第19話 それは俺が背負いし、罪の王冠

「ねぇ、ししょー? ネヅさんとは一体、どういう関係なの? もしかして2人は、その……お、幼馴染み……なのかな? だとしたら、もしかして、ネヅさんが前に言っていた『結婚の約束をした年下の男の子』って、ししょーの事なの? ししょーはボクという彼女が居ながら、他の女性と結婚する気なの? ボクを『愛してる』と言ってくれた、あの言葉は嘘だったの? ねぇ、答えて、ししょー? と言っていも、ししょーは嘘吐うそつきだから、正直には答えてくれないんだろうなぁ。ししょーの嘘吐き嘘吐き噓吐き噓吐き噓吐き噓吐き噓吐き嘘吐き噓吐き噓吐き噓吐き噓吐き噓吐き噓吐き噓吐き噓吐き噓吐き噓吐き噓吐き嘘吐き」


「ねぇ、士狼? 根津さんと親しいみたいだけど、どういう関係なの? 幼馴染みにしては、根津さんがアンタに向ける瞳が、妙に熱っぽいようだけど? というかアンタ、昔アタシに『女の幼馴染なんか居ない!』とか、胸を張って言ってなかったっけ? アレは嘘だったの? 何でそんな嘘を吐いたの? 認めないから。洋子以外とだなんて、絶対に認めないから! アタシがどんな思いでアンタを……ッ!? あっ、ダメ。なんかムカついてきた。コレはもう有罪だわ。ギルティだわ。【乙女心をもてあそんだざい】……それがアンタが背負せおいし『罪の王冠』よ。この下のクチ淫乱野郎!」


「懐かしいなぁ、この感覚♪」




 俺は『MORIMIブライダルサロン』のオーナー兼、かつての盟友めいゆう『軍曹』こと根津三美さんの後を追いかけながら、古羊姉妹の愛らしい唇から発せられる、罵倒のバイノーラル音声を楽しんでいた。


 う~んっ!


 相変わらず2人とも、俺を5人はぶっ殺せそうな殺気を放っているなぁ。


 こりゃ、言い訳が大変そうだ!


 殺意の波動に目覚めた姉妹を、初孫を愛でる老夫婦のような面持ちで眺めていると、




「あ、あの……教官?」

「うん? どうした軍曹?」

「いえ、ちょっとした質問なんですが……そのぅ」




 前を歩いていた軍曹が、俺達の方へチラチラ振り返りながら、何か言いたそうな表情を浮かべていた。


 その顔は、小学生時代、俺の後を着いて回っていた頃とまったく同じで、ちょっと懐かしかった。




「きょ、教官は芽衣ちゃんと洋子ちゃんと、ど、どういう『ご関係』なのでしょうか?」

「飼い主です」

「彼女です」

「やっぱり、教官の彼女だったんで――飼い主? えっ、飼い主!?」




 俺が答えるよりも速く、かなり食い気味に軍曹の質問に答える双子姫。


 よこたんは、まぁその通りだからいいとして……芽衣ちゃんや?


 なんだい、その答えは?


 いやまぁ、その通りなんだけどさ?


 ソレ、はたから聞いたらヤベェ奴だよ?


 その証拠に、軍曹は『どういう事!?』とばかりに目を見開いていた。




「か、『飼い主』って事はつまり、そういう事なの!? 芽衣ちゃんと教官は『女王様』と『ブタ野郎』の関係なんだね!? こ、恋人を超越して、主従の関係を結んでいるんだね!? さ、最近の若者は進んでいるなぁ!?」


「その通りです」

「うん、全然違うね?」




 暴走し始める軍曹に、速攻でストップをかけた。


 おい、芽衣!?


 ナニ適当な相槌あいづちしてんだ!?


 人の交友関係をメチャクチャにするんじゃない!


 ソレもう軽いテロリズムだぞ!?




「と、ところで教官? そのぅ……私とした約束、覚えてますか?」

「約束?」

「その、大きくなったら結婚――な、何でもないです! アハハ……はぁ」




 軍曹は無理やり顔に笑みを張り付けたかと思うと、ぎこちない笑い声を上げながら、しょんぼりと肩を落とした。


 瞬間、何故か古羊姉妹に『このデリカシーナシ男が!』と言わんばかりに、お尻をギュゥゥゥ~~~っ!? とつねられる。


 俺が何をしたって言うんだ……?




「あっ! つ、着きましたよ教官! ここが教官達に模擬結婚式をして貰うチャペルになります!」




 そう言って、どこか無理に笑顔を作った軍曹が、うるしりで出来た扉を開けた。


 その瞬間、俺の目の前に遮るモノが何もない青空が広がった。




「す、すげぇっ! 超絶絶景だぁっ!?」

「へへっ、喜んで貰えて良かったです!」




 軍曹が嬉しそうに鼻の下を擦る。


 扉を潜り抜け、両脇をヒノキで出来た椅子が固めたチャペルの正面は、遮るモノが何もない、どこまでも続く青空。


 窓から降り注ぐ陽光が、俺達を温かく照らしてくれる。


 なんというか、贅沢な時間だった。




「何度来ても、ここは凄いですね?」

「うんっ! 透明感があるのに、どことなく温かい雰囲気もあって、不思議な感じ」

「そりゃもう、こだわって作りましたから!」




 どやぁっ! と、自慢げに鼻を鳴らす軍曹。


 確かに、こりゃスゲェや!


