たちがそう思う気持ちも理解できる。確かに彼は、10年間行方不明だったが、その間に冒険者としての経験を積んでいたらしく、冒険者としての腕は相当なものだ。だから、君たちの冒険者としての成長を考えると、彼が適任なのではないかと思ったんだ」
「ん? どういうこと? 冒険者として活動していたってことですか?」
「ヒデ君は10年間の記憶がないらしく、その辺の記憶が曖昧なの」と啓子がフォローする。
「え、10年間の記憶がない? そんな状態で仕事をして大丈夫なんですか? ってか、それで何で冒険者としての腕があるかどうかがわかるんですか?」
「それは私が一緒に行って確かめたから大丈夫。彼の力は本物よ。それとも、私の言うことが信用できない?」
「……わかりました。じゃあ、仮にこの人に力があるとして、本当に10年間の記憶がないんですか?」
絵麻に視線を向けられ、英雄は迷いなく頷く。
「はい」
「社長はその言葉を信じているんですか? 嘘を吐いているのかもしれませんよ」
「まぁ、彼がそういうならその言葉を信じるしかない。ほら、今の時代、あまり突っ込みすぎるのも良くないし。個人の意見は尊重してあげなきゃ」
そういうことか。英雄は納得する。やけにあっさり嘘を信じるなとは思っていたが、そういう時代になっていたのか。個人の意見を尊重する時代。良いんだか悪いんだかよくわからない。少なくとも、今は助かっているが。
「私は嫌です。こんな得体の知れない人をマネージャーにするの」
「あたしも。もしかして、話題性だけで、この人を採用してませんか?」
「何それ最悪なんだけど。社長、私たちは遊びでこの活動をやっているわけじゃないんですよ」
太郎から英雄への目配せがあった。妹の件について話すべきか問われていた気がしたので、軽く首を振って拒否する。今のタイミングで妹について話すのは得策ではないと思った。
太郎は頷いて、視線を彼女たちに戻す。
「わかっている。だからこそ、彼なんだ。頼む。騙されたと思って、一か月。一か月だけでもいいから、彼と仕事をしてくれ!」
太郎が頭を下げる。社長のお願いとあっては、さすがの二人も従わざるを得ないのだろう。渋い顔で顔を見合わせる。
「わかりました。社長がそこまで言うなら」
「ありがとう!」
「でも――」と絵麻は英雄を睨みつける。「役立たずだったら、許さないから」
役立たず、ねぇ。
英雄は心の中で薄い笑みを浮かべる。それは勇者として結果を残した男に向けられる言葉じゃない。
しかし、そうやって蔑まれるのも久しぶりのことだったから、その状況を楽しみつつ、涼しい顔で返す。
「はい。頑張ります」
☆☆☆
――Elements 用の部屋。
談笑用スペースで楽しそうに会話する絵麻たちを英雄は事務スペースから眺めていた。
談笑用スペースには三人掛け用のソファーと一人掛け用のソファーがあるのだが、英雄が座る場所は無いからと事務スペースへ追いやられた。
「ごめんね、いろいろ。これ、良かったら」
啓子がコーヒーの入った紙コップを机に置く。
「あ、ありがとうございます」
「あの子たちも悪気はないと思うけど、多感な時期だからね」
「べつに気にしてないんで、大丈夫ですよ。むしろ、参考になりました」
「参考?」
「はい。俺は、当たり前のように妹が再会を喜んでくれると思ってたんですけど、彼女たちを見て、もしかしたら俺に対し、強い拒否感を抱いている可能性もあるなって。だって、そうでしょう? 10年前、何も言わずに消えた兄に対し、恨みを持っていてもおかしくはない。だから、そういう可能性を気づかせてくれたという点で感謝すらしています」
「……ヒデ君って大人なのね」
「そんなことないですよ」
「まぁ、でも、そうね。妹さんのことに関しては、ごめんなさい、私が何かできるわけじゃないけど、少なくとも、彼女たちに関しては私も協力できる。だから、二人で頑張って彼女たちとの溝を埋めていこう!」
「はい。頼りにしてます!」
「うん! それじゃあ、早速なんだけど、明日、絵麻の撮影を手伝って欲しいんだけど、大丈夫?」
「もちろん!」
「それじゃあ、これが明日行くつもりのダンジョンの資料。目を通しておいて」
英雄は手に取って確認する。明日の舞台は、大田区にある危険度Cのダンジョン『ゴブリンの巣窟』だった。
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