第12話 365日……若しくは1年後の君へ……

【古羊クラブ】が俺と爆乳わん娘の破局時期でトトカルチョを始めて、2日目の金曜日。


 雀がチュンチュン♪ 合唱を始める、早朝の森実高校の体育館にて。


 普段は男子生徒たちのローション相撲、もしくは猥談わいだんで盛り上がるハズの体育館は、珍しく厳粛げんしゅくな空気に満ち満ちていた。


 耳を澄ませば、嗚咽おえつこらえるような、すすり泣く声も聞こえてくる。


 目の前に広がるのは、黒を基調とした制服を着込んだ生徒たち。


 ちょっと周りを見渡せば、フォーマルな格好をした保護者の姿もあり、ここが体育館でなければ『お葬式かな?』と勘違いしてしまいそうになる。




「ししょー? キョロキョロしちゃダメだよ? 目立っちゃうから」

「あっ、わりぃ」

「だしだし。今日の主役は3年なんだから、変な事すんなよ、シロパイ?」




 そう言って、俺の両隣に陣取っていたラブリー☆マイエンジェルよこたんと、今日はバーサクしていない大和田ちゃんが、小声で耳打ちしてくる。


 体育館の壇上、そこには昨日、芽衣が達筆な文字で書いた一文が、高々とかかげられていた。




 ――『第65回 卒業証書授与式』と。




 そう、今日は狛井こまい廉太郎れんたろう先輩たちの操業式なのだ。




『校庭の桜の蕾も膨らみ始め、春の兆しを感じる頃となりました。卒業生の皆さん、本日はご卒業おめでとうございます』


「いや、ウチの校庭に桜の木なんかぇじゃん? 何言ってんだ、アイツ芽衣?」

「季語の挨拶だよ、ししょー?」

「シロパイ、静かに!」

「はい……」




 壇上で【卒業生に送る言葉】とやらを読んでいた芽衣に突っ込むと、愛しのプチデビル後輩に怒られた。しゅんっ……。


 ちなみに俺達は、在校生が座る列には居ない。


 生徒会という特権階級のおかげで、体育館の前方の片隅に、仲良くメンバー全員座っていた。


 順番としては、右から『古羊芽衣』『古羊洋子』『大神士狼』『大和田信菜』『司馬しばあおい』『猿野元気』『宇佐美こころ』で座っている。


 おかげでさっきから、司馬ちゃんとパツキン巨乳が卒業式そっちのけで元気を取り合っていた。


 その様子を、反対方向から我らがマッスル☆ティーチャー・ヤマキが頬をぴくぴく痙攣させながら眺めていて……おっとぉ?


 アレはこのあと怒られるな。


 司馬ちゃんはともかく、うさみんが怒られ、このあと半泣きになるのかと思うと、胸のトキメキを抑えきれないぜ!




『――先輩方には部活動や生徒会活動で、大変お世話になりました。先輩方は常にわたし達の前を行き、立ち止まり悩むわたし達の手を引っ張り、導いてくれた事を、今でも鮮明に覚えております』


「すげぇな、アイツ? よくもまぁ、思ってもいない事をペラペラ口に出来るモンだ」




 逆に3年を引っ張っていたのは、お前だろうに?


 俺は芽衣の先輩ブチアゲよいしょエピソード(捏造)を聞きながら、心の中で思わず感嘆の声をあげてしまう。


 ふと視線を2年A組の方へ滑らせると、アマゾンを始めとしたウチの野郎共が後方彼氏づらで芽衣の勇姿を見守っていた。


 全員『やっとお前の輝ける場所を見つけたんだな……。輝いてるぜ、あの時よりもな』と言わんばかりに、瞳に優しさを浮かべて芽衣を見つめていた。


 いや『あの時』って、どの時だよ?




