異世界帰りの白衣の勇者、異世界仕込みの治療を施したら、担当のアイドル系冒険者がめちゃくちゃ強くなった

三口三大

白衣の勇者、マネージャーになる

白衣の勇者と新たな出会い

第1話 白衣の勇者、異世界から去る

 八源英雄が目覚めたとき、そこは見知らぬ森だった。


「どこだ、ここ?」


 英雄は目覚める前のことを思い出してみる。


 高校の同級生から廃墟での肝試しを命じられ、街の外れにある病院を探索していたら、何かに躓いたところまでは覚えている。


「もしかして、俺、死んでしまったのか……?」


 なら、どうして意識があるのだろう。


 英雄は頬をつねってみた。


 痛みがある。夢ではないようだ。


 そのとき、近くの茂みで何かが動く気配があった。


 飛び出してきたものを見て、英雄は言葉を失う。


 スライムだった。そうとしか形容できない生き物が、そのプルプルボディを揺らしていた。


「冗談、だよな?」


 頬をつねってみる。


 やはり、痛みはあった。


 これは夢じゃないらしい。


 英雄は深呼吸し、山でのサバイバル術を思い出す。


 熊や猪に出会ったときは、ゆっくり後退すべし。


 英雄はスライムから目を離さずに、じりじり下がった。


 が、スライムもじりじり迫ってくる。


(マジかよ)


 英雄が死を覚悟しそうになったとき、妹のことが頭を過った。


『お兄ちゃん、ありがとう!』

『お兄ちゃんが私のお兄ちゃんになってくれて、うれしい!』

『お兄ちゃん、大好き!』


 英雄はハッとなって、気合を入れ直す。


 可愛い妹のためにも死ぬわけには行けない。


 英雄は落ちていた枝を拾うと、それをスライムにぶん投げて、すぐに逃げ出した。


☆☆☆


 ――10年後。


 英雄は『スタート・タウン』が見える丘の上で、白衣をたなびかせながら街を見下ろしていた。


 スライムに追われ、あの街に逃げ込んでから10年になる。


 長いようで短い10年だった。


 異世界から来たことを告げたら、勇者と担がれ、魔王と戦うことになった。


 また、特異的な体質を理由に、魔力系の専門医としても活動することになり、『白衣の勇者』と呼ばれるようになった。


 そして先日、多くの仲間の協力も得て、魔王を倒すことができた。


 これまでの思い出に耽っていると、人の気配がした。


 白の法衣を着た銀髪碧眼で幼さの残る顔つきの聖女――アリシアである。


 アリシアは物憂げな表情で目を伏せた。


「やはり、帰ってしまうのですね」


「ああ。魔王がいるから勇者がいる。逆もまた然りだと思う。勇者がいるから、魔王なんてものが生まれてしまう。だから、俺は行くよ」


 それに、忙しすぎて考えている暇が無かったが、元の世界に残した妹や母親のことも心配だ。


 10年経ってしまったが、彼女たちは元気にしているだろうか。


 妹は賢い子なので、あの父親ともうまくやっているとは思うが、それでも不安はある。


 アリシアは英雄の右腕に自分の腕を絡ませ、名残惜しそうに体を密着させた。


「なら、勇者じゃなくて、お医者さんとしてここに残ればいいじゃないですか」


「そうしたいのはやまやまだけど、勇者かどうかは俺の意思で決めるもんじゃない。それに、心配しているであろう妹にも会いたいし」


「むぅ」とアリシアは頬を膨らませる。「私よりも妹さんの方が大事なんですね」


「そういうわけじゃないけど」


「なら、ここに残ってくださいよ。これから誰が私の『魔力クレンジング』をしてくれるんですか?」


「『魔力クレンジング』くらい、俺じゃなくてもできるでしょ」


「できません! それに、ヒデオさんのじゃないと満足できない体になってしまいましたし」


 ぽっとアリシアの頬が朱色に染まる。


「立場のある人がその言い方は」


「ちゃんと責任を取ってください」


 アリシアの非難めいた視線に、英雄は苦笑する。


「わかった。なら、最後にちゃんとクレンジングするから」


 英雄はアリシアと向き合い、彼女の小さな両手を掴んで、賢者モードを発動した。


 英雄の瞳が青い炎を帯びる。賢者モードになると、雑念が混じらず、施術に集中できるようになる。


 アリシアは輝く英雄の両手を見て、生唾を飲んだ。


 見ただけでわかる。どでかい魔力が、これから自分の中に入ってこようとしている。


 アリシアは目を閉じて、そのときに備えた。


 魔導管の入口に英雄の魔力が触れ、アリシアは思わず声が漏れる。


「……んふっ♡」


 英雄の魔力が入りそうになった瞬間――澄み渡るような鐘の音が辺りに響いた。


 スタート・タウンの鐘だ。この鐘が鳴ったとき、勇者が現れ、再び鳴ったとき、勇者は元の世界に帰る。


「あっ」


 自分の手を覆っていた温もりが消えたことに気づき、アリシアは慌てて目を開ける。


 目の前にいた英雄が、蛍の光のように空へ上っていく。


「ま、待って!」


 アリシアは手を伸ばして光を掴もうとする。しかしそれは、手の間をすり抜けていった。


 空に上る光を見つめ、アリシアは右手を寂しそうに握る。


 が、次の瞬間には、その目に決意の光が宿った。


「待っててください、ヒデオさん。今度は、私がそちらへ行きます♡」

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