第6話 事務所社長、愕然とする
毛家太郎は一日の業務を終え、帰宅しようとしていた。
時計を見ると、21時になろうとしている。
できるだけ残業はしないようにしているが、そうも言っていられない事情がある。
「そういえば、塚っちゃんからの報告が無かったな」
啓子のことは信頼している。だから、無断で帰ることは無いと思うが……。
「もしや、何か事故があったか?」
慌てて塚川へ連絡しようとしたとき、その塚川がノックも忘れて、社長室へ飛び込んできた。
塚川は太郎の前の机に、どんと手を叩きつけると、肩で大きく呼吸した。
スーツも乱れているし、塚川の焦りにも似た空気感に太郎は最悪の事態を想定する。
「まさか、八源さんが」
「……どういうことですか?」
「え?」
「聞いていた話と全然違うじゃないですか!」
「ん? どういうこと?」
開けっ放しの扉をノックする音が聞こえ、「失礼します」と白衣を着た英雄が現れた。
太郎はほっと胸を撫でおろす。英雄が事故に遭ったわけではなさそうだ。
「それで、えっと、塚っちゃんは何をそんなに興奮しているの?」
「……とりあえず、これを見てください」
啓子は慣れた手つきでモニターへドローンを接続すると、動画を流し始めた。
そこに映し出されていたのは、英雄の後ろ姿だった。
そして、英雄の前に四体のスライムが現れる。
「お、いきなり戦闘か」
ひゅぅと音がしたかと思うと、次の瞬間、スライムが弾け散った。
「ん?」と太郎は首をひねる。「ちょっと待て、これは合成かい?」
「いえ、現実です」
「いや、でも、何もせずにスライムが弾けたじゃん」
「何もしていないわけじゃないですよ」と英雄。「よく見ると、小さな火種みたいなものを飛ばしているのがわかると思います。これは火魔法の一種、『雑魚爆破』です。低レベルのモンスターを一瞬で葬る魔法なんですが……その様子だと、社長さんもご存じないみたいですね」
「あ、ああ、始めて聞いたよ」
画面に再びスライムが現れる。ひゅぅと音がした後、そのスライムも弾け散った。
「この『ひゅぅ』という音は?」
「ああ、それは」と英雄が恥ずかしそうに答える。「『動画映え』? ってやつを意識して、花火のような演出をやってみたんですが、ちょっと短かったですね」
「……な、なるほど。まぁ。続きを見ようじゃないか」
それからも太郎にとって不可解な映像が流れ続ける――。
『あ、あの、八源さん! その先は、危険度がAランクですよ?』
『まぁ、大丈夫だと思いますよ。行きましょう』
――危険度Aのスライム・ゴーレムが迫ってくる。
『ぎゃあああ! スライム・ゴーレムが四匹も! 逃げ――』
しかし、すぐに弾け散った。
『ん? 何か言いましたか?』
『……いえ、何でもないです』
――画面の奥から洪水のようなスライムの群れが迫ってきた。
『ぎゃあああ! 今度はスライムの波が! 早く逃げ――』
しかし、英雄が手を伸ばすと、そこから放たれた炎の波がスライムの群れを飲み込んで、跡形もなく消える。
『これで大丈夫ですね』
『……そうですね』
――危険度がSランクに設定されているドラゴンと類似した姿のスライムが迫ってきた。
『あ、ドラゴンみたいな形のスライム』
そのスライムも一瞬で散った。
『……』
「社長」と啓子の声で現実に引き戻される。「ここからは、少し長くなるので、倍速にしますが、よろしいですか?」
「う、うむ。よろしく」
動画が倍速になる。見知らぬモンスターとか出現したが、いちいち驚いていられなかった。すぐに爆散するからである。
そして、映像は最深部と思しき場所を映しだす。
そこには10メートルほどの巨大なスライム・ゴーレムがいた。しかも翼が生え、首元の辺りからドラゴンと思しき三つの首が伸びていた。
『ぎゃあああ! これはさすがに無理! ね、そうですよね!?』
『いや、そんなことはないですよ』
英雄が放った火球が、スライム・ゴーレムの右ひざを打ち抜き、スライム・ゴーレムが膝をつく。さらに、左膝も打ち抜いて、スライム・ゴーレムは英雄の前で正座する。
三つのドラゴンの首から強力な水のビームが放たれるも、英雄の放った三つの光線が、それらのビームに押し勝ち、三つ首を吹き飛ばした。
