【1】

 眼の前が暗い。何も見えない。そう認識したのと時を同じく、鼓膜が音を捉え出す。

 ウイヨース、ウイヨース、ウイヨース、ジー。ツクツクボウシの急かすような賑やかしが二重三重と鼓膜に障ってきて、眠りに落ちていた意識はすっかり醒めてしまった。二度寝するのも断念するくらいに。

 顔を起こすと、両手を組んで大きく伸びをしながら、ようやく重い瞼を開ける。

 お尻に伝わり続ける圧力から、座ったまま寝ていたみたいだ。

「んんぅ……よく寝たよく寝た」

 最初に目に入った深緑色の黒板は、左側の窓から射し込む陽光によって明白に照らされている。換気の為に窓を開け放っているからか、葉々のさざめきをもたらす生ぬるい風が、素肌を晒した腕に直接まとわりついて離れてくれない。

「で、あれ? 他のみんなは……」

 白色のチョークで黒板に記された『夏期補習』の横文字列と、右端に縦に白く書かれた日付を見てから、首を下げる。白地の半袖シャツに、黒く薄地な長ズボンという着慣れた制服姿を確認してから、ぐるっと見回してみる。整然と並べられた学習机は燦々と降り注ぐ陽射しを照り返すばかりで、かえって俺しかいない教室のがらんどうの様を鮮明に映し出しているように思えた。

 開け放たれた窓から、涼しさの欠片もない夏風が再び吹き込まれる。一緒に運ばれてくる緑々しい香りも、涼しい中であれば心地よさを抱けるだろうが、この状況ではそんな余裕は残っていない。

 ただでさえ冷房が設置されていないボロ教室だ、このまま座りっぱなしでいたら、身体も茹だるばかり。熱中症なんて時間の問題だ。

 三度の白南風に併せて、黒板の左側にふわっと軽い日陰が覆いかぶさる。よく見たら前方の窓だけカーテンが半分ほど閉められていて、それが風で舞い上がっているみたいで。

「あーっ! やーっと起きてくれた!」

 カーテンが揺らめくのに見とれていた背後から、お待ちかねの声が響き渡る。

 曇り一つない快晴を思わせる、あの瑞々しくも爽やかな声が。

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