第35話 喧嘩狼VS無敵のタイガー~最終決戦編~

「ハァ……しょうがねぇ。言って分からねぇなら、コイツで分からせるしかねぇか」




 ユラリッ、とタイガーの身体が揺れた。


 刹那、放たれた弓矢のごとく、超高速で俺に接近してくる。


 足の指先から拳の先まで加速させた一撃。


 ソレが、俺の顔面を勢いよく打ち抜いた。


 パァンッ! と小気味良い音が、倉庫内に木霊する。


「士狼っ!?」「ししょーっ!?」「シロパイ!?」と、芽衣たちの悲鳴にも似た声音が耳朶じだを叩いた。




「最強はオレだ。失せろ亡霊」




 そう言って、タイガーが拳を引っ込め――



 ――ぐいっ!




「んなっ!?」

「ふぅ~ん。これが『最強』ねぇ~?」




 タイガーの手首をガッチリ掴みながら、鼻から流れ出た血を指先で軽くぬぐった。


「は、離せテメェ!?」と暴れるタイガーを無視して、俺は小さく溜め息をこぼした。




「うん。やっぱ俺が『最強』かもね」

「ハァ? なに言って――」




 瞬間、俺の放った右の上段回し蹴りが、タイガーの側頭部にめりこんだ。


 点火てんかされたロケット花火のように、真横へ吹き飛んで行くタイガー。


 そのまま地面にバウンドしながら、サッカーボールのように転がっていく。




「~~~~カハッ!? い、今なにが……つうぅっ!?」




 タイガーが震える手足を必死に動かして、立ち上がろうとするが、身体に力が入らないのか、ベチャッ!? と再び地面に崩れ落ちた。




「お、オレに何をしたシロウッ!?」

「蹴った。頭を。思いっきり」

「蹴ったって……ちょっと待て!? う、嘘つくなっ! おまえの蹴りは公園で受けたが、こんな威力じゃっ!?」




 と、そこまで口にして、タイガーが何かに気がついたように『ハッ!?』とした表情を浮かべた。




「お、お前まさか……手ぇ抜いてたのか? あのとき? あんな状況だったにも関わらず!?」




 俺が何も言わないのを肯定と捉えたのか、タイガーは烈火のごとく怒りだした。




「ふ、ふざけるな!? 人を舐めるのも大概にしろよ、テメェ!?」

「舐めてんのはタイガー、テメェだろうか?」

「は、ハァ?」




 歯を食いしばって立ち上がろうとするタイガーに、俺はゆっくりと近づきながら、大きく息を吐き捨てた。




「どいつもこいつも、口を開けば『最強』『最強』『最強』『最強』って……うるせぇんだよ」




 俺はタイガーの胸ぐらを掴みあげ、無理やり立たせながら、噛みつかんばかりに声を荒げてしまった。




「ようはヒマなんだろう!? ヒマでヒマでしょうがねぇから、そんな事を言ってんだろ!?」

「知ったような口を叩くんじゃねぇよ! 殺すぞ!?」

「『知ったような』じゃねぇっ! 『知って』んだよ、俺もっ!」




 ――ゴンッ!


 巨大な拳と化した俺の頭突きが、タイガーの顔面にめりこんだ。




「ブハッ!? し、シロウ、テメェ!?」

「力は有り余ってんのに、何をしたらいいのか分からねぇ。でも、部活に打ち込む根性もねぇ。勉学に励む気合いもねぇ。だから、ヒマでヒマでしょうがねぇ。そんな根性ナシなんだろう、おまえも!」

「誰が根性ナシだっ!?」

「おまえだよ、おまえっ!」




 再び、ゴンッ! とタイガーの頭に頭突きを繰り出す。


 目の前がチカチカと点滅するが、それでも構わす俺は言葉をつむぎ続けた。


「ヒマでヒマでしょうがねぇっ! だから一緒に遊んでください――って、最初からそう言ってこい、バカ野郎っ!」




 なのにテメェ、関係ねぇ奴らまで巻き込みやがって。


 あまつさえ、自分がヒマなのは、死んだ兄貴のせいにまでして……ふざけてんのか?




「マジでムカつくぜ。タイガー、テメェッ!」

「ブハッ!? て、テメェに何が分かる!? テメェなんかに、オレの何が分かるってんだ、えぇっ!?」




 三度みたびタイガーの顔面に頭突きを繰り出そうとした矢先、ドンッ! と胸元を力いっぱい押された。


 タイガーはよろよろと俺と距離を取りながら、手負いの獣のような目で、俺をまっすぐ睨んできた。




「上から目線で説教しやがって……何様だ、シロウ!? テメェは!?」

「おまえの友達だ、バカ野郎っ!」

「……はっ?」




 敵意に溢れかえっていたタイガーと目が、点になった。


 何を言われたのか分からないといった様子で、しばし動きを止めるタイガー。


 だがすぐさま、ハッ!? としたように、キッ! とキツく俺を睨んできた。




「オレの動揺を誘おうって作戦か? 汚ねぇな、シロウ?」

「なにワケの分かんねぇ事を言ってんだ、バカ! 友達ダチを心配するのは、当たり前のことだろうがっ!?」

「ば、バカっ!? このオレがバカだと!?」




 俺は驚きに目を見張る、悲劇の主人公ぶっている大バカ野郎に「そうだよ!」と頷いてみせた。




「友達を遊びに誘う方法も知らない大バカ野郎を、バカと言って何が悪い?」

「おまえ、またオレをっ!? くぅぅ~っ!?」

「小難しいコトを言ってたけど、ようはそういう事だろ!? 遊び相手が欲しいけど、遊びに誘う方法が分からなかったんだろ!? この寂しがり屋め! 死んだ兄貴も、さぞ心苦しいだろうなぁ。こんな根性ナシに弟が育っちまってよぉ!」

「……どうやら本気で死にたいらしいなシロウ、いや喧嘩狼」

「図星を刺されたからって、ムキになるなよ? お・こ・ちゃ・ま♪」

「……テメェ」




 身体中から殺意やら怒気やらを放出させるタイガー。


「士狼」「ししょー……」「シロパイ」と心配気な声をあげる芽衣たちを尻目に、俺はタイガーのすぐ近くまで歩みを進める。


 お互いの制空権を侵略し、手を伸ばせは簡単に相手を掴むことが出来る距離で睨み合う、俺たち。




「……いいのかよ喧嘩狼、ここはオレのテリトリーだぜ?」

「安心しろよ、俺のテリトリーでもある」




 そう言って俺はあからさまに右足を引いて、上段回し蹴りの体勢に入った。




「……言っておくが、俺に同じワザは通用しないぜ?」

「なら試してみようかな。一応言っておくが、勝っても負けても、恨みっこナシだぞ?」




 ヒリつくような緊張感が、肌を刺激する。


 それはコップに水を注ぐかのように、廃工場内を侵食し、不気味なまでの静けさを持って、場を支配していく。


 まるでこの一帯だけ静寂を切り抜いたかのように、静かになる。


 勝つ方法は単純明快。


 この自慢の右足で、ど真ん中から蹴り抜くのみ。




「「…………」」




 お互いの呼吸音だけは酷く大きく聞こえる中、ゆっくりと月が分厚い雲に覆われていく。


 1秒、2秒、3秒と、時が経つに連れて血液が沸騰しそうなほど興奮が膨れ上がっていく。


 そして厚い雲から月が顔を出した瞬間、




「「――ッ!」」




 タイガーの右フックが、俺のアゴめがけて走った。




「――――ッ!」

「これで終わり――んなっ!?」




 バチィッ! と俺の右足が、タイガーの腕を吹き飛ばす。


 そのまま返す刀で、真っ直ぐ、空気を切り裂きながら、驚き目を見張るタイガーの顔面へと、右足を叩きこむ。


 瞬間、投げ捨てられた人形のように、明後日の方角へと吹き飛ぶタイガー。


 ドチャッ! と粘土が叩きつけられたような鈍い音が、鼓膜をこれでもかと震わせた。




「ブホッ!? い、いでぇっ!? こ、この野郎ぉぉぉぉぉ――っ!!」




 ボタボタと、唇から血を流すタイガー。


 それでもすぐさま立ち上がり、トドメを刺そうと駆けてくる俺を、全力で睨みつけた。




「タイガァァァァァァァァァァァァッ!」

「喧嘩狼ぃぃぃぃぃっ!」




 右手を振り絞り、槍のように鋭い俺の拳が、タイガーの顔面めがけて加速していく。


 タイガーはソレを片手で受け流しつつ、素早く俺の懐に潜り込むなり、背負い投げの要領で俺を地面に叩きつけようとする。


 フワッ! と空中に投げ出される俺の身体。


 そのまま、まっすぐ地面へと身体を叩きつけられる。



 ――寸前で、ダンッ! と両足で着地し踏ん張る。


「んなっ!?」

「どっこいショータイムッ!」



 きしみをあげる両足に力を籠め、グンッ! と跳躍し、まるで巻き戻しでも見ているかのように、タイガーの身体ごと、もと居た位置に戻ってくる。




「う、嘘だろ……? どんな脚力してんだ、テメェ……!?」




 驚愕の表情を浮かべるタイガーの隙を突くように、俺は右の足刀を奴の腹部に叩きこんだ。


 途端に「ブホッ!?」と口から胃液を吐きながら、派手に転がっていくタイガー。


 そのままうずくまり「ごほっ!? がほっ!? おぇっ!?」と何度も嘔吐えずく。




「つ、強ぇ……。なんでそんなに強いんだよ、テメェ……?」

「おまえにゃ一生わかんねぇよ!」




 俺が得意の上段回し蹴りを放つ体勢に入ると、タイガーの顔が青ざめた