第15話 ささやくように故意を唄う

 メバチ先輩にファーストキスを奪われて、7時間後の放課後の帰り道にて。


 あまりの強烈過ぎる快楽に意識を飛ばして、彼女の目の前でとんでもねぇ醜態を晒した俺、シロウ・オオカミは実に困惑していた。


 何故、メバチ先輩は俺とキスをしたのか?


 何故、よこたんに勝負を挑んだのか?


 もしかして、メバチ先輩は俺のことが、す、す、す……好き……なのだろうか?


 様々な感情と思考が、煮えたぎった油鍋のごとく、浮かんでは消えていく。


 が、いくら考えても『答え』らしい『答え』を得る事は出来なかった。


 しょうがない。


 こうなったら、もう1つの懸念けねん事項に思考を割くことにしよう!


 俺は未来の懸念事項より、今ある問題へと意識を切り替えた。


 そう、我がラブリー☆マイエンジェル古羊洋子、超不機嫌問題である!




「い、いやぁ! 無事に卒業式が終わって良かったなぁ!」

「……そうだね」

「というか、スマンな!? 俺が気ぃ失っていたせいで、片付けをよこたん達に任せちゃって!」

「……別に」

「そ、そういえば! さっきまで芽衣も一緒に居たハズなのに、どこ行ったアイツ? 先に帰ったのか?」

「ししょー、今日はよく喋るね? ウオズミ先輩とキスしたから、機嫌が良いのかな?」

「…………」




 俺がメバチ先輩にされるがままディープキスされたのが、よほど腹にえかねたのか、さっきからこの調子である。


 何とか場の雰囲気を和ませようと、懸命に話題を振るのだが、返ってくるのは辛辣しんらつな態度と刺々しい言葉だけっていうね。


 ……もう、どうすればいいいの、コレ?


 せっかくの楽しい下校デートが、全然楽しくないんだけど?




「ハァ……どうしてこんな事に?」

「あっ、ウオズミ先輩とのキスを思い出してる顔だ」

「お、おおお、思い出してないよ!? ホントだよ!?」

「ふんっ! どうだか」




 いちゃもんをつけながら、分かりやすくヘソを曲げる爆乳わん娘。


 黙ってたら黙ってたで、さっきみたいに『ウオズミ先輩とのキスを思い出してる顔だ』みたいな難癖をつけられるし……ハァ。




「そうだ、ししょー。今日、晩御飯、ウチで食べていかない?」

「えっ、いいの!?」

「うん。芽衣ちゃん曰く、今日は『炊き込みご飯』だってさ。――あっ! ししょーには『炊き込みご飯』より『お赤飯』の方が良かったかな?」

「…………」




 遠回しにネチネチと急所を責めてくる、マイ☆エンジェル。


 意外と嫉妬深い性格をしていたらしい。


 出会って約1年、新しい発見である。やったね♪


 ……誰か助けて?




「……ごめん、ししょー。ちょっと性格悪かったよね、ボク……」

「おっ?」




 1人途方に暮れていると、珍しく本気で気落ちした爆乳わん娘の声が、耳朶じだを叩いた。




「ししょーは悪くないって分かってるのに、どうしても胸の中がモヤモヤしちゃって……。あの光景が何度も頭の中をよぎって、イライラしちゃうんだ。それで、それで……うぅっ!?」




 瞬間、目尻から大粒の涙をポロポロ溢し始めたマイ☆エンジェルが、その場で土下座体勢へと移行した。


 さぁ、みんな?


 想像してごらん?


 歩行者が多く行き交う路上の真ん中で、美少女を土下座させている現役男子高校生の図を。


 ねっ? そこはかとなく犯罪の匂いが立ち込めてきたでしょ?




「誠に申し訳ありませんでしたぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~っ!?」

「あぁっ、お客様!? 土下座はお止めください、お客さまぁぁぁぁっ!?」




 泣き崩れるように額を地面に擦り、俺に向かって土下座してくるマイ☆エンジェル。


 一瞬プレイルームからメス豚が次元を超えてやって来たのかと思ったわ。


 もしくはベテランSM嬢のもとから逃げて来た、野生のメス豚かと思った。


 ……いや、野生のメス豚ってなんだよ?


 自分で言ってて意味わかんねぇ!?


 混乱する俺を他所よそに、よこたんは「ひぐひぐっ!?」鼻を鳴らしながら、ゆっくりと立ち上がった。


 その際、彼女の爆乳が制服を押しのけ、ぷるん♪ と大きく揺れた事を、俺は一生忘れないと思う。




「ごめんね? ごめんねぇ~~っ!? こんなのが彼女で、本当にごめんねぇ~~っ!? お願いだから捨てないでぇぇぇぇ~~~っ!?」

「捨てない、捨てない! 絶対捨てない! どちらかと言えば、俺が捨てられないかヒヤヒヤしてるよ!」




 えぐえぐっ!? と嗚咽おえつを溢すマイ☆エンジェルを、全力で宥める。


 凄いな、この


 元を正せば油断していた俺が悪いのに、何故かマイ☆エンジェルを許す方向に話が進んでいるぞ?


 いやもう、何て言うか……罪悪感で胸がいっぱいです。




「よこたんは全然悪くないから! 悪いのは優柔不断な俺様であって……よしっ! じゃあ、こうしよう!」

「うぐ、ひぐっ……うんっ?」

「明後日の勝負は、俺からメバチ先輩に言って、ナシにして貰おう! んで、申し訳ないけど『先輩とは付き合えません!』って、ハッキリ断る! それで万事解決! そうだ、そうしよう!」

「ぐすん……それはダメ」

「えっ!?」




 ナイス・アイディア俺! と、1人自画自賛しかけた思考が、思わずストップする。


 驚き、爆乳わん娘の方を見ると、涙の膜の内側で、狂暴なまでの瞳がギラギラ輝いていた。




「ど、どうして? 俺がハッキリすれば、この問題は解決するんじゃ……?」

「多分、ししょーが拒絶しても、ウオズミ先輩は諦めない。勝負を受けないと、これから先、今日みたいな事が何度もあると思う」

「そ、そんなの、言ってみないと分からねぇだろ?」

「ううん。分かるよ。あの人は絶対にししょーの事を諦めない」




 どこか信頼にも似た確信をもって、よこたんは断言する。


 きっと俺には分からない『ナニカ』が、2人の間にあるのかもしれない。


 そう思ったら、気軽に楽観的な言葉は言わない方がいいと思った。


 俺が言葉と同時に生唾をゴクリッ! と飲み干すと、さっきまで号泣していた様子が嘘のように、爆乳わん娘がニコパッ♪ と笑みを浮かべた。




「大丈夫だよ、ししょーっ!」

「だ、大丈夫……?」

「うんっ! ボク、絶対にウオズミ先輩には負けないから!」

「……よこたん」

「ウオズミ先輩は、必ずボクがぶっ潰すから!」

「……よこたん?」




 あ、あれ?


 幻聴かな?


 俺の知っているマイ☆エンジェルからは、絶対に出ないような言葉が出てきた気がするぞぉ?


 き、気のせいだよね、よこたん?


 俺の未来の伴侶さまは「ふすーっ!」と鼻息を荒げ、やる気マンマンの瞳で、グっ! と拳を握りしめた。




「『ああいう』手合いは、心を折らなきゃダメだって、メイちゃんも言ってたし、必ずボクが息の根を止めるね!」

「よこたん……?」

「もう2度と、ししょーに近づきたいと思わなくなるように、頑張ってギッタンギッタンにするね!」

「よこたんっ!?」




 あれ!?


 俺の知っている『古羊洋子ちゃん』じゃない!?


 どうしたの!? 


 なんか芽衣みたいになってるよ!?


 大丈夫?


 この調子でいったら、メバチ先輩をぶっ殺しちゃうんじゃないの、この!?


 だんだんとメバチ先輩の方が心配になってきた俺は、それとなく爆乳わん娘にフォローの言葉をぶつけてみた。




「お、落ち着けよ、よこたん? 俺のために怒ってくれるのは嬉しいけどさ? キスの件はある意味『事故』みたいなモノだし、そんな気にすんなよ?」

「むぅ~? じゃあ、ししょーはボクが他の男の子とキスをしてたら、どうする?」

「もちろん――その男を八つ裂きにするけど?」

「でしょっ!?」




 我が意を得たり! とばかりに、したり顔を浮かべるマイ☆エンジェル。


 よこたんが俺以外の男とキス……。


 い、イカンッ!


 考えただけで発狂しそうだ!?




「許さん、許さんぞぉぉぉっ!? キスはおろか、男とデートなんて、もってのほかだ!?」

「ししょーっ!」

「よこたんっ!」




 ひしっ!


 爆乳わんと熱い抱擁ほうようを交わしながら、お互いの絆を再確認する。


 どうでもいいけど、この娘、めっちゃイイ匂いするぅ~♪


 ちょっとでも力を籠めたら壊れてしまいそうな華奢な身体を、宝物でも扱うかの如く抱きしめつつ、俺は大きく頷いた。




「よこたんの気持ちは良く分かった。ならば、思う存分ヤリ合うといい!」

「ありがとう、ししょーっ!」




 爆乳わん娘は、どこまでんだ曇りなきまなこで、




「ボク、彼女の座も、花嫁さんの座も、絶対に渡さないから! 必ず先輩をぶっ潰して、

笑顔で結婚式を迎えようね!」




 う~んっ!


 笑顔は最高に可愛いが、発言はアマゾネスさんだなぁ♪


 本当この1年でたくましく成長したね、よこたん?


 初めて会った小動物チックな頃が懐かしいよ!


 女の子の成長の速さに、1人戦々恐々としている間に、古羊姉妹が借りている例の高級マンションへと到着してしまった。




「ささっ! はやく行こう、ししょーっ! 芽衣ちゃんの『炊き込みご飯』は凄く美味しいんだから!」




 リード代わりに俺の手を引っ張りながら、踊るように歩きだすマイ☆エンジェル。


 どうやら機嫌は直ったらしい。




「女の子の気持ちは、やっぱり良く分からんなぁ……」

「??? 何か言った、ししょー?」

「うん? 芽衣の『炊き込みご飯』、すげぇ楽しみだなぁ! って言ったの♪」

「えへへ♪ ボクも楽しみ!」




 2人して上機嫌のまま、部屋へと続く廊下を歩いて行く。


 さてさて?


 この食いしん坊バンザイが楽しみにしている『炊き込みご飯』は、果たして俺の胃袋を満たしてくれるのだろうか?


 勝負だ、芽衣!


 心の中で会長閣下にデュエルを申し込みながら、俺は古羊家の玄関の扉を開けた。


 瞬間――




「――頼む! ヨーコ姉と別れてくれ!」




 古羊家の玄関で全裸待機していた、古羊家が誇る【最終兵器シスコン】こと古羊こひつじ洋介ようすけ(16歳・童貞)が、盛大に土下座で俺達を出迎えてくれた。

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