第18話 この男、実はモテモテである

 古羊家のシスコン☆モンスターが襲来して1日に経った、翌日の土曜日。


 俺は古羊姉妹に連れられて、駅前に建設されたばかりの高層ビルへとやって来ていた。


 目的はもちろん、来週行われる爆乳わんとの模擬結婚式の下見と、依頼人への顔見せだ。




「おぉ~っ! 結構登るんだなぁ」

「まぁね。結婚相談所は1階にあるけど、式場は最上階のフロア丸々1つ使ってるから、かなり広いわよ?」

「うぅ~……!? この高さから見る景色は、何度見ても慣れないよぉ~……」




 ガラス張りで出来たエスカレーターで最上階へ向かっていると、よこたんが顔を真っ青にしながら、芽衣に腕に捕まっていた。


 芽衣の腕の中で柔らかく潰れる、エンジェルおっぱい。


 いいなぁ……。


 場所、代わって欲しいなぁ……。




「チッ。また大きくなったわね、コイツ?」

「??? どうしたの、メイちゃん?」

「なんでもない。ほら、着いたわよ?」




 瞳に殺意の波動を宿しつつ、忌々いまいまに爆乳わん娘のおっぱいを睨んでいた芽衣が、猫を被り直す。


 それと同時にエスカレーターの扉が開くと、『待ってました!』と言わんばかりに、ウチの姉と同い年くらいの20前後のフォーマルスーツを着たお姉さんが、温かく俺達を出迎えてくれた。




「いらっしゃい! 待ってたわよ、芽衣ちゃん、洋子ちゃん!」

「お待たせしてすみません、根津ねづさん」

「お、お久ぶりです、ネヅさん!」

「ヤダもぉ~っ!? 気軽に『三美みみさん』って呼んでって、言ったでしょ~?」




 そう言って、やたらハイテンションでフレンドリーなお姉さんこと『根津さん』が、無意味に芽衣と洋子を抱きしめる。


 根津さんは芽衣と同じくスレンダー体形な女性らしく、珍しく芽衣が穏やかな笑顔で彼女の胸に顔をうずめていた。


 あんな安心しきった笑顔を浮かべる会長閣下を見たのは、生まれて初めてだ。




「んで、ソッチの男の子が新郎役の……え~と? 犬神くん、だっけ?」

「大神です。犬じゃなくて大神士狼です」

「そうそうっ! オオカミ、オオカミ! いやぁ、失敬失敬♪ 男の名前はどうしても覚えられなくて!」




 かたじけねぇ! とばかりに、うははははっ! 笑う、根津さん。


 またキャラの濃い女性が出てきたなぁ。




「……って、あれ?」

「? どうしたの、ししょー?」

「いや……この女性ひと、どっかで会った事あるような……? いや口説き文句とかじゃなくてね?」




 斜め下から爆乳わん娘に質量を孕んだ瞳で睨まれ、慌てて言葉を付け足す。


 ……最近、よこたんが嫉妬してくる頻度ひんどが増えてきたなぁ。


 そんな事を考えながら、俺は心の中でもう1度首を捻った。


 この顔、やっぱり見覚えがあるような?


 どこだったっけなぁ~?




「多分ソレ、気のせいですよ士狼。根津さんはこの若さで自分の『ブライダルサロン』を開くために、この間まで海外に修行を兼ねて出稼ぎに行っていたらしいですからね」


「えっ、オーナー!? オーナーなの、この人!?」


「あっ、説明がまだだったね? 私は本企画の担当兼『MORIMIブライダルサロン』のオーナー、根津ねず三美みみっ! よろしくね、少年! ……って、うん? あれ?」




 ガハハハッ! と豪快に笑っていた根津さんが、何かに気づいたように眉根を寄せた。


 そのまま「う~ん?」と記憶の底を漁るように、俺の顔をマジマジと観察し始める。


 惚れられたかもしれない。


 ……って、あれ?


 この根津って女性ヒト、やっぱりどこかで会った事があるような……?




「もしかして……教官? 教官ですか!?」

「その呼び名……もしかして『軍曹』か!?」

「はいっ! お久しぶりです、教官!」

「軍曹っ!」




 瞬間、俺は横に愛しのマイ☆エンジェルが居ることも忘れて、



 ――ガバッ!



 と『元』教え子と熱い抱擁ほうようを交わしていた。




「うぇっ!?」

「ちょっ、士狼っ!?」




 驚き目を見開く古羊姉妹をそっちのけに、俺は軍曹と再会のハグを楽しんだ。




「久しいな軍曹! コッチに帰って来てたのか!」

「はいっ! つい先日、仕事の都合でコッチに帰ってきました!」

「そうか、そうか! あの『泣き虫軍曹』も、今では立派に社会人をしているんだな! 教官として嬉しい限りだ!」

「ありがとうございます、教官!」




 ウッハッハッハッハッ! と2人して再開の喜びに浸っていると、



 ――くいくいっ!



