第2話 白衣の勇者、帰還する
自分の顔を覗き込む二つの顔。その帽子のマークを見て、英雄は懐かしさを覚える。
「もしかして、警察の方ですか?」
「そうだけど、お兄さん、大学の人? こんなところで寝てちゃダメでしょ」
英雄は体を起こして、辺りを確認する。昼間の公園。遠くの方で子供たちの遊ぶ姿が見える。また、自分に対して奇異の視線を向ける歩行者の姿もあった。
「……戻ってきたのか」
「ん? どういうこと?」
「何でもないです。あ、そうだ。ちょっと、手を叩いてもいいですか?」
怪訝な表情の警察官の前で、手を叩いた。
――瞬間。警察官の瞳から光が消える。闇魔法による催眠だ。虚ろな眼の二人に英雄は微笑みかける。
「俺のことは、放っておいてください。いいですね?」
警察官が頷くのを見て、英雄は手を叩く。
警察官の瞳に光が戻り、二人は呆れたように顔を上げる。
「それじゃあ、お兄さん。こんな所で寝てちゃだめだよ?」
「はい。気を付けます」
去って行く警察官の背中を眺め、英雄は魔法が使えることを確信した。
「……んじゃ、家に帰りますか」
英雄は情報収集しながら実家があった場所を目指す。
とりあえずわかったのは、この世界でも10年の時が経っていたことだ。
見た目が転移前の姿になっている――なんてことは無かったので、これからは27歳の成人男性として、この世界で生活していかなければいけない。
あと、わかりやすい変化としては、スマホがかなり普及しているくらいか。
細かいところで見たら、もっと違っているのかもしれないが、確認している余裕は無い。
先を急ぎ、30分ほどで自宅に着いた。
そして、自分の目を疑う。
ボロボロだった家屋が消え、猫の額ほどの更地になっていた。
「……場所を間違ったか?」
辺りを見回し、見覚えのある顔を見つける。
隣家の奥さんだ。転移前は60くらいだったか。久しぶりに見た彼女は、顔の皺が増え、人の好さが滲みだしていた。
「あの、すみません」
「はい。どうかしましたか?」
彼女は穏やかな表情で答える。
「ちょっと、お聞きしたいことがあるのですが、ここに『
「ああ。八源さんね。確かに、2年ほど前までいらっしゃいましたよ。ただ、旦那さんが2年前に亡くなられてしまって」
「……そうでしたか」
あのろくでなしが死んだのか。英雄の脳裏に、酔っぱらいの暴力男が過る。彼の死を悼むことはない。むしろ、喜びを感じる。英雄にとっては、魔王よりも面倒な存在だった。
しかし気がかりなのは、父親と再婚した義理の母親と妹である。
「あの、母親と娘がいたと思うんですけど、二人はどちらに?」
「ああ、その二人なら……というか、どうしてそんなことを知りたいの?」
奥さんが訝し気な表情で警戒する。
(まぁ、別に隠すようなことじゃないし、いいか)
英雄は真摯な顔で見返す。
「あの覚えてますかね。俺です。八源英雄。10年前、この家に住んでいた高校生なんですけど」
「英雄ちゃん? でも、英雄ちゃんは……」と言いかけ、彼女は徐々に目を見開く。目の前の英雄から、昔の面影を感じ取った。「ほ、本当に英雄ちゃんなの!?」
「はい」
「え、ちょっ、嘘っ」
「本当です。それで、家に帰ってきたら、更地になっていたので、何があったか知りたくて。お願いします。教えてくれませんか?」
「え、ええ。そうね。知りたいわよね。えっと、結論から言うと、奥さんと
「……なるほど」
蒸発。それも当然のことだとは思う。英雄の存在によって辛うじて守られていた家庭のバランスが、行方不明によって崩れてしまったのだろう。それであの男から逃げ出したとしても、母親を責めることはできない。むしろ、妹を連れて逃げ出してくれたことに感謝の念を覚える。
英雄は更地に視線を戻す。
『お兄ちゃん、大好き!』
妹の弾けるような笑みを思い出し、胸が詰まった。
このクソみたいな世界で、彼女だけが唯一の救いだった。
「お家なんだけど、かなり老朽化が激しくてね。役所に言って対応をお願いしたら、旦那さんの弟さんが動いてくれて、数か月前に取り壊されたの」
「そうでしたか」
家の有無はそれほど重要ではないから、どうでも良かった。ただ、妹と母親の行方だけが気になる。
「あ、あの、本当に英雄ちゃんなのよね?」
「はい。そうですよ」
「まぁ、どうしましょう。警察? それとも役所かしら?」
「どっちなんですかね。とりあえず、警察に行ってみようと思います。お話、ありがとうございました」
「いえいえ、他に何かできることがあったら、遠慮なく言ってね」
「はい。ありがとうございます」
英雄は奥さんと別れ、近くの警察署に行って、事情を話した。
そして、それから怒涛の2週間を送る。
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