17.仕返し
……放課後。職員室の近くにある会議室に、俺たちは集まっていた。
北川さんと西田さん、東野さんに、石橋先生、そして……毒島先生。それから、一年四組のクラスメイトに、男の子と女の子とそれぞれ一人ずつ来て貰った。
その内、東野さんにはスマホで動画撮影をして貰っていて、残りの人たちは長机を前にして、みんなパイプ椅子に座っていた。
もちろん話し合う内容は、北川さんの暴走事件についてだ。
「話し合う必要なんか、ありません」
毒島先生が顔をしかめながら、俺たちに向かって告げた。
「非があるのは、明らかにその北川さん一人でしょう?高校一年生とは思えない癇癪を起こし、椅子を私へ投げ、机をひっくり返し、多大な授業の妨げを行った。これについて何を話し合うというんです?」
「北川さんの癇癪の原因は、あなたにあると聞きましたが?」
毒島先生の対面に座る俺が、そう言って切り返す。
西田さん経由から話を聞いたところ、北川さんは俺のことを毒島先生が悪く言ったので、カッとなったとのこと。
これを聞いた時、「確かに俺へ直接言うのはちょっと恥ずかしいかもな」と、ようやく北川さんが言い出すのを渋ってた理由を理解した。
ただ、今回毒島先生との決着をつける必要があったので、北川さんに許可を取った上で、西田さんからその話を聞いたのだった。
「話に聞くと、毒島先生は俺の悪口を言っていたらしいとか?それに対して、北川さんは怒ったという風に聞いております」
「悪口ですって?何を言い出すかと思えば。私がそんな品のないことをするはずないでしょう?」
とぼける毒島に向かって、俺の右隣に座っていた北川さんが「ふざけないでよ!」と叫んだ。
「絶対言った!!あんたは絶対言ったもん!!」
「北川さん、落ち着いて」
「でも中原!」
「いいんだ、今はとりあえず、毒島先生の話も聞こう」
「……………………」
北川さんは歯を食い縛って、心底悔しそうにしていたけれど、俺に言われて渋々矛を納めていた。
「ここは客観的な意見を聞きましょう。一年四組のクラスメイトのお二人。あの時、毒島先生は俺の……中原 純一の悪口を言っていましたか?」
俺が話を振ると、その二人はお互いに顔を見合わせた。
そして、男の子の方がおそるおそる発言した。
「えーと、確かあの時は……カウンセリング部は変な部活だっていう感じのことを、毒島先生は言ってたと思います」
「ほう、変な部活とは、具体的にどのような?」
「子どものカウンセリングは大人が聞いて然るべきで、子どもが子どもの悩みを聞いても意味がないとか、この部を立ち上げた生徒は全然そのことを分かってないとか、そういう意味合いの話でした。少し要約した言い方にしてますが」
「この発言は本当ですか?毒島先生」
これに対して先生は、「ええ、そうよ」と答えた。
「先生、北川さんはカウンセリング部に所属している生徒です。カウンセリング部には意味がない、なんて悪口を言われるのは、よく思わないでしょう。また、この部を立ち上げたのは、部長であるこの俺です。この発言は、俺に対しての侮辱にも当たる。それに余計北川さんは腹を立てた。聞いている限りでは、北川さんが怒るのは当然と言えると思いますが?」
「これは、悪口ではありません。客観的な意見です」
「客観的な意見?」
「未成熟な子どもの悩みを、未成熟な子どもが聞いたところで、解決できるわけがありません」
「ふむ……」
俺は一旦間を置いて、「では毒島先生」と改めて告げた。
「毒島先生って、めちゃくちゃ老けてますよね」
「……!」
「しわも多いし、シミも多い。お歳は確か50代と聞いていますが、俺には70代に見えますね。もっと肌の手入れに気を遣った方が良いんじゃないですか?」
「あ、あなた!!なんて失礼なことを言うの!?」
毒島先生は顔を真っ赤にして席を立ち、俺に向かって怒鳴りつけた。毒島先生の隣にいる石橋先生が狼狽えた様子で、「な、中原くん!何を言い出すんだ!謝りなさい!」と言ってきた。
「謝る?なぜですか?俺は今、“客観的な意見”を言っただけですよ?」
「何をバカなことを言い出すの!?明らかに悪意があったじゃない!!」
「ないですよ、別に悪意なんて。それに、毒島先生だって客観的な意見でカウンセリング部のことをとやかく言ったんですから、俺が客観的な意見を話したって、何も問題ないですよね?」
「そんな屁理屈、通るわけありません!今すぐ謝りなさい!!」
「うーん、俺に悪意はないんだけどなあ。でもまあ、俺の言葉で先生が傷ついたのなら謝りましょう。申し訳ありませんでした」
そうして俺は、ぺこっと頭を下げた。そして、すっとまた頭を上げて、こう言った。
「では先生、次はあなたが謝ってください」
「な、なんですって?」
「あなたは、カウンセリング部と俺を貶し、北川さんを傷つけた。それについて謝ってください」
「あ、謝るわけないでしょう!?さっきから言ってるじゃない!あれは客観的な意見だと!!」
「でも今俺は、客観的な意見であっても、先生を傷つけてしまったなら申し訳ないと言って、頭を下げましたよ?ここで先生が北川さんに頭を下げられなかったら、先生はガキの俺よりも誠意がない人間だと思われますよ?」
「……!」
「先生はおっしゃってましたよね?カウンセリングというのは、未成熟な子どもが子どもの相手をしてはならないと。ならば先生、大人ってそもそも何ですか?」
「……………………」
「自分に悪意がなくても、相手を不快にさせてしまったら謝れる人か、いつまでも自分の非を認められない人か、どっちが大人ですか?」
「こ、この……!!あなた!!先生に向かって何なのよ!!その口の聞き方は!!」
「うーん?何も変な口の聞き方はしてませんよね?どっちが大人なんでしょうか?毒島先生のご意見を伺いたいですって、むしろすごく丁寧に話しているのに、何をそんなに怒ってらっしゃるんですか?」
「こ、このガキーーーーーー!!!」
パアンッ!!!
会議室に、俺の頬を叩く音が響き渡った。
毒島先生が、とうとう手を出してきたのである。
「ちょ、ちょっと毒島先生!!」
さすがの石橋先生もこれはいけないと思ったらしく、すぐ毒島先生を止めに入った。後ろから羽交い締めにして、毒島先生を動けなくした。
「こ、この!!離しなさい!!」
俺はその無様な様子を見ていると、思わず口角が上がってきてしまった。
「このババア!!よくも中原を殴ったな!!」
北川さんが毒島先生に飛びかかろうとしたところを、俺が急いで止めた。
「待って待って!もう大丈夫、これで俺たちの勝ちだよ」
「か、勝ち?」
「ほら、あれ」
俺は東野さんの方へ指をさした。東野さんはスマホを上へ上げて、にっこりと笑いながら、人差し指と親指で丸を作った。
「ばっちり撮れたよ、殴ってるとこ!」
「ありがとう東野さん。その映像を校長や教育委員会に見せれば、毒島先生に処分が下る」
「……中原」
「ね、北川さん」
これで勝ったでしょう?と、そう言って俺は彼女に笑いかけた。
……毒島先生は、それから数日後に、1ヶ月の停職処分となった。本当は懲戒免職にしたかったんだけど、そこまでは難しかったようだ。
「でも、やり返せてよかった。スッキリした」
北川さんは部室でおしるこを飲みながら、いつになく嬉しそうにしていた。
俺も東野さんも西田さんも、そんな北川さんを見て安心していた。
みんなでテーブルを囲みながら談話をする。やっといつも通りの日常へ帰ってきた気がする。
「でも、また毒島先生が帰ってきてからが怖いね……。恨み辛みが募ってて、前よりも酷い嫌がらせされたりしたらどうしよう」
西田さんがそう言って弱々しく呟いていたところに、東野さんが「大丈夫!」と明るく声をかけた。
「その時は、他の先生たちに相談すればいいの!一回“体罰をする先生”ってレッテルを貼られたら、もう次は証拠のものがなくても信じて貰えやすくなる!」
「そう、東野さんの言う通りだ。毒島先生がまたいろいろすればするほど、自分の首を絞めることになる」
「そっか……なるほど……」
「それにしても!やっぱりさすが中原くんだね!毒島先生を追い詰めるところ、本当に凄かったよ!プロの探偵が犯人を追い詰めてるみたいだった!!」
「大げさだよ、そんな大したことはしてないって」
俺はテーブルの上に置かれたクッキーを一枚取って、口に放った。
「毒島先生は、いつも子どもを見下してた。だからカウンセリング部のことについても『子どもが子どもの話を聞いてもしょうがない』みたいな発言をしたりする。その子どもを見下してる気持ちを突っついたんだよ」
「突っついた?」
「見下す、という心理の中には、何かしらのコンプレックスが隠れている。例えば、自分が年老いていくことが怖くて、その怖さを和らげるために『年老いている自分は凄い!』という感情を無理やり作ろうとする。年老いていることの利点と言えば、長く生きたことによる知識の蓄積と経験値の多さ……つまり、大人として成長していることだ。この『大人な自分は凄い!』という感情を作るのに一番手っ取り早い方法は、子どもを見下すことだ。まだまだ知識も足りない、経験値も少ない子どもを見下げると、簡単に自分が偉くなったように錯覚する。そういう心理がある」
「なるほど……」
「本当に大人として成長している人は、人を見下さない。古い俳句に『実るほど 頭を垂れる 稲穂かな』というのがある。中身がある人ほど偉ぶらず、中身がない人ほど、不安にかられて無駄に偉ぶるってことだ」
「うんうん、なんかそれ、すごく分かるかも」
東野さんが何度も頷きながらそう呟いた。
「他人を傷つけようとする人は、いつだって胸に不安を抱えている。その不安に振り回されてるってことに気がついたら、人を傷つけなくなるのかも知れないな」
「うーん!!今回の話もすっごい素敵ーーー!!さすが中原くーーん!!」
必要以上に東野さんに褒められて、俺は何だか照れ臭くなった。でも、これはこれで気分がいいのは嘘ではないので、「ありがとう」と彼女へは伝えておいた。
「……………………」
そんな時、ふと北川さんの方へ眼を向けると、彼女はじっとうつむきながら何やら考え込んでいた。
「どうしたの?北川さん」
俺が声をかけると、北川さんは一瞬だけチラリと俺を見た。そして、またすっと視線を下げて、黙ってしまった。
俺と東野さんと西田さんは、どうしたんだろう?と思って互いに顔を見合わせていると、北川さんは「……中原」と言って話しかけてきた。
「なに?北川さん」
「……手、貸して」
「手?」
「うん」
「ど、どっちの手?」
「どっちでもいいから」
「わ、わかった」
俺は北川さんの意図がまるで掴めなかったけど、とりあえず右手をすっと差し出してみた。
「……………………」
彼女はその手を取って、じっと見つめていた。
そして、ぎゅっと眼を閉じて……
ちゅっと、手の甲にキスをした。
「えっ!?」
「わっ!?」
「き、北川さん!?」
俺も東野さんも西田さんも、みんな思わず声を上げてしまった。
北川さんは顔を真っ赤にして、ピューーーと部室からいなくなってしまった。まさしく風が走り去るような、そんな疾走感だった。
「……え?え?え?もしかして……」
東野さんは、こんなに眼って輝くのか?と思わせるほどに、キラキラしていた。
「北川さんって、中原くんのこと好きなのかな!?」
「き、北川さんが俺を!?」
「だってー!!絶対そうじゃないとこんなことしないってー!!」
「そ、そうなのかな……。あの北川さんが……」
そう言いつつも、俺は今日、北川さんから言われた言葉を思い出していた。
『あたしがみんなに謝ったら、中原はあたしのこと、好きになる?』
(あれは……そういう、ことなんだろうか?)
突然の出来事に、頭がパンクしそうだった。
彼女からキスをされた手の甲には、今も熱い感触が残るのだった。
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