スライム・ゴーレムが右腕を振り上げ、英雄を叩き潰そうとしたが、英雄が片手でその腕を受け止めると、スライム・ゴーレムの右腕は氷漬けになって砕け散った。
さらに、スライム・ゴーレムが振り上げた左腕は、英雄が放った暴風でズタズタに引き裂かれ、根元から千切れた。
残った胴体部に対し、英雄は光線を放つ。光線はスライム・ゴーレムの核を貫き、胴体がぼこぼこ膨れ上がると、スライム・ゴーレムの胴体は弾け飛んだ。
雨のように降り注ぐスライム・ゴーレムの体を英雄はシールドを張って防ぐ。
英雄がシールドを消した時、びしょ濡れになった空間だけがその場に残った。
英雄は振り返って、微笑む。
『ほら、大丈夫でしょ?』
そこで動画は終了した。
動画が終わった後、太郎は神妙な面持ちで腕を組んだ。
「塚っちゃん。動画の合成を依頼したつもりはないんだが」
「社長。これは夢でも合成でもありません。真実を記録した動画です」
「マジ?」
「マジです」
「マジマジのマジ?」
「マジマジのマジです。信じられないのであれば、八源さんと探索に行かれることをお勧めします」
「いや、塚っちゃんがマジだというのであれば、それを信じよう。しかし、うまく言語化できないのだが、脳が目の前の理解を拒んでいるんだ」
「その気持ち、私もわかります。しかし、頑張って理解してください」
「うむぅ……。とりあえず、八源さんに聞きたい。君は何者なんだ?」
「何者? そうですね……」
英雄はしばしの思案の後、へらへらした顔で返す。
「何者なんですかね」
その態度にイラっと来たが、彼の実力は認めざるを得ない。
太郎は机から契約書を出して、机の上に置いた。
「八源さん。あなたの実力はわかった。ぜひ、その実力をうちで活かしてもらえないだろうか」
「はい。これからよろしくお願いします」
「おお、そうか! でも、本当にうちでいいのかい?」
「はい。太郎さんも啓子さんも良い人だったので、一緒に働きたいなと思いました。俺は職場の人間関係を気にする方なんで、この出会いを大事にしたいと思います」
「そう言ってもらえると嬉しいよ。ふふっ、しかし、八源さんがうちに入るとなると、この業界で一番になる日が近い! なぁ、塚っちゃん!」
「はい! この動画を公開したら、間違いなく、世間は驚き、うちに注目が集まりますよ!」
「いや、それはまずい。これを公開したら、絶対にギルド(迷宮対策委員会)から声が掛かる。そうなると、機密事項が多くなり、配信はできなくなる。八源さんもそれは望むところではないだろう?」
「そうですね。まずは妹探しを優先したいと思っています。あの、この動画に映っていることができる冒険者は、今、いない感じですか?」
「あ、ああ。少なくとも、ディーバーにはいないだろう」
「なるほど。なら、なおさら公開しない方がいいですね。余計な混乱を招きかねないし、俺の力を悪用する輩とか出てくるかもしれません。それこそ、極論ですが、妹のために戦争が起きる事態になりかねない。俺の力には、それほどの価値があります」
「確かに。なら、この動画の存在は我々だけの秘密だ。あと、八源さんもむやみにその力を人に見せないようにしてくれ」
「はい。そのつもりです」
「じゃあ、八源さんにはどんな仕事をしてもらうんですか?」
「うーん。そうだなぁ」
太郎が思案顔で悩み始めた瞬間、可愛らしい腹の音が鳴った。
太郎の頬がぽっと染まる。
「すまん。明日まで考えておく。詳しいことはまた明日にしよう」
「そうですね。八源さん、お家まで送りますよ」
「ありがとうございます」
「塚っちゃんもそのまま直帰していいよ。車は、明日ちゃんと返してね」
「社長! ありがとうございます!」
英雄と啓子が去った後、太郎は腕を組んで考える。その口元は緩み、喜びが隠しきれていない。
思わぬ逸材を手に入れてしまった。百年に一人とかそんなレベルではない。彼の才能を生かすも殺すも自分次第。どうしたものか――。
「あ、そうだ」と太郎は思いつく。「せっかくだし、彼女たちを見てもらおうかな」
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