Sunday Summer

一ノ瀬悠貴

プロローグ

 湿めりを含んだ南方からの夏風が、クリーム色の壁にかけていたカレンダーを揺らしていく。ゆらりゆらりと、振り子の時計のように。

 そういえば、天気予報で台風が接近していると言っていたっけ。朧気に思い出した俺は、空気循環の為にに開けていた窓を慌てて閉める。

 閉じた窓ごしから、空を見つめる。一面を覆っていた白色の雲が灰色に、そして黒灰色へ。刻々と雲行きが怪しくなっていく様子を眺め続けていると、こっちまで気が滅入ってしまいそうだ。

「あれ? そういや」

 手にしていたタンブラーに注いでいたサイダーを一口啜ってから、すっかり揺れの収まったカレンダーを見つめ直す。

「なんで今日に、赤丸付いてんだっけ?」

 このカレンダーには、俺のスケジュールが仔細記されている。ずぼら且つ忘れん坊の自覚がある俺は、何かしらの予定や約束が入ったら、即座にこの壁掛けのカレンダーに記入するようにしているのだ。

「今日って一体何の……あぁ」

 赤丸の下に赤ペンで記された文字を見て、ようやく疑問の正体が浮かび上がる。

 もうこの日が来てしまったのかという厳然たる事実に、炭酸によって舌を満たしていた爽快感がすうっと引いていくのを感じた。

 代わりに沁み出て来た、透き通った苦さから逃げるように。


 ――夏休み、日曜日に、あの部屋で。

 窓の外で荒々しさを増す風の音を聞きつつ、俺はゆっくりと目を閉じる。

「このまま台風直撃して、中止になってくれないかなぁ」

 僅かな期待を込めた願望をぼやいたのが、しめやかに現実から沈みゆく前の最後の言葉となった。

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