第1話
蝉の声が、ベタベタしたワイシャツの鬱陶しさに混じって、僕の気を紛らわす。
会社に着けば、涼しい文明進化の元で、仕事ができる。やりがいは仕事、同僚は何処かに行った。理不尽な上司が飛ばした。今日も平穏に、とりあえず生きようと、そう決意した。
「おはようございます、浅山さん」
後輩が挨拶をしてくる。最近入った後輩だ、まだ礼儀正しい。
「おはよう、坂上さん」
俺が、挨拶を返すと、後輩はせっせと仕事に取り掛かる。「立派な社会人」になろうとしてるのか、過去の俺よ、お前みたいだぞ。そう、言い聞かせていた。
理不尽上司の面倒な戯言を聞いて、今日も仕事は終わる。定時で帰る人、残業する人、飲み会、キャバクラ、居酒屋、その他諸々、ここからは娯楽の時間。俺は特に用事もなく、そのまま家に帰る。古いアパート、二階建て。漫画にでも出てきそうなくらい古いが、住み心地は悪くない。
「ただいま」
ドアを開けて、誰もいない部屋に言う。彼女は先日までいた、いつのまにかいなくなっていたから、何処にいるか分からない。
『…以上で、ニュースを終わります』
コンビニ弁当とビール片手に、テレビ見ながらのんびりと。明日の仕事も面倒だが、それ以外やることはない。風呂に入り、ベットに横になる。今日はもう寝よう。電気を消そうと、立ちあがろうとする。ふと、物置を見てみたくなる。たまにある衝動だ、抗わずに、とりあえず見に行く。そこには、かつて自分が書いた小説、好きだった本が沢山あった。そういえば、自分は物書きだった。今更だが、出版こそはしてなかったものの、趣味の一環で、原稿用紙に書いていた。ちらりと見えた、原稿用紙10枚程度の小説には、
『何処にあるのだろう、幸せなど』
と、でかでかと書いていた。それは、中学生の頃に書いた小説の題名だった。今思うと、この頃から、人生に迷い始めていた。明日、本屋にでも行ってみようか、スマホの予定表に
『本屋』
と、追加して、電気を消して、寝た。
次の日も、上司の戯言を聞いて、家に帰る。途中にある、少し古めの本屋に寄った。
久しぶりに感じる、本の紙の香り、質感、独特な静寂。全てが、かつて自分が愛していた空間そのものだった。小説コーナーを見ていると、
『世界はエンターテイメント』
と、いう小説が目に入った。
『こんな世界に面白さを見出せない、そんな少年の物語』
興味が湧いた、買おうと思って、レジに持って行く。無愛想な店員、買った本を鞄に入れ、本屋を出る。久しぶりに、家に帰るのが、楽しみになっていた。
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