【4】

「おっ、見えてきた、見えてきたよー」


 暫くの間ペダルを立ち漕ぎし続けるのに専心していたところに、不意に莉の声が響き渡った。

 終始黄金色の草原を思わせる田園が続きの景色に、暑さの合せ技もあって、少なからず辟易していた節は否めない。だからこの声掛けを聞いて、萎え始めていた気持ちが少しばかり上向いた。そう、ほんのちょっとだけ。


「そこ曲がって、そこ。確か近道だったはずだから」

「わかった。わかったから。しれっと脇腹弄んなし」

「ほほー? 相変わらず克服出来ずじまいなんだねー……フフン♪」

「おーい、味占めた笑みが漏れてる……ってバカ! 早速くすぐんな! お前、こけたらどうすんだよ!」


 彼女の指示とスキンシップに背中を押されつつ、辿り着いた先はとある公園だった。

 早々に自転車を駐輪場に止めて、公園の敷地内へと足を踏み入れていく。

 二人して肩を並べて歩く中、ふと敷地の外周を取り囲むクロマツやカシワの連なりに目をやる。これらが山や海からの吹き下ろしの季節風を和らげる為の防風林の側面がある事に気付いたのは、つい最近になってからの事だ。

 我ながら、己の浅学ぶりには呆れてものも言えない。まあ自覚出来てるあたり、まだ救いはあると信じたい。


「小さい頃さ、よく歩き回ったよね」

「夏休みだろ? 昆虫採集とかいって、夕暮れまで歩いたヤツ」

「そうそう。クヌギやコナラだったっけ? カブトムシの好む木。そんな事も知らないで、必死に虫取り網とカゴを一日中持ち歩いちゃってさ、ハハッ」

「見つかりっこないわな、そりゃ。結局捕まえられたのは、こんがり日焼けした肌の痛みだけ」

「無知って罪だよね。なーんて、今だから言える話だけど」


 日陰濃ゆる外周の林を抜けて、園内全体を周回する遊歩道に行き着く。先程までと違って、アスファルトの舗装路を歩くようになってから、幾分引いていた体感上の暑さがぶり返して来たように思える。きっと白く光り照らす太陽がもたらす輻射熱によるところが大きいのだろうか。

 これなら林の中で声をかけて、そのまま座り込んで駄弁っても良かったなと後悔するも、時既に遅し。それより、我先にと前に進む幼馴染の背中は真っ直ぐ張り切ったままで。


「折角なんだし、あそこに飛び込むのもアリじゃない?」


 大きな池が目に入ったところで、莉が指差しながらとんでもない提案をする。まったく、どの口が言ってんだか。


「溺れても知らないぞ。つうかお前いつの間に泳げるようになったんだ?」

「いや、絶賛ガチガチのカナヅチだけど? ほら、そこはアンタを浮き輪代わりにしてさ。ね?」

「ね? じゃないのよ、ねじゃ」


 苦笑い混じりに突っ撥ねながら、風によって揺れ動く池の水面を見つめる。

 元はと言えばこの池、園に隣接している川が増水した際に、川が氾濫しないように増水分を溜め込む、いわば『洪水調整池』としての役割を担っている。その面積はゆうに野球場十数個分はあろう公園の半分以上を占めており、翻して言えばそれ以外は何ら変哲のない、無駄に敷地面積が広いだけの公園に過ぎない。

 それでも池の周りには芝生広場や最低限の遊具が揃った遊具広場が設けられており、所々に点在する花畑なども相まって、近隣の地域住民にとって恰好の憩いの場となっているのだ。

 まあ、それだけこの土地一帯に憩いの場、もとい遊ぶ場所が不足しているという証左でもあるのだけど。


「いつもなら満開のひまわり畑も、この暑さじゃさすがにグロッキー気味だわな……って、あれ? 莉のヤツ、いつの間に消えて……」

「あっ、いいとこにブランコあるじゃん。わーい♪」

「おいおい、小学生じゃないんだから」


 よく漕ごうという気になれるな。このクソ暑い中で。

 内心ではぶうたれつつ、彼女の言葉に振り回されるがまま、足早にブランコへと向かった。

 なんだかんだ言いながら、結局は楽しんでるんだろ? 自分の胸奥に、そう問い質しながら。

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