 と、スカジャンのすそを、後ろから引っ張られた。


 振り返ると、そこにはどこか不満気な瞳をしたマイ☆エンジェルが、湿った視線を俺に向けて来ていて……おっとぉ?


 これは『説明しろ!』という事ですね、分かりました!




「し、士狼? もしかして根津さんとは知り合い?」

「お、おぅ。実はそうなんだよ」




 よこたんの変化に、たまらず芽衣が助け船を出してくれる。


 頬がピクピクと痙攣し、珍しく笑顔が崩れかかっている芽衣に、俺は軍曹との関係を簡単に説明した。




「我が家の斜め前に立派な家があるじゃん? 軍曹はそこの家の子なんだよ」

「今は独り立ちして、社宅のアパートを借りてますけどね!」

「へ、へぇ~? そうなんだぁ~」

「そ、それで? 士狼とは一体どういう関係なんですか? けっこう仲が良さそうに見えたんですが?」




 2人揃って、何故か口角がピクピクッ!? と痙攣している古羊姉妹。


 すごいシンクロ率だ!


 流石は姉妹だね♪


 軍曹は芽衣に『仲が良さそう』と言われると、頬に手を当て照れ始めた。




「そ、そんな、教官と仲が良いだなんて……えへっ♪」

「軍曹とは小学校が同じでさ? 言ってしまえば『先輩・後輩』の間柄だな」

「ほ、ほぉ~ん?」

「そ、それにしては妙に仲が良すぎな気がしますけどね?」




 一体ナニを疑っているのか、古羊姉妹は実に疑惑的な視線を俺に向けてくる。


 えっ、何でそんな『女たらしクソ野郎』を見る目で、俺を見るの?


 古羊姉妹の視線の圧に、俺が困惑していると、軍曹は「そんな寂しい事を言わないでくださいよ、教官」と笑みを浮かべた。




「教官は自分の恩人なんですから!」


「「恩人?」」


「そっ、恩人。当時同い年の男子にイジメられて、自分の殻に引きこもっていた私の世界を広げてくれた、大恩人!」


「大げさだなぁ、軍曹は。俺はただ一緒に遊びたかったから、家に引きこもっていた軍曹の部屋の窓ガラスをブチ破って、無理やりお外へ引きずり出しただけだっていうのに。……あれ? 言葉にしてみたら分かったけど、俺、もしかしてヤベェ奴か?」


「今さら気づいたんですか、教官?」




 幼き頃の己の行動にドン引きしていると、軍曹はまるで大切な宝物でも扱うかのように、ニンマリと笑みを深めて、




「気にする事ないですよ、教官! 当時の自分にはアレが必要だったんですから! それに、あの時の教官はその……か、カッコ良かった……ですよ?」

「そ、そう? ならいいや!」




 良かったぁ~っ!


 時を超えて『あの時の窓ガラス代を弁償しろ!』とか言われたら、どうしようかと思ったわ!


 いやぁ、軍曹が優しい女で、本当に助かった!


 と、1人胸を撫でおろしていると、



 ――ゾワッ!?




「ッ!?」

「ま た か。『また』なのか、この男は……?」

「この様子だと、まだまだ他にも居そうだよね。ししょーの被害者」




 そう言って、古羊姉妹は2人仲良く「ハァ……」と溜め息を溢した。


 うぐっ!?


 あ、あきれられてるぅ~っ!?


 呆れられてるよぉ~っ!?




「ま、待ってくれ! 確かに窓ガラスをブチ破ったのは悪かったが、被害者は言い過ぎじゃない!?」

「ソッチの話じゃありませんよ、士狼?」

「うん。コッチの話だから」

「えっ、どっち? どっちの話?」




 お前は何も分かっていない! とでも言いたげな瞳で、俺を一瞥する古羊姉妹。


 えっ? えっ?


 何でマイ☆エンジェルは『これから先、苦労しそうだ』みたいな顔を浮かべてるの?


 シロウ、意味わかんない!




「あぁ~っと? それじゃ、イイ感じで空気がギスッてきた所で、式場に移動しようか! 3人とも、私のあとに着いて来てね!」




 不穏な空気を感じ取ったのか、軍曹が逃げるように俺達を置いて先に行ってしまう。


 俺はつい反射的に軍曹のキレイなヒップラインを心の中でなぞっていると、



 ――ガシッ!



 と両脇を古羊姉妹に捕まれ、固定されてしまった。




「わたし達も行きましょうか、士狼? もちろん――」

「――根津さんと過去に『何があったのか』を話しながら……ね?」

「ふぇぇ~……」




 2人の笑顔の迫力を前に、萌えキャラ化した俺は、連行される宇宙人のようにズルズル引きずられながら、軍曹のあとを追いかけるのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る