小鳥になったが父でありたい
@kaoruru
鳥のように空を飛びたいと願ったことはあるけれど
「逃がすな!」
「弓だ!狙え、いそげ!」
ヒュンと矢が風を切る音が近い。
ぼくは傷ついた馬を捨てて森へと駆けこんだ。
単騎で駆ける男の持ち物など、たかが知れている。
盗賊の集団の獲物にはならない。
彼らは盗賊ではなく、訓練された兵士だ。
ぼくの命を狙った待ち伏せだった。
「うっ」
左腿に、焼けるような痛みが走る。
木や枝の隙間から飛んできた、矢が刺さった。
それでも僕はよろよろと進んだ。
殺されるわけにはいかない。
帰りを待つ妻と、生まれて間もない娘のために。
「あっ!」
突然目の前がひらけた、同時に足元は失われぼくは真っ逆さまに落ちていった。
*
どうなっているんだ?
崖から落ちたのに、岩に叩きつけられるかわりに、炎にのまれている。
不思議と熱さは感じなかった。
ただほろほろと自分の姿が崩れていくのがわかった。
「マリアンナ、アリアをたのむ」
貴族の娘だったマリアンナには身寄りがない。
犯罪に手を染めた親族は全員処刑された。
当然、彼女との結婚は反対され、ぼくの親戚とも疎遠だ。
財産はそれなりにあるとはいえ、ひとりで赤子を育てるのは大変だろう。
よい再婚相手がみつかればいいんだが。
「すまない」
帰れなくて。
どうか幸せに。
ぼくの意識はそこで途切れた。
再び目覚めたのは、朝だった。
まぶしい朝の光が視界一杯にひろがっている。
賊に襲われたのはまだ日の高い午後だった。
半日以上眠っていたのか。
あたりを見回し、自分の置かれた場所に気づく。
崖から張り出したでっぱりのようなところだ。
ぼくは、おおきな鳥の巣のなかにいた。
生きている?
燃えたのは幻か?
崖からおちてこの巣にひっかかったのか?
『アリア』
そう娘を呼んだはずなのに、口から出たのは。
「ぴい」
ぼくは寝ぼけているのか?
『ぼくの名は、エリオット。マンデヴィルの名は返上した平民だ』
「ぴるるる、ぴょぴょ。るるうう」
愛らしい小鳥の囀りだ。
自分の口からでているのでなければ、聞きほれただろう。
命を長らえたはいいが、囀りでしか喋れない27歳男性とは。
駄目だろう。
真剣に。
がっくりと目線を落として、やけに巣の床が近いと気づく。
さらに手が前に伸びない。
おそるおそる動いてみれば、手足の感覚はある。
そして、やはり。
手は翼になっていた。
なるほど。
囀りでしか喋れない男性ではなく、小鳥だから囀るのか。
ぼくは納得しつつ絶望した。
*
羽ばたいてみると、ふわりと体は浮き上がる。
飛べない雛というわけではないようだ。
その割には巣のサイズが合っていない。
放棄された大鷲の巣を再利用していたのだろうか。
(すまないが、体を借りるよ)
やはり私は死んだのだろう。
なぜか、この小さい鳥に魂だけが入っているに違いない。
巣の周りを飛んでみれば、崖の下にはまた森が続いている。
上には私の落ちてきた森がある。
どちらも鬱蒼と茂っている。
(上に行こう)
降りて自分の死体を探すより、一目でも家族に会いたい。
ぼくは崖の上に向かって飛んだ。
小さい体なのに、驚くほど自由に動ける。
(鳥とは、いいものだな)
鳥のように空を飛んでみたい。
幼いころの願いが、こんなふうに叶うとは思わなかった。
崖上の森を空からみると、襲撃を受けた街道がみえた。
(あいつらは、追ってこなかったな)
この街道自体、利用するものは少ない。
魔の森と呼ばれるこの深い森は、恐ろしい化け物が住むと言い伝えられていた。
かつて国はその噂を払しょくし開拓をすすめようと兵団を探索にだした。
しかし行方不明者が続出して中断、人々はますます近づかなくなった。
ぼくのことも、森で死んだと判断したんだろう。
間違ってはいないが。
ぼくはひとけのない街道に沿って飛んだ。
驚くほど速く飛べる。
しかも疲れない。
太陽が真上に来る頃には、我が家のある村が見えてきた。
*
ぼくは高度を落とした。
羊を連れた少年が私を見て、目をまるくした。
あの子は知っている。
屋敷にチーズを届けてくれる子だ。
挨拶がわりに、ぼくは彼の頭上でくるりと回り、ぴいと鳴いた。
羽が一枚ひらひらと落ちていった。
屋敷は騒然としていた。
私を襲った賊たちが我が物顔で庭にたむろしている。
(ああ)
私は暗い気持ちになった。
見つからないよう祈りながら、二階のバルコニーから入り込む。
「もう!せっかく銀行に行った帰りを襲ったのに、お金を取りそこなうなんて」
マリアンナが可愛らしい小花柄のドレスで、恐ろしいことを言っていた。
「森に入ってしまったんだ、仕方ないだろう?」
聞き覚えのある賊の声だが、話し方は育ちの良さを感じさせる。
「さあ、はやくここを引き払おう」
「うれしい!やっとあなたと暮らせるのね!」
「そうとも、アンナ。愛してるよ」
「私もよ」
「かわいそうに。つらかったね」
(つらかったのか)
バルコニーの柱の陰で、ぼくはしょんぼりと尾羽を垂らした。
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