第26話 最終的に君のことを『好き』って言えたら

【第1回 大神士狼はオレの嫁♪ 天下一武道会!】が無事に終わり、現地解散して2時間後の駅前にて。


 時刻はもうすぐ午後5時を回ろうとしていた。


 俺の『恋人』兼『人権』を手に入れたマイ☆エンジェルが、悔しそうに唇を尖らせているメバチ先輩に向かって、口をひらいた。




「ウオズミ先輩。約束、覚えてますよね?」

「もちろん……」




 どこか気まずそうに視線を逸らすメバチ先輩。


 そんな先輩を『逃がさない!』と言わんばかりに、爆乳わん娘はメバチ先輩の視線の先を先回りして、まっすぐ彼女の目を見据えた。


 うぅっ!? と、言葉が詰まるメバチ先輩。




「約束した通り、コレでウオズミ先輩の『すべて』はボクのモノです」

「法治国家である日本にあるまじき台詞だね……」

「せ、先輩が最初に吹っ掛けてきたんじゃないですかぁっ!?」




 何とか話を逸らそうと必死なメバチ先輩。


 もちろん、今さらそんな小細工が通用するような相手じゃない。


 爆乳わんは、場の空気を仕切り直すように「こほんっ!」と小さく空咳をしつつ、




「では、ボクのモノになった先輩に命令です」

「分かった、行くよ……。オオカミくんとの遊園地デート……」

「そんな命令は絶対にしません!」

「スゲェ。流石はメバチ先輩だ。この状況で己の欲望を口に出来るだなんて、将来はどんな偉人になるって言うんだ?」

「ただ図々しいだけじゃないの?」




 マイ☆エンジェルとメバチ先輩のやり取りを遠巻きに眺めながら、素に戻った芽衣と事の顛末てんまつを見守る俺。


 よこたんは、視線を合わせようとしないメバチ先輩を真っ直ぐ見据え、




「ボクが先輩に下す命令は、ただ1つ。ウオズミ先輩――来週の日曜日、ボク達の模擬結婚式に参加してください」

「……えっ?」




 頑なに目を合わせようとしなかったメバチ先輩の顔が、跳ね上がる。


 先輩は驚いたような表情で、爆乳わん娘の顔をマジマジと見つめ、




「そんなんで、いいの……?」

「はい。……何か不満でも?」

「ふ、不満というか……てっきり『もう大神士狼に近づくな!』って言われるのかと思って……」




 ゴニョゴニョと喋る先輩に、爆乳わん娘は何故か勝ち誇った笑みを浮かべて、その愛らしい唇を動かした。




「別にししょーに手を出したかったら、出してもいいですよ? ボクから奪える自信があるなら、ですけどね?」

「むっ……」




 そう言って、マイ☆エンジェルらしくない挑発的な笑みを浮かべる。


 メバチ先輩は、そんな爆乳わんを前に、本気で悔しそうに唇を噛んでいた。


 あぁ~、卒業式での意趣返しかな?


 意外とウチの爆乳わん娘は、根に持つ性格だったらしい。


 俺もこれからは、マイ☆エンジェルを怒らせないように気を付けようっと!




「相変わらず、あの2人、仲悪いなぁ」

「同族嫌悪ってヤツでしょ? まっ、何はともあれ、無事に洋子が勝って、一安心ね。まぁ、そうなるように誘導したのは、アタシだけどね」




 さも悪びれる様子もなく、忖度そんたくがあった事を暴露する会長閣下。


 いやまぁ、コイツが無償で司会進行を務めるワケがないので、そういう裏はあるだろうなとは思ってはいたけどさ?


 妹ダイスキ過ぎだろ、コイツ?


 シスコンか?




「ところでさ、芽衣? 俺、ずっとに落ちない事があるんだけど?」

「あによ? 難しい顔を浮かべて? らしくない」




 ナチュラルに失礼なことを口にする、シスコンお姉ちゃん。


 俺は無言で視線をバチバチッ! させている爆乳わん娘とメバチ先輩を見守りながら、心の中のモヤモヤを吐き出すように、芽衣にたずねていた。




「俺さ、いつアイツよこたんにキスされたの? 全然記憶に無いんだけど?」

「あぁ~、その件かぁ」




 芽衣は『どうすっかなぁ~?』と言わんばかりに、後頭部を指先でポリポリかきながら、少しだけ逡巡しゅんじゅんするような様子を見せた。


 そのままメバチ先輩と睨み合っている自分の妹に視線を向け、




「そうねぇ~。あの子の名誉のためにも、詳しくは言えないけど……。士狼って、1回眠っちゃうと、なかなか起きないわよね?」




 と、意味不明な事を口にし始めた。




「そうか? 自分じゃよく分からないんだけど?」

「そうよ。そんなんじゃ、寝ている間にイタズラされちゃうわよ?」

「エッチなイタズラなら喜んで」

「この男は……」




 ハァ……と、これみよがしに肩をすくめて見せる女神さま。


 その視線は、どこかあきれた色が混ざっていて……おいおい?

 

 どうしよう?


 惚れられたかもしれない。




「ほんと姉妹で悪い男に引っかかっちゃったなぁ……。自分の男運の無さが怖いわ」




 芽衣が神に懺悔ざんげするように、そんな事を呟いた。


 むむむむ?


 こんな最高にイケてる男の子と知り合いになれて、何が不満なのだろうか?




「分かった……。来週の日曜、顔だけは出す……。でも、それだけ。応援なんか、絶対にしない……」

「ありがとうございます。ししょーと2人で、先輩が来るのを楽しみに待ってますね?」

「……ふんっ」




 俺が「はて?」と首を傾げている間に、向こうも決着が着いたのか、ゴキゲン斜めなメバチ先輩が、大股で俺の方へと近づいて来るのが見えた。


 その表情は実に険しく……おっとぉ?




「ゴメンね、オオカミくん……。負けちゃった……」

「まぁ勝負は水物ですからね。こういう日もありますよ」

「慰めてくれるの……?」




 やっぱり優しいね? と、慈愛じあいに満ちた笑みを浮かべるメバチ先輩。


 その背後でマイ☆エンジェルが『余計な事は言うな!』と、静かに俺の事を睨んでいた。ひぇっ!?




「しょうがないから、今は諦める……。でも、必ず迎えに来るから……。またね、オオカミくん……?」




 一方的に言いたい事だけ口にするや否や、メバチ先輩はスタスタと人混みの中へと消えて行った。


『また』という事は、今日みたいな日がまだあるのだろうか?


 流石にもう、ソレは勘弁して欲しい……。




「鼻の下が伸びてる。ししょーのエッチ」

「言いがかりだ……」




 俺がナニをしたって言うんだ?


 頬をぷくぅっ! と膨らませて、いちゃもんをけてくるマイ☆エンジェル。


 う~ん?


 膨れていても、可愛いなコイツ?


 抱きしめてやろうか?




「流石の体力オバケの士狼も、お疲れのようね?」

「体力以前に、精神力をガンガン削られたからな。プライベートどころか、黒歴史まで包み隠さず暴露されたし……。もうお嫁に行けない!」

「ソレを言うなら『お婿むこさん』なのでは?」

「大丈夫っ! ししょーはボクが貰ってあげるから、心配しないで!」




 そう言って、むふ~っ! と自信満々に胸を逸らすマイ☆エンジェル。


 ヤダ、男らしいっ!


 ウチのマイハニー、たった1日で随分と男らしくなってしまったわ!


 俺が女の子なら今頃、下半身が大雨・洪水警報である。


 男の子で良かった!




「それはそうと、よこたん。優勝おめでとう。今日は本当に、お疲れさんでした」

「うんっ! 頑張ったよ!」




 ぶいっ! と、人差し指と中指を突き立て、笑顔でVサインを浮かべる爆乳わん娘。


 その笑顔があまりに魅力的だったのか、周りを歩いていた野郎共が見惚れて、銅像に激突したり、噴水に頭からダイブしたりと、ちょっとしたプチ・カタストロフィーが起きていた。


 まったく、我が恋人ながら、なんて魔性な女なんだ。




「さて、厄介ごとも片付いた事だし、帰りましょうか? 一応『優勝おめでとう!』って事で、焼肉でも食べに行く? もちろん食べ放題のだけど」


「お肉!? 行く行くっ! もう芽衣ちゃん大好きアダダダダダダダダッ!?」

「むぅぅ~っ!? だから、彼女の目の前で他の女の子を褒めるのは、どうかと思うのです。ボクはっ!」




 むぎゅぅぅ~っ! と、俺の脇腹を強めにつねるマイ☆エンジェル。


 ご、ごめんなさい。


 テンションが上がって、つい……。


 プチ痴話喧嘩へと発展しつつある俺達を横目に、芽衣は「はいはい。アタシも大好きよ」と雑に返事をしながら、スタスタと商店街の方へと歩いて行く。


 夕日で肌が焼けたのか、耳まで真っ赤にした芽衣の後ろ姿を眺めながら、慌てて会長閣下の後を追いかけようとして、




「あっ、そうだ。なぁ、よこたん? 俺達、いつキスしたの? 全然記憶が無いんだけど?」

「な、ないしょっ!」




 芽衣と同じく顔を真っ赤にしたマイ☆エンジェルが、俺から逃げるように女神さまの後を追いかけて行った。


 まるで子犬のように芽衣の背中を追いかける爆乳わん娘の姿を見ながら、俺は「う~む?」と、また1人小首を傾げた。




「何してるの、士狼? 置いて行っちゃうわよ~?」

「ししょ~? はやく、はやくぅ~っ!」




 架空のシッポをパタパタさせながら、俺の方へと振り返る古羊姉妹。


 俺は焼肉で頭が一杯になっている姉妹に苦笑を浮かべながら、2人のあとを駆け足で追いかけた。

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