第17話 天使の笑顔は万能です!

「一生のお願いだ! 頼むから、ヨーコ姉と別れてくれ!」

「えぇ~? まだこの話、続けるのぉ~?」




 古羊家の食卓で、芽衣の晩御飯に舌鼓を打つこと20分。


 さっきから、弟クンが俺とマイ☆エンジェルを別れさせようと必死になって俺を口説き落とそうとしていた。


 ちなみに今晩の古羊家のメニューは『鮭の炊き込みご飯』と『お味噌汁』『鶏もも肉の照り焼き』に『ひじきの煮物』である。


 我が家では絶対にお目にかかる事が出来ない、ゴキゲンな晩飯である。




「『別れてくれ!』と言われましても……普通に嫌なんだけど?」

「嫌じゃない! 別れるんだ!」




 すげぇな、弟クン?


 事情を知らない転校生並みに、グイグイくるんですけど?




「ちょっと? YOU達の弟クン、すごいグイグイくるんですけど? どうすればいいの、コレ?」

「ご、ごめんね!? ヨー君がごめんね!?」

「ウチのバカ、士狼と同じで走り出したら止まらないのよ」




 申し訳なさそうな顔を浮かべる古羊姉妹。


 どうやら、この偉大なる姉達をもってしても、こうなった弟クンは止められないらしい。


 しょうがない、ここは【トークの魔術師】と呼ばれたこの俺様が、やんわりとせてやりますかな! 




「まぁまぁ? 落ち着けよ、弟クン。そういうのは、ホラ? 本人たち同士の問題というか、弟クンが勝手に決めるモノじゃ――」

「金かっ!? クソっ、この腐れ外道め!? 一体オレにいくら積めと言うんだ!? 1万か!? 10万か!? まさか100万円とか言うんじゃないだろうな、このカス!?」

「おっとぉ? さてはコイツ、人の話を聞かない系だなぁ?」




 いつの間にか腐れ外道にまで身を落としていた俺を、親の仇のように睨んでくる弟クン。


 ヤダ、視線だけではらみそうだわ……。 




「今やっと確信した! やはりヨーコ姉には、おまえのような腐れ外道なんかよりも、オレの方が似合うっ! なんせオレは、幼少期よりヨーコ姉の事を知っている! 何ならヨーコ姉よりヨーコ姉を知っている。ヨーコ姉マスターだ! オレ以上にヨーコ姉の彼氏に相応しい男は他にいない! 言ってしまえば、オレはヨーコ姉の幼馴染だ!」

「ううん、違うよ? ヨーくんは弟だよ?」

「相変わらず、言葉の節々から残念さがにじみ出る弟ね、コイツ?」




 古羊姉妹のあきれた瞳が、弟クンを襲う! 




「さらにオレは若い! 将来性バツグンだ! 将来はもう、ゴリラになるしかないテメェより、確実にヨーコ姉を幸せにする事ができる! 悪い事は言わない、ヨーコ姉の事はオレに任せて、森へ帰るんだ!」

「あの、弟クン? まずは俺の話を聞いて――」

「喧嘩狼。おまえには『メスゴリラ』とか『サイクロプス』のような女の方が、似合うんじゃないか? 身の程をわきまえた方がいいぞ?」

「すげぇ言われようじゃん、俺」




 ドヤ顔で俺のことを全面否定してくる、弟クン。


 というかコイツ、姉のコトを考えるフリをして、自分の事しか考えてねぇよ!?


 本気で姉のことが愛しているなら、ちゃんとアイツの気持ちも考慮こうりょしてやれよ!


 やっべ、何かだんだん腹が立ってきたぞ?




「おい弟、おまえ――」

「大体、なんでヨーコ姉はテメェなんかと付き合っているんだ? ――ハッ!? 分かったぞ! さては、ヨーコ姉の弱味を握って、夜な夜なあの魅力的ドスケベボディを好き勝手して……許せねぇ!? 絶対に許せねぇ!」

「マシンガンのように喋るじゃん、コイツ……」




 言葉のキャッチボールが出来ないんですけど?


 あの? 俺の投げたボールを全力で打ち返すの、やめてくんない? 


 ちゃんとキャッチボールしようぜ?




「洋介、食事中に下品な事を言わない。ご飯がマズくなるでしょ?」

「そうだ、メイ姉!? メイ姉だよ! そもそも喧嘩狼、おまえ、メイ姉の彼氏じゃなかったのか!?」




 何故かピシリッ!? と、古羊姉妹の身体が固まった。


 あっ、ヤバい。


 これはヤバイ。


 多分、話題を変えないと、弟が死ぬ。




「彼氏じゃなかったのなら、何であんなに距離が近かったんだよ!? あんなの、もはや恋人の距離だろ!?」

「待て、弟クン。ソレ以上はいけない」

「うるせぇ! オレに指図すんな! いいから黙ってヨーコ姉と別れろ! 代わりにメイ姉とファ●クしていいから! 大丈夫、オレの見立てだとメイ姉はお前に惚れ――」

「ヨーくん」

「ッ!?」




 ぞわりっ!? と、股間にナイフを押し当てられたような緊張感が、俺を襲った。


 見ると、我がラブリー☆マイエンジェルがニッコリ♪ と満面の笑みを浮かべて、弟クンを見つめていた。


 瞬間、俺は理解した。


 あっ、ヤバい。


 よこたん、マジで怒ってるわ。


 この1年付き合って来て分かったのだが、この古羊姉妹、怒りが臨界点を超えると、笑顔で怒ってくるのだ。


 これがまぁ、怖いこと、怖いこと!


 顔は満面の笑みなのに、瞳は全然笑ってないんだぜ?


 ほんと一体、どんな訓練を積めば『あんな芸当』が出来るんだろう?


 マイ☆エンジェルは食事を中断し席を立つと、弟の前へと移動した。


 そのまま弟の手を握り、無理やり立たせると、有無を言わさず、



 ――スタスタ♪



 と、脱衣所の方へと引っ張って行った。




「あ、あれ? ヨーコ姉、どこ行くの? そんな人気の居ないような所へオレを連れて行って……ハッ!? さてはこの場でオレの卒業式をっ!? だ、ダメだよ、ヨーコ姉!? そういうのは、もっとこう、夜景がキレイなレストランで、ヨーコ姉の瞳に乾杯しながら――」




 ――バタンッ! と、閉まっていくリビングの扉。




 鼻の穴をみっともなく『ぷくぅっ!』と膨らませていた弟クンが消えて、30秒。


 再び2人がリビングへ戻って来ると、そこには涙と鼻水で顔をグシャグシャにした弟クンが、虚空を見上げながら「生まれてきて、ごめんさい……」と神に懺悔ざんげしていた。




「いや何があったの!? 弟クンの身に、何があったの!?」

「お待たせ2人とも。じゃあ食事、再開しよっか?」

「いや再開の前に、弟の身に何があったのか教えてくれ!?」




 何があったら、たった数秒でこんな廃人寸前にまで追い込まれるんだ!?


 芽衣だけ弟クンの身に何が起こったのか知っているのか、見ていて可哀そうな位ガタガタッ!? と身体を震えさせていた。


 コッチもコッチで、もう食事どころの騒ぎじゃない。




「別に、何もしてないよ? ただちょっと、おいたが過ぎたから『メッ!』って叱っただけだよ?」




 さも当たり前のように、そう口にする爆乳わん娘。


 いや、絶対『メッ!』なんて可愛いモンじゃないでしょ?


ッ!』の方でしょ?




「そんな事よりも、はやくご飯を食べちゃおうよ! せっかくメイちゃんが作ってくれたアツアツご飯が冷めちゃうよ?」

「「……はい」」




 満面の笑みのマイ☆エンジェルとは対照的に、古羊家の長女と長男の顔は暗い。


 まるで『お通夜』のようだ。


 俺はガタガタ震える弟クン達を眺めながら、よこたんを本気で怒らせるのだけは絶対に辞めようと、心に誓った。

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