 今にもお空に手が届きそうだ!


 そうか、俺はこんな素敵な所でマイ☆エンジェルと結婚(仮)をするのか。


 みんなが見ている前で永遠の愛を誓い合い、そのあとは爆乳わん娘の唇に、こう吸いつくようにムチュ~♪ と……うん?


 吸いつくように、ムチュ~? 




「――ハッ!?」

「どうしたの、ししょー? そんな焦った顔をして?」

「どうせロクでもない事でも思いついたんでしょう」




 俺は小首を傾げるマイ☆エンジェルを無視して、その薄っぺらい胸をこれでもかとらせる軍曹に、慌てて声をかけた。




「軍曹っ! 大変だ、軍曹!」

「どうしたんですか、教官?」


「みんなの前でキスをする際は、俺、舌を入れるべきなの!? それとも『お子様キッス』をするべきなの? どっちなの!?」


「ふわぁっ!?」

「目が血走ってますよ、士狼?」




 シュボッ!? と顔を真っ赤にした爆乳わん娘が、物凄い勢いで詰め寄ってきた。




「な、何を聞いてるのさ!? ししょーのえっち!」

「でも大事な事だぜ!? 果たして思い出に残る『大人のベロンチョ』をするべきなのか、それともお上品な『お子様キッス』をするべきなのか……芽衣はどっちだと思う?」

「どっちでもいいわよ、別に」




 心底興味ないと言った様子で、投げやりにそうこたえる我らが会長閣下。


 おい、ふざけんな!?


 真面目に考えろ!


 こちとら人生かかってんだぞ!?




「ちなみに、よこたん? おススメは?」

「知らないよ!? ……『お子様キッス』の途中で『大人のベロンチョ』に切り替えればいいんじゃないかな?」

「な、なるほど……なんて革新的なご意見だ!?」




 俺の彼女は天才かもしれない。




「あのぉ~、教官? 盛り上がっている所、申し訳ないんですが……」

「どうした軍曹? モジモジして? トイレか?」

「デリカシーの無さだよ……」

「相変わらずノーデリカシーの名を欲しいままにしているわね」




 何故かあきれた表情を浮かべる古羊姉妹。


 そんな古羊姉妹を気にすることなく、軍曹は至極言いづらそうに、




「一応ローカルですが、撮ったPVは編集して、小さい子供も観るテレビのCMでも流す予定なので、誓いのキスはフリだけでお願いします」

「そっかぁ、残念。……うん? CM?」

「えっ!? このPV、テレビに流れるんですか!?」




 聞いてませんよ!? と言わんばかりに、爆乳わん娘が目を見開いた。


 あの、ソレ俺も初耳なんですが……?


 なになに?


 俺達、テレビデビューしちゃうの?


 困惑する俺達を尻目に、軍曹は「あれ?」と小首を傾げ、




「聞いてなかった? 芽衣ちゃんには伝えたハズなんだけど……?」




 瞬間、芽衣が『ヤッベ!?』と言った表情を浮かべた。


 はっは~ん?


 さてはコイツ、忘れていたな?




「……芽衣?」

「メイちゃん……?」

「ところで根津さん? PVには披露宴のシーンも流すんですか?」

「一応そのつもり。隣のホールに移動して、簡単な披露宴モドキをしようかなって考えてる」

「へぇ~っ! じゃあ、隣のホールも見てみたいです!」

「いいよ。付いておいで?」




 わーいっ! と、ワザとらしく俺達の視線を無視して、隣のホールへ移動する芽衣と軍曹。


 逃げたな、あのあま


 まぁ、別にいいけどさ。


 ……帰ったら問いただすし。




「ほらっ! 2人とも、何してるの? 置いて行っちゃうわよ!?」




 はよ来い! と、手をブンブン振り回す、我らが会長閣下殿。


 そんな荒ぶる女神さまを前に、俺達は顔を見合わせ、小さく苦笑した。




「まぁ、芽衣に振り回されるのは今に始まった事じゃないし、別にいいか」

「そうだね。むしろ、それでこそメイちゃんだよね?」

「早くしなさい、2人とも!」


「「はぁ~い」」




 ハリーアップ! と叫ぶ義姉ねぇさん。


 おそらく、これから先、俺達は成長し、色んな事が変わっていくだろう。


 でもきっと、俺達の関係は何も変わらないんだろうなぁ。


 そんな確信めいた事を考えながら、俺は爆乳わん娘の手を取って、芽衣のもとまで歩き出した。

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