第5話 事務所社員、目を疑う
「塚っちゃんいる?」
太郎の言葉で、書類とにらっめこをしていた塚川啓子が顔を上げる。
「はい。何でしょうか?」
「例の彼についてなんだけど」
「ああ。八源さんでしたっけ?」
「そうそう。彼がすでに仮免を取得したらしいから、塚っちゃんに同伴してもらって、ダンジョン探索してきて欲しいんだよね。今日、彼女たちの仕事もないでしょ」
「ええ。まぁ、無いですけど」
「それじゃあ、よろしく!」
そして、啓子は英雄と対面する。
啓子の英雄に対する第一印象は『普通の人』だった。
黒髪で素朴な顔つき。ニュースで彼のことは知っていたが、おそらく街中で会っても、気づかないと思う。
「塚川です。本日はよろしくお願いします」
「八源です。こちらこそ、よろしくお願いします」
「早速、ダンジョンに行きましょうか。渋谷区にある『スライムの巣窟』へ行こうと考えているのですが、どうでしょうか?」
スライムの巣窟は、多くのスライムが出現する初心者向けのダンジョンだった。
洞窟型のダンジョンで、地下に行くほど、敵が強力になる。
初心者向けと言っても、それは上層だけの話で、出現して一年になるが、まだ最深部まで到達した者はいない。
上層の危険度は最低ランクのDに設定されているが、中層からはAランクに設定されている。
「はい。大丈夫です」
「じゃあ、行きましょう!」
啓子が運転する社用車で目的の場所まで移動する。
その車内にて、英雄が口を開く。
「運転中にすみません。少し、お聞きしたいことがあるのですが」
「何ですか?」
「塚川さんは冒険者としてどれほどの経験があるのですか?」
「7年くらいですかね」
「へぇ、結構長いんですね。それほどの歴があって、どうして今の事務所で働かれているんですか?」
啓子は言葉に詰まる。啓子にとっては答えにくい質問だったので、答えるのに時間を要した。
「……まぁ、冒険者として自分の才能に限界を感じていたときに、たまたま、今の事務所が冒険者の経験がある人を募集していたので、そこでご縁があって」
「なるほど。今も冒険者として活動しているですか?」
「今は、どちらかというと、裏方としてディーバーのサポートをしています」
「ふぅん。そうなんですね」
「あ、でも、安心してください。腕は衰えていないので、今回のダンジョンくらいなら、しっかりとサポートできます!」
「はい。よろしくお願いします。あ、すみません。ついでにお聞きしたいんですけど、冒険者って職業としてやっていくのは大変な感じなんですか?」
「どういう冒険者を目指すかにもよりますね。内閣府に設置されている迷宮対策委員会、いわゆるギルド直属の冒険者とそうじゃない冒険者がいて、前者なら国家公務員なので、冒険業というかダンジョン探索に集中できるんですけど、後者の場合は自分で稼ぐ必要があるので、大変です。だから最近、と言ってもここ2、3年の話ですけど、自分で稼ぐために動画に力を入れている人も多くなっています」
「なるほど。なら、ディーバーと呼ばれている人たちは、冒険者として活動したいから動画の投稿をしている感じなんですか?」
「そうですね。ただ、言い方は悪いですけど、承認欲求や金のためにやっている人もいますよ」
「へぇ」
「将来的には、冒険者としての独立も考えていらっしゃるのですか?」
「ん。まぁ、そんな感じです」
そんなことを話しているうちに、目的のダンジョンへ到着した。
「それでは、着替えてからまた集合しましょうか」
「はい」
この世界のダンジョンでは、例外はあるものの、治安上の理由で武器や防具といったアイテムはダンジョン外での所持を禁じられている。
そのため、一般の冒険者は各ダンジョン前で支給されているレンタル品を利用することが多い。
啓子もブロンズアーマーとブロンズソードをレンタルして、今回のダンジョンに臨む。
準備を整えて、集合場所に行くと、すでに英雄がいた。
その姿を見て愕然とする。
英雄が白衣を着用して、佇んでいたからだ。その姿は、冒険者というより、医師や研究者だった。
「ちょ、ちょっと英雄さん! まさか、その格好で行くつもりじゃないですよね?」
「これで行くつもりですが?」
不思議そうな顔をする英雄に、啓子は絶句する。ダンジョンを舐めているとしか思えない装備だった。
「……武器は?」
「魔法で戦います」
「八源さんって、今日が初めてのダンジョンですよね? それで魔法が使えるんですか?」
「そのはずです。が、何か、おぼろげなんですけど、モンスターと戦った記憶もあるんですよね。だから、魔法も使えます」
啓子は怒りを通り越して呆れてしまった。
(……ま、まぁ、今日は様子を見るだけだし。少しでも危険だと思ったら、すぐに引き返そう。それに、こんな格好、入口で止められるでしょ)
しかし、ダンジョンの入口にいた警備員は英雄をスルーする。
(正気? 後で意見書を送ろうかしら)
啓子は一抹の不安を抱きながら、英雄を連れて、スライムの巣窟に入った。
スライムの巣窟――。内部は薄暗く、ごつごつとした岩肌がむき出しになっていた。
啓子は球体型のドローンを起動する。ドローンが浮上し、ライトが行く先を照らす。
「これは、撮影用のドローンです。これで、英雄さんが探索する様子を撮影させていただきます」
「へぇ」と英雄は興味深そうにドローンを眺めた。「こんなものがあるんですね」
「それでは、とりあえず、探索を始めてもらってもいいですか?」
「了解です!」
英雄が歩き出したので、啓子はドローンとともにその後を歩く。
ポケットに手を入れたまま歩く背中を眺め、啓子は思った。
(本当に大丈夫かしら? この人)
そのとき、前方にスライムが現れた。しかも四匹。啓子は、剣を抜いて構える。
(スライムと言えど、いきなり複数匹の相手は難しい。まず、私が三体引き付けて、残りの一匹を八源さんに――)
ひゅぅと抜けるような音がした。
次の瞬間、スライムの体が弾け飛んだ。水滴のようなスライムの残骸だけが残る。
「ん。んん?」
啓子は自分の目を疑った。今、何が起きた。スライムが突然死んだ?
え? どういうこと?
追加で、スライムが一匹現れる。しかしそのスライムも、ひゅぅと抜けるような音がした後、爆散した。
「え? え?」
英雄が振り返り、動揺する啓子を見て、言った。
「そういえば、このダンジョンって、まだクリアされてないみたいなんですけど、クリアしちゃってもいいですよね?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます