下②
次の日の朝、柴影は島の総長から聞いた作戦の内容を伝えた。作戦と言っても、全て机上の空想とも言えるなんともお粗末すぎる作戦であった。すれ違った兵士達の目には光などなく、絶望と死への決意が見て取れる。それに反して、黄昏隊はまだ仮初の勇気に目が彩られていた。
黄昏隊の役割、それは拠点の制圧であった。その任務が成功するならばどんな手段でも構わない。なんとも人任せなことだろう。しかしそんな事を言った総長の目はまるで少年のようにキラキラと輝いていた。
柴影は作戦を立てた。島の情報を集めると、西側は少しだが敵数が少ないことがわかった。また、拠点の守備も弱いという。少ないと言っても、よっぽど戦地経験の浅い彼らで立ち向かえるような人数ではなかった。しかし攻めるならここしかない。たった一晩で練った作戦を彼らに伝えた。
まず、隊員10名を囮とし、敵を引きつける。この間、この10人は戦うことより逃げることを優先する。その間に残りの者たちが拠点を四方から攻め制圧するというものだ。なるべく犠牲を出さないようにするためにはこの方法が1番だと考えた。しかし不安要素も多い。中でも、囮役の10人は作戦実行の中で重要であり、また、1番恐ろしい目にあう事は確定であった。この10人をどう決めるか。柴影は頭を抱えた。
「私に行かせてください。」
1人の隊員が手を挙げた。それは目の下に酷いくまを作ったあきらであった。黒くくすんだくまとは裏腹に彼の目は轟々と燃え盛る大炎のようであった。
「あきら、本当にいいのか?この作戦で1番辛い立場となるぞ。」
あきらは少し俯いたが、瞬きの間に柴影に目を合わせた。
「覚悟の上です。」
彼の声はまるで獅子の怒号のようであった。それに釣られるかのように、隊員たちはぞろぞろと手を挙げ始めた。
「私を行かせてください。」
「私は足に自信があります。」
そんなお国にとってはさぞ嬉しいであろう言葉が柴影を責め立てた。柴影は彼らの中から9人を選抜し、残り1名は同じく参戦していた春風隊の1人に任せることにした。残りの配置も定め、柴影は大きく深呼吸をした。そして土埃を震わせ、響き渡るように叫んだ。
「皆、次会うときは敵の拠点制圧後となるだろう。その時まで誰1人かけることは許さん。これは命令である!もし破ったものがいるならば、地獄そこへ行ってでも首根っこ掴んで引きずり出してやるから覚悟しておけ。とにかく、皆の健闘を祈る。」
そう言って右手の人差し指をヘルメットのつばに当てた。それに続いて皆も空気を切るように勢いよく敬礼をした。そしてこの瞬間、彼らの運命を決める作戦は定まったのだ。
作戦決行は09:00。現在時刻は08:30。準備を着々と進めながら春風隊のメンバーを集めた。そして最終打ち合わせと共にあることを伝えた。
「それは本気で言っているのですか?」
「本気でなければこんなことは言わない。私だってこんなことはしたくない。しかしこれしか方法は無い。」
「方法なら他にも…。」
そう言って1人の隊員は地図を広げた。しかしどんなに睨みつけても、その目標を達成するための作戦には行き着かなかった。
「わかっただろう。誰かが汚れ役をやるしかないんだ。君たちは君たちのやるべきことを達成しなさい。」
春風隊の隊員たちは重く俯いた。時計の針は10を指している。
「そろそろだな。では皆、行こうか。」
皆立ち上がる。足は根が張ったように重たい。しかし彼は進むしかなかった。進むしか生きる方法はなかった。
……………………………………………………
(ここからは無線でのやり取りである)
配置完了。
作戦、開始。
誘導隊、手榴弾投下……爆発。
敵兵、拠点内から20人程度、移動。
誘導隊、手榴弾投下……爆破
敵兵の移動を確認
拠点内、残り30人程度。
周囲敵兵、合計70人程度。
作戦急遽変更、第2誘導隊編成。
第2誘導隊、編成完了。
第2誘導隊、手榴弾投下…爆発。
敵兵周囲から10人移動。
拠点内変化なし。
第2誘導隊、さらに手榴弾投下…爆破せず。
第2誘導隊、発砲許可求む
同じく第1誘導隊、発砲許可求む
双方、発砲を許可する
第2誘導隊、手榴弾狙撃、成功、無事爆破
周囲から30人程度の誘導に成功。
第1誘導隊、撹乱を続ける
本隊、各配置に分散。合図を待て。
敵兵数、拠点内、30人程度。
周囲50人程度
第1誘導隊、20人程度の誘導に成功
第2誘導隊、40人程度の誘導に成功
各誘導隊につぐ、撹乱を続けよ
…第1誘導隊より、1名重症
…了解
…本隊につぐ、30後、行け
(30秒後)
…行け
第1誘導隊より、誘導した敵兵、拠点の異変に気づいた模様
第2誘導隊も同じく
双方の誘導隊につぐ、時間を稼げ
了解
了解
……拠点制圧完了
敵兵逃亡を確認。深追いはするな。
第1、第2誘導隊。作戦、丸々
……………………………………………………
戦地のまずい飯もその日は晩飯はやたら薄く感じた。それは皆同じのようで、全員死にかけのような口で食事をしていた。もちろん彼らに言葉はなかった。多少の労いの言葉や軽い冗談話はあるものの、作戦成功の夜とは思えぬほどの静けさであった。その理由は、作戦により1人が命を落としたからだ。それは春風隊の隊員であった。その者は第1誘導隊に入っていた。話を聞くと、足を挫いた黄昏隊の隊員を助けるため、自らが殿となって囮を続けたという。足を挫いた隊員、それはあのあきらであった。あきらは奪った敵の拠点の隅で1人、嘔吐でもしそうな顔で飯を流し込んでいた。そんな彼に柴影はゆっくりと近づいた。
「怖いか?」
あきらは何も言わなかった。しかし柴影はなにかを理解したかのように、あきらを抱きしめた。
「いいか、これが戦場だ。これが現実なんだ。これまで教官たちが語っていたのは、全て夢物語だ。人は簡単には死なない?バカを言うな。人はあっけなく死ぬ。銃なんて大層なものを使わずとも、簡単に殺せるんだ。」
柴影はあきらをさらに強く抱きしめた。
「私は君達より多くの死を経験してきた。私が残してきた実績は全て仲間の死の上にたっているのだよ。初めはそれで良かった。お国のいう名誉ある死の上に私が生きている。そう思っていた。しかしいつしか理解した。死に様に名誉もクソもない。あるのは強い悲しみと土にまみれた冷たい死体だけなんだ。私はそれが嫌だった。実績も地位も要らなかった。だから君達の隊長になることも嫌だったんだ。…もう、私のために仲間が死ぬところを見たくないからね。」
黄昏隊は柴影に視線を集めた。そして愕然とした。隊長が泣いている。あの立派な兵士である隊長が子供のように大粒の涙を流し泣いている。それを見て彼らは思い出した。いつからか忘れていた感情を。あの地獄であった学園での生活の中で、絶望し、無駄だと分かり排除したあの感情を。
ポタッ……
彼らは一斉に涙を流し始めた。そして赤子のように声を上げ、泣いた。勢いよく鼻をすすった。目の前にある現実に絶望した。私達はこれから死に向かうのだ。土にまみれ、血に染まり、冷たくなり、死ぬのだ。何も残さず、誰にも知られず、ただの肉片となるのだ。嫌だ…嫌だ…嫌だ…嫌だ…。死にたくない…生きていたい…。絶望の中、悲しみと共に捨てたはずの生への欲望が湧き上がった。そして誰かは軋む床を何度も叩きつけていた。ささくれが手に刺さり、赤い血が滴る。流れる分だけ、彼らは自分たちの愚かさを理解した。
「だけどな…」
急な柴影の声が闇夜に響いた。
「私は君たちとの生活は楽しかった。いつも違う色を見せてくれた。本当に感謝しているよ。」
その言葉にあきらは胸を撃ち抜かれた。そして柴影の目をゆっくりとどかすと、勢いよく立ち上がった。
「隊長!感謝を言うのは我々の方です。私達は隊長たちと出会う前、人として大切何かを失っていました。しかし今こうして仲間の死に泣けることは隊長及び春風隊の皆さんのおかげです。」
黄昏隊は皆大きくうなづいた。そして近くの仲間たちと抱き合い、また泣き出した。そこにはかつての勇ましい若武者の影すらない。泣きじゃくる青年たちがそこにはいたのだった。柴影はそれを見て彼らに言った。
「では、今一度君たちに問う。この戦争に、まだ参加するか?」
皆の意見は想像の通りであった。泣く子供たちを柴影は一人一人抱きしめてまわった。そして泣き疲れたのか、1人、また1人と眠りに落ちていった。
……………………………………………………
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます