第13話 チーフマネージャー、戸惑う①

 時間にして、10分くらいか。想定以上の長電話になってしまい、啓子は慌てて部屋に戻る。


 すると、部屋の前に英雄がいた。思案顔で壁に背を預けている。


「あ、お疲れ、ヒデ君。どうしたの?」


「ああ、どうも。お疲れ様です。いや、何か一人にしてほしいとのことだったので、ここで待っている感じです」


「ふぅん。何か、変なことして、怒らせちゃったの?」


「何でそうなるんですか。治療しただけですよ」


「あ、もうやっちゃったの?」


「はい。終わりました。うまくできたんで、これからダンジョンで確認したいところです」


「なるほど。もう絵麻は大丈夫なの?」


「今のところは。ただ、定期的に治療する必要はあります。今は広がっている魔導管も、時間とともにまた狭くなってくるので。魔導管が広がった状態で定着するまでは、俺がちゃんとサポートしますよ」


「なら、安心ね」


 扉が少しだけ開いて、絵麻が顔をのぞかせる。啓子の目には、心なしか、その顔が赤くなっているように見えた。


「もういいよ」


「準備できたんですか? なら、さっさと行きましょうよ」


「は、はぁ!? ま、まだやるつもりなの!?」


「やるって何の話ですか?」


「さ、さっきのやつ。ほ、ほら、あの、ま、魔力ク、ク」


 かぁぁと絵麻の顔が紅潮し、言葉に詰まる。英雄は首をひねって答える。


「治療なら終わったんで、ダンジョンで治療がうまくいったかどうかを確認したいんですけど」


「……あぁ、そっち。なら、そう言いなさいよ。紛らわしいわね。ちょっと待ってて」


 絵麻が部屋に引っ込んだのを見て、啓子は眉をひそめる。


「ねぇ、絵麻に何をしたの?」


「『魔力クレンジング』と『魔導管拡張』ですけど」


「本当に? なんかそんな感じには――」


 そこまで言いかけて、啓子は英雄の冷ややかな視線に気づく。自分のことを疑っているのか? そんな風に見られている気がした。


(……そうか。疑うのはあんまり良くないか)


 世の中には、治療と称し、怪しげなことをする輩もいる。啓子はそういった輩と英雄を同一視しようとしていた。職場の人間に対し、それは失礼な気がしたので、啓子は改める。


「ごめん。何でもないわ」


 啓子は笑って誤魔化す。英雄がそんなことをする人間には見えないし、疑うなら、もう少し証拠が揃ってからの方が良いか。


 絵麻が部屋から出てきた。治療の成果か、絵麻の血色は良く、撮影時よりも元気になっているように見えた。


(そうよね。ヒデ君が変なことするわけないか。ちゃんと治療してくれたみたいだし、絵麻が元気になって良かったわ)


 啓子はほっと胸を撫でおろす。


「さ、行くわよ!」


「はい。行きましょう」


 絵麻に促され、英雄と啓子が歩き出す。英雄の隣に並ぶ絵麻を、啓子は静かに観察する。


「ねぇ。何でその口調に戻ってんの?」


「その口調とは何のことですか?」


「その堅苦しい感じよ。さっきみたいな乱暴な感じで良いのに」


 ……ヒデ君?


「乱暴って。ただ、タメ口になっただけじゃないですか。しかも、ちょっとだけだし」


「ん。まぁ、いずれにせよ、タメ口でいいから」


「でも、立場がありますし」


「いいから! あんたの担当がその方が話しやすいと言っているんだから、そうしなさい」


「……絵麻がそう言うなら」


「それで良し!」


 絵麻は嬉しそうに英雄の腕を叩く。距離感の高低差に啓子は困惑する。あれほど毛嫌いしていたのに、何があったのだろう。


(……ま、まぁ。仲が良くなったみたいだし、良しとするか)


 啓子の前で、絵麻が頬を染めながら下腹部をさすった。


「そういえば、あんたのがまだ残っている感じがするんだけど」


 ……ヒデ君?


「ああ。その方が良いかなって」


 啓子は英雄に詰め寄ると、その右手首を握り、鬼の形相で睨んだ。


「あんた、うちの大事な絵麻に何をしてんの!?」


「え、いや、何って、魔力をいれただけですけど」


「へっ、魔力?」


「そうよ。こいつの魔力が私の中に残っているって話。これ、大丈夫なの?」


「大丈夫。魔素とかのバランスは絵麻のに合わせているから。ってか、何回でも魔力は入れてあげるから、今日は心配せずにガンガン使っていいよ」


「わかった」


「あの」と英雄。「もういいですか?」


 英雄の視線が、掴まれている右手に向けられる。


「ああ、ごめんね。何か勘違いしちゃったみたいで」


 啓子は笑って誤魔化す。しかし、納得はいっていない。確かに勘違いした自分も悪いかもしれないが、勘違いするような言動の二人にも問題はある。


 その二人は、啓子のことを気にも留めず、ぺちゃくちゃと先に行ってしまうので、啓子は不服そうにその背中を眺めた。


 ダンジョン前に到着。再び支給品をレンタルし、それぞれの更衣室で装備を整える。


 啓子がシルバーアーマーを装備していると、声が掛かった。


「啓子さん、先に行ってますね」


 絵麻である。啓子は驚いてしまう。絵麻はもう少し着替えに時間が掛かる印象だ。


「今日は早いんだね」


「まぁ、あいつを待たせるのも悪いし」


「ふぅん。ずいぶんと仲が良くなったんだね、彼と。あんなに嫌ってたのに」


「そう、ですね。ちょっと、私はあいつのことを勘違いしていたみたいです」


 頬を染めながら語る絵麻の顔が乙女に見える。初めて見る表情に、啓子は戸惑った。彼女の心をここまで開かせた英雄の魔法が気になる。どうやって、10分程度の時間で彼女をその気にさせたのだろうか。合法的な方法なら良いのだが……。


「ね、ねぇ、絵麻。答えにくかったら、答えなくていいんだけど、彼に何か変なことをされていない?」


「変なこと、ですか?」


「うん。その、セクハラ的な」


「そんなことはないですけど、どうしてですか?」


「いや、深い意味はないけど、気になって」


「ふぅん。そうですか。さっきも思いましたけど、啓子さんって、意外と想像力が豊かなんですね。じゃあ、先に行ってます!」


 ………………は?


 啓子は顔がかぁと熱くなって、ぶちキレそうになった。年下の女の子から、想像力が豊かと言われる屈辱。心配しているのに、むっつりだと思われたことが心外だった。


(落ち着くのよ、啓子。相手はうちの大事なタレント。それに、社会の常識も知らない子供。大人になりなさい)


 啓子は深呼吸をしているうちに、冷静さを取り戻した。


 しかし、啓子は不満を抱いたまま、ダンジョンへ向かう――。

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