『名残惜しいですが、お別れの時がきました。卒業生の皆様のご健康と益々のご発展を心からお祈りし、送辞とさせていただきます。……在校生代表、古羊芽衣』




 芽衣がゆっくりと、その場で一礼した。


 その瞬間、本日のメインイベントは終わった! と言わんばかりに、万雷ばんらいの拍手が体育館に響き渡った。


 床どころか校舎の方まで揺らしかねない拍手の津波に、大和田ちゃんがおののいたように口を開いた。




「さすが会長……もう誰が主役か分かったモンじゃないし」

「なっ? もう卒業生、立つ瀬がぇよ。どうすんだ、コレ?」




 一向に鳴りやまない拍手に、司会進行のヤマキティーチャーがたまらず『お静かにお願いします』と口にするのだが、それでも拍手の雨は止まらない。


 おそらく、ここが見ていて楽しい卒業式のピークだろう。


 あとは誰がヤルのか知らんが、卒業生からの退屈極まりない答辞を聞いて、おしまい。


 俺たち生徒会役員は、さっさと体育館内に並べられたパイプ椅子を片付け、無事【卒業式】は終了だ。


 ハァ……実にツマラない行事だ。


 早く終わんねぇかなぁ?




 ◇◇




 ――そう思っていた時期が、俺にもありました。




『続きまして、卒業生代表による答辞です。卒業生代表、魚住メバチ。前へ』

「はいっ」




 凛とした声音が体育館内を木霊する。


 メバチ先輩は壇上へ上がると、生徒全員を見渡すように、ゆっくりと視線を巡らせた。


 瞬間。



 ――バチィッ!



 と、俺とメバチ先輩の視線が絡まったような気がした。




「……ふふっ♪」




 一瞬だけ桜の蕾がほころんだように笑うメバチ先輩。


 その触れたら消えてしまいそうな儚い笑みに、俺が見惚れていると、横に座っていた爆乳わんが、ちょっと不機嫌そうに俺の肩に自分の肩をぶつけて来た。




「ししょー。鼻の下、伸びてる。浮気者」

「さ、サーセン……」

「2人とも、静かに?」


「「はい……」」




 芽衣にたしなめられ、マイ☆エンジェルと2人で肩を落とす。


 そんな俺達を見て「何をやってんだが?」と言った瞳を浮かべる、大和田ちゃん。

 

 もちろん、そんな俺達のやり取りなんぞ関係なく、メバチ先輩は中央で一礼すると、答辞を読み始めた。




『本日は私たち卒業生のために、このような心温まる式典をもよおしていただき、誠にありがとうございます。御多忙の中――』




 淡々と、事務的に答辞を読み進めるメバチ先輩。


 そこでようやく、俺はメバチ先輩も学校を卒業する事に気づいた。


 途端に、鼻の奥がツーン! となり、視界がにじみ出す。


 ヤバイ……泣きそうだ。


 感極まる俺に追い打ちをかけるかの如く、メバチ先輩と知り合った半年間の思い出が、濁流だくりゅうのように頭の中を駆け巡った。


 一緒にカフェに行ったこと。


 夏休み、香川に旅行へ行ったこと。


 お家デートとしょうして、薬を盛られ、部屋に軟禁されかけたこと。


 何故か失くしたと思っていた俺の私物が、メバチ先輩の家にあったこと。


 思い返すと、背筋がゾクゾクする。


 とくに部屋に軟禁されかけた時は、死を覚悟したモノだ。


 まぁ、芽衣たちが無事に俺を救出してくれたから、事なきを得たんだが……あれ?


 何故だろう?


 涙が引っ込んだぞ?




『――皆様のご健康と森実高校の益々の発展を祈念して、答辞とさせていただきます。卒業生代表、魚住メバチ』




 言い終え、メバチ先輩は綺麗な一礼をした。


 そのまま、とくにこの学校に未練なんぞない! と言った足取りで、自分の席へ戻って行く。


 クール!?


 先輩、超クール!?


 そのサバサバした姿が実にメバチ先輩らしく、俺は思わず笑ってしまった。

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