第11話 女神様のひとりごと

 トチ狂った後輩に、お尻の拡張工事をほどこされかけた、翌日の早朝。


 昨日の放課後と同じく、今朝も古羊姉妹は別行動を取っており、俺は1人寂しく学校へと登校していた。




「うーす、おはろ~。いやぁ、昨日は酷い目に遭ったぜ」

「明日に1000円!」

「オレも1000円!」

「おれは今日に3000円だ!」

「んっ?」




 眠たい身体に鞭を打ち、我が愛しの2年A組へ登校すると、元気の席でクラスメイト達が財布片手に大いに盛り上がっていた。


 なにやってんだ、アイツら?




「おーす。何やってんの、おまえら?」

「おっ、来たな? 犯罪者め」




 未来の犯罪者こと三橋倫太郎(通称アマゾン)が、『ご本人のお出ましだ』と言わんばかりに俺を野郎共の輪の中へと引っ張り込んだ。


 あれ?


 よく見ればこいつ等ら【古羊クラブ】じゃないか!?


 ヤベェ、囲まれた!?


 ヤラれる!?


 俺は自分の迂闊うかつさを呪いながら、やって来るであろう衝撃に身を固め、




「安心しろ、大神。オレ達【古羊クラブ】は、当分の間、お前には手を出さないから」

「えっ? マジで?」

「あぁ。正直、我らがマイ☆エンジェルを何と言って騙したのか、その身体に問い詰めたいコト山の如しだったが、女神さまに攻撃禁止を言い渡されたからな。仕方ない」

「芽衣が?」




 アマゾンは忌々しそうに小首を縦に振った。


 芽衣の奴、マイ☆エンジェルとの仲を取り持ってくれた上に、あのテロリスト予備軍である【古羊クラブ】の連中まで抑えてくれていたのかよ……。


 何、アイツ?


 マジで俺の恋のキューピットじゃん。


 ありがとう、芽衣ちゃん!




「あれ? じゃあ、おまえらココに集まって何してんの? 俺の処刑方法で盛り上がっていたワケじゃないんだろ?」

「あぁ、コレか?」

「コレはな、相棒がいつ妹はんと破局するか、みんなでトトカルチョをしてたんや! あっ、相棒が自分で買うのはアカンで?」




 そう言って我が親友、猿野元気は楽しそうにノートを広げ、クラスメイト達からお金を受け取っていた。


 ひ、人の恋路で賭け事をしてやがる、コイツら!?


 しかも、内容がゲス!?




「ナチュラルに失礼だな、おまえら?」




 流石はアホの2年A組。


 選び抜かれたゴミクズのみが所属する事を許される、治外法権の地なだけの事はある。


 周りを見渡せば、みな生ゴミのように瞳が腐っていた。




「ちなみに、今、1番高いオッズは明後日だ」

「応援してるぞ、大神! 今日までな! 明日には破局していいぞ」

「いや、今日破局して構わんぞ? むしろ今日破局してくれ!」




 生まれながらのギャンブラー達が、当人をそっちのけで大いに盛り上がり出す。


 う~ん、流石は我がクラス!


 清々しいまでの腐れゴミ虫っぷりだ!


 反吐が出るね♪




「もちろんワイは、相棒達がずっと続く方に応援しとるで?」

「元気ぃ……」

「もし相棒達が1カ月交際を続けたら、トトカルチョは全部ワイの総取りやからのぅ! ガッハッハッハッハッ!」

「元気ぃ……」




 笑顔でクソみたいな事を口にするマイ・フレンド。


 流石はナチュラル・ボーン・クソ野郎。


 親友を金ヅルとしか思っていない、その黄金の精神……嫌いじゃないぜ?




「【古羊クラブ】の連中は全員参加したし、これで一財産かせいで、春休みにはマイハニーとハワイへ旅行に行くんや♪」

「ちなみに、このトトカルチョを企画・開催したのは猿野アイツだぞ」

「このゴミ……ッ!?」

「持つべきモノは親友やな! ウッハッハッハッハッ!」




 豪快に笑う元気。


 ほんと何で俺はコイツの友人をやっているんだろう?




「さぁ、もう賭ける奴は居らんか? 居らんなら締め切るで?」

「――じゃあ『ずっと続く』に1万円です」

「「「「い、1万ッ!?」」」」




 誰も賭けていなかった大穴へ、平然と万札をベッドする謎のギャンブラー。


 だ、誰だ!? と全員の視線が1万円の主へ集中し、




「「「「こ、古羊さんっ!? お、おはようございますっ!」」」」

「はい。おはようございます、みなさん」




 そこには我らが【古羊クラブ】の女神さま、メイ・コヒツジ神の姿があった。


 芽衣はいつものように、強化外骨格を彷彿とさせる完璧な作り笑顔で、




「もうっ! ダメですよ、みなさん? 学生が賭け事をしちゃ?」




 メッ! と、小さい子を叱るように、野郎共に注意を促した。


 その『あざと過ぎる』までの愛らしい言動に、野郎共はもうメロメロ❤


 瞳にハートマークを浮かべながら「はひぃ~♪」と、呂律ろれつが怪しい口調で大きく頷いた。


 もう完全に骨抜きである。


 我が残念な友人であるアマゾンに至っては、五体投地している始末だ。




「ほらほらっ! もうすぐホームルームが始まりますよ? 皆さん、席に戻ってください?」


「「「「はぁ~い❤」」」」




 芽衣の一声により、集まっていた野郎共が散り散りになる。


 すげぇ影響力だ。


 流石は我らが女神さまだ。




「相変わらず、とんでもねぇカリスマ性だなぁ……」

「ほら、士狼も。自分の席へ戻りますよ?」




 感心している俺の手を掴むなり、リード代わりにグイグイッ! 引っ張る、会長閣下。


 う~む。


 コッチも相変わらず、スベスベぷにぷに♪ していて気持ちが良いなりぃ~。


 なんて思っていると、何故か芽衣が心底安心したような声音で、小さくつぶやいた。




「良かった。いつも通りのアタシだ……」

「んっ? 何か言った?」

「いいえ、何でもありませんよ?」




 芽衣はいつも通り猫を被りながら、優しく微笑んだ。


 その笑みに、若干の違和感を感じつつも、俺は素直に芽衣に手を引かれ、自分の席へと向かうのだった。

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