14.短くて口に出しやすい言葉




……今日も今日とて、私はカウンセリング部へとやって来る。


まだ一人では相談者の相手はできないけど、最近は中原くんと二人でなら、一緒に聞くことができるようになった。


男の子が相手なのはさすがに怖くてできないので、私が話を聞くのは女の子だけになるのだけど、毎回毎回、話してくれる悩みにすごく共感してしまう。


「勇気を出したいんですけど、なかなか先輩に好きって言えなくて……」


特に恋に関しての悩みは、もう激しく頷きながら「わかる!」と言ってしまいたくなるほど共感できた。


私も中原くんに告白したいと思いながらも、なかなか前に踏み出せない。東野さんとかの目もあるし、何より……中原くんからフラれてしまったらどうしようと、そんなことが頭を過ってしまう。中原くんから嫌われてしまったら、もう私、生きていける気がしないと思う。


だから彼女たちが抱えてる悩み事が、私には本当に他人事なんかじゃなかった。彼女たちの恋が成熟してほしいと思うし、幸せになってほしい。


「お、応援、してますね」


私はそんな彼女たちに、この言葉を投げ掛けていた。初対面で緊張しまくってて、たどたどしくしか言えないけど、せめてこれだけでも伝えたかった。


私なんて大したこと何も言えないけど、少しでも自分が、同じ境遇である彼女たちの力になれるなら……と、そんなことを考えながら、いつも部活に勤しんでいた。




「……ねえみんな。今日はよかったら、山に行かない?」


その日中原くんは、部員である私と北川さん、そして東野さんへそう告げた。


「今日は相談者の予約もないしさ、学校の近くにある山へ行こうかなと思うけど、どう?」


「いいけど、どうして山へ?」


私がそう尋ねると、彼は顎に手を当てて、「うーん、なんていうのかな……」と、自分でも答えに困っている様子だった。


「まあ、気晴らしかな?」


「気晴らし?」


「うん。最近また一段と相談者も増えたからさ、たまには休みたいなと思って」


「なるほどね」


「だからもしよかったら、みんなでちょっと行かない?っていう、そんな軽いノリだよ。もちろんみんながそんな気分じゃなかったら、この部室で過ごそうかと思うけど、どうかな?」


「うん、私は山でもいいよ。ちょっと体力ないから、登る時に休み休みさせてもらえたら大丈夫」


私がそう答えると、北川さんも東野さんも、各々彼の問いかけに答えた。


「あたしも別に、構わない。虫がいるのがイヤだけど」


「いいね!行く行く!みんなで行こう!」


そうして私たち四人は、部室の扉に「今日は休みです」という張り紙を貼った後、みんなで学校を出て、中原くんが目指す山へと向かった。


歩いて15分ほどすると、その目的の山の入り口があった。そこは一応アスファルトで舗装されてる道だったけど、その周りは木々に囲まれていた。


「確かここを登っていった先には、神社があるんだ。せっかくならそこまで行ってみよう」


四人みんな横並びになって、その道を真っ直ぐに登っていく。


夏の気配も今は薄れていって、木々の葉も枯れているものが多くなった。踏みしめるアスファルトにも、その枯れ葉が落ちていて、歩く度にガサガサと音が鳴る。


「俺さ、昔から一人になる時って、こういう場所を選ぶんだよ」


中原くんが空を見上げながら、そう話し始めた。


「山とか海とか、とにかく自然のあるところ。そういう場所で、一人になるのが好きなんだ」


「一人になって、何をするの?」


東野さんが尋ねると、中原くんは「考え事だよ」と答えた。


「広い場所に一人でいると、いろいろと考えがまとまるんだ。狭い部屋にこもっていても、視野の狭い焦った答えしか出てこないからね」


「へー!一人でいて、寂しくないの?」


「うん、むしろ周りに人がいると集中できないから、一人がいいかな」


「そうなんだー!私、一人になるの無理かも。いつも誰かと一緒にいたいかな」


「じゃあ東野さんは、あんまり一人ではいないんだ?」


「うん、私はちょっと一人にはならないな~。楽しくないし、寂しいし。他のみんなはどう?西田さんとか、一人でいたい派?みんなでいたい派?」


「わ、私?私は……」


東野さんから話を振られて、私はしばらく答えに迷ってた。なんとかたどたどしくも答えられたのは、質問されてから1分ほど経った頃だった。


「えっと、私も一人でいるのが気楽ではあるけど……寂しくもある、かな」


「じゃあ、みんなと一緒にいる方がいい?」


「うーんと……だ、大丈夫な人なら」


「大丈夫な人?」


「苦手なタイプの人がいたら、もう無理かも。苦手な人と一緒にいるくらいなら、一人がいい」


「なるほどね!ちなみに西田さんの苦手なタイプってどんな人?」


「……何て言うか、えっと……押しの強い人は、苦手かな」


「あー、確かに西田さん、セールスとかそういうの断るの苦手そう」


「うん……断れないタイプかも」


「ねえ、北川さんはどう?一人でも平気?」


「別にどうでもいい。そんなこと、気にしたこともない」


「そうなの?」


「そもそもあたしは、人間が嫌いだから」


この答えには、さすがの東野さんも苦笑していた。




……ゆっくりと景色を眺めながら、私たちは奥へと進んだ。


だんだんと木々が鬱蒼とし始め、日の光はその葉に遮られた。細い木漏れ日が、地面に光の筋を残していた。


「……ねえ、中原くん。ちょっと訊いてもいい?」


東野さんが、なんだか真面目な口調で彼に話しかけた。


「どうしたの?改まって」


「中原くんはさ、将来の夢とかあったりする?」


「夢?」


「うん」


「……そうだなあ。うーん、将来のっていうか……心構え的な目標はあるかな。最近できたばっかりなんだけど」


「目標?」


「自分と、自分が大事にしたい人たちが幸せであるために、頑張りたいなって」


「え!なにそれ、すごく素敵な感じ。てっきりこう、カウンセラーになりたいとか、精神科医になりたいとか、そういう系が来るかと思ってたら」


「◯◯の職業に就きたいっていうのは、あくまで手段だからね。自分のやりたいことを満たすからその職業に就くんであって、それが目的じゃない。東野さんだってそうだろう?他人を笑顔にしたいという目的があるから、アイドルという手段を以前は選んでた」


「うん、確かに」


「自分の目的が何かを鮮明にしておけば、自分の仕事の幅が増える。何の職に就くかに囚われると、自分の本当にやりたいことが見えなくなるからね」


「うーん!やっぱり中原くんはすごいね!話すことがいつも深い!」


「そ、そう?」


「うん!すごい偉い先生みたい!」


「む、むーん、そう仰々しく言われると、なんか恥ずかしいな……。嬉しいのは嬉しいけど」


「どうしてそんな、中原くんっていつも凄いことが言えるの?」


「ええ?うーん……なんでって……」


中原くんは歩きながら、しばらく腕組をしていた。


「……まあ、心がけてることは一応あるかな。なるべく綺麗事は言わないようにしてる」


「綺麗事を言わない?」


「これはたぶん、俺がひねくれてるだけなんだろうけど、綺麗事がとにかく嫌いなんだよ。見せかけだけ美しくて、心のこもってない言葉に、すごく嫌悪感を覚える」


「心がこもってるかどうかって、どうやって見分けるの?」


「その人の行動を見れば自ずと分かると思うよ。『いじめは止めよう!』とか言いながら、実際にいじめの相談をすると知らんぷりする先生とか、そういうイメージ」


「なるほど」


「ガワだけ美しい綺麗事なら、誰だって言える。だからそれは、俺は絶対に言わないようにしてる。悩んでいる人を前にして、そんな適当な言葉で煙に巻くのは、あまりに失礼だからね」


中原くんは眉間にしわを寄せて、険しい顔で淡々と自分の気持ちを話していた。いつも温厚で冷静沈着な中原くんが、いつになくピリピリしている。こんな彼を観るのは、意外と初めてかも知れない。


そのことを彼は自分でも分かったらしく、空をふと見上げた後に、組んでいた腕をほどいて「ごめんみんな」と言った。


「こんなに天気のいい日に、つまらない話をしちゃったね」


「ううん!そんなことないよ!中原くんの話は全部面白い!」


「いやいや、そんなことないよ」


東野さんの言葉を、中原くんは苦笑しつつ受け止めていた。




……そんな風に、みんなで雑談をしながら歩いていたら、登る前に中原くんが話していた神社がだんだんと見えてきた。


小ぢんまりとした神社で、そんなに敷地は広くない。鳥居の色も、長い年月の雨風に晒されて赤黒くなっていた。


「どうする?入ってみる?」


中原くんの提案によって、私たち四人は、並んで境内へと入った。



……さあああああ…………



風に揺られて、木々のざわめく音が心地よく聞こえる。


神社って不思議なところで、鳥居を一歩くぐっただけなのに、妙に爽やかな気持ちになる。それは私が日本人だからだろうか?神社っていう場所が神聖なところだからという、そんな気持ちがあるからだろうか?


「あ、自販機」


北川さんはそう言って、境内の中にある自動販売機にスタスタと歩いていった。


そして、スカートのポケットから小銭を出して、それを使ってジュースを買っていた。


「いいな、俺も何か買おう」


「あ!私も~!」


北川さんに続いて、中原くんや東野さんも、その自動販売機へ向かっていった。なんだか仲間はずれになるのも寂しかったので、私も結局、その自販機でジュースを買った。


私はオレンジジュースで、中原くんがお茶、東野さんがサイダーで、北川さんはなんと飲むおしるこを買っていた。


「おしるこ好きなの?北川さん」


私がそう尋ねると、北川さんはこくんと頷いた。


「おしるこは、甘い」


「う、うん。確かにね」


「少しいる?」


「ううん、私は大丈夫」


北川さんは缶を両手で大事そうに抱えながら、少しだけ頬を緩ませて、おしるこを飲んでいた。


カウンセリング部として一緒に接する機会が多くなってから、私は北川さんのことがそこまで怖くなくなっていた。


いつもムスッとしてて、なんだかおっかない印象のある人だけど、単に自分の気持ちを言葉にするのが下手なだけで、本当はとても純粋な人なんじゃないかなと思う。


「……ん?」


ぼんやりと私が北川さんを見つめていたもんだから、彼女もそれに気がついたらしく、自分が持っているおしるこの方へちらりと目をやってから、「西田、やっぱりおしるこほしい?」と聞いてきた。


「え?いやいや大丈夫。本当に気にしないで」


「でも、あたしのことずっと見てた。おしるこ、遠慮しなくていい。中原と西田だったら、あげてもいい」


「ん?なにが?どうかしたの?」


その時、中原くんが私たちの会話に参加してきた。自分の名前を聞いたから、なんの話か気になったのだろう。


「中原、おしるこいる?」


「え?いや、俺はいいよ。大丈夫」


「なんでみんな、おしるこいらないの?」


「うーんと……別に俺、おしるこが嫌いなんじゃないよ?ただ、喉を潤すにはちょっと違うかなって」


「むー……」


唇を尖らせてうつむく北川さんは、なんだか拗ねた子どもみたいだった。


「じゃあ北川さん!私に一口ちょうだい!」


そんな時に明るくフォローに入るのが、東野さんだった。


彼女のいいところって、こういう場面ですかさず入れたり、みんなで雑談する時も、みんなに話を振ったりとかする、そんな優しさがあるところだと思う。


「やだ、東野にはあげない」


でもなぜか北川さんは、東野さんには冷たい。東野さんから声をかけられると、心なしかいつも以上に険しい顔になる気がする。


「えー!?なんで私はダメなのー!?」


「うるさい、近寄るな」


「まあまあ北川さん、そう言わないであげて」


嘆く東野さんに、ツンと冷たい北川さん。そしてそんな彼女をなだめる中原くんという構図が、カウンセリング部内ではよく展開される。


私からしたら、この三人はすごく羨ましい人たちだった。


中原くんは言うまでもないように、同い年とは思えない考え方をしてるし、すごく落ち着いてて、すごく優しい。


北川さんは北川さんで、確かに物言いはキツイところがあるけど、自分に正直で、言いたいことをすぐに言える。私も北川さんくらいスパッと話せたらいいのになと、いつも思わされる。


東野さんは、とにかく可愛くて明るい。顔立ちはもちろんそうだし、何より意外と人によく気を遣ってる。




『そんなことあり得ない。だって中原くんだから』




中原くんのことになると、ちょっと怖いところがあるけど、それ以外は本当に明るい人。


(……私は、なんだかちっぽけだなあ)


自分の良いところなんて、全然ない。陰キャだし特技もないし、顔もブサイクだし……。


自分のことがとことん嫌になるのを、止めることができない。これも毎回恒例のこと。


お腹の中に重い石を抱えるような気持ちで、私は静かに息を吐いた。





……しばらくその神社でのんびりしてから、お礼の参拝を済ませて、それからまた山を下った。


少しずつ風に肌寒さが出てきて、日もどんどん沈んでいる。


「ふー、今日はいい気晴らしになったね」


中原くんは、とても満足そうにそう呟いていた。


学校の正門へと戻ってきた私たちは、長く歩いたために、うっすらと全身に汗をかいていた。


「じゃあ、一旦部室に戻ろうか。荷物もあるし」


そうしてみんなでぞろぞろと並んで廊下を歩いていたら、「すみません」と声をかけられた。


それは、一人の女の子だった。手に小さな紙袋を持っていて、なんだかもじもじしている。


(あ……この子、あの時の子だ)


私はその女の子に見覚えがあった。今から一週間ほど前に、カウンセリング部に恋愛相談をしに来た子だった。



『勇気を出したいんですけど、なかなか先輩に好きって言えなくて……』



(確か、先輩に片想いをしてるって言ってたっけ……。その後どうなったのかな?)


胸の中でそんなことを思いつつ、私は彼女のことをまじまじと見つめていた。


「どうかしましたか?」


中原くんが彼女へ尋ねると、「あ、あの……すみません、実はこれを渡したくて……」と言って、紙袋の中に入っているものを取り出した。


それは透明な小包に入った、手作りらしきクッキーだった。


「え?これ……もらってもいいんですか?」


中原くんが困惑気味に訊くと、彼女は首を縦に振った。そして、中原くんと私を交互に見ながら、頬を赤く染めつつこう言った。


「実は……先日、相談してもらった件なんですけど、その……昨日から、先輩と付き合うことになりました」


「え!?ほ、本当ですか!?」


私がそう告げると、彼女は照れ臭そうにはにかみながら、「はい」と答えた。


そして、彼女は私の方へ近寄ってきて、紙袋を手渡してきた。


「本当に、ありがとうございました」


「え……?」


「相談を聞いてもらえたお礼に、このクッキーを持ってきました」


「そ、そんな……あなたが勇気を出したからで、私は何も……」


「そんなことありません。カウンセリング部のお二人に悩みを聞いてもらえたから、先輩に勇気を出して告白できたんです。特にあの時……あなたから応援してますって、そう言ってもらえてたのが嬉しくて……」


「……!」




『お、応援、してますね』




「先輩に告白する時も、あなたから言われた言葉を何回も思い出しながら、告白に挑んだんです」


「で、でも私……それ以外は何も……。中原くんの方が、たくさんいっぱいアドバイスとか、いろいろしてて……」


そう言って狼狽えてた私に、中原くんが「西田さん」と言って声をかけてきた。


彼は目尻を下げて、すごく優しい眼差しで、私のことを見つめていた。


「……………………」


そんな彼の顔を見ていると、私もなんだか気持ちが落ち着いてきて、彼女からのクッキーを受け取った。


「……わ、私の言葉で勇気が出たなら、よかったです。これからその先輩さんと、幸せになってくださいね」


緊張しつつも、なんとか私がそう言うと、彼女は本当に嬉しそうな顔で微笑んだ。


そして、何度もこちらに頭を下げながら、彼女は去っていった。


「よかったね、西田さん」


「中原くん……」


「君の想いが、彼女に届いたんだね」


「……………………」


中原くんの声はとても穏やかで、優しさに満ちていた。


「すごいね西田さん!本当に喜んでたよあの子!」


「西田、そのクッキーは大事に食べよう」


東野さんや北川さんも、そう言って私に笑いかけてくれた。


「……………………」


私はなんだか、泣きたくなるほど胸が熱くなっていた。


ああ、よかった。本当によかった。


あの子の願いが、恋が叶って、本当によかった。


まるで自分のことのように嬉しい。


たとたどしくて、全然上手く話せなくても、私の応援が彼女の糧になったんだ。


「……………………」


私はぎゅっと、彼女から貰った紙袋を胸に抱いた。


それは、物理的には全然熱くもなんともないはずなのに、なんだかとても、ぽかぽかとあたたかいような気がしていた。













短くて口に出しやすい言葉でも、心のこもった言葉はある。


そんな言葉は、いつまでも心の中に輝き続ける。


──マザー・テレサより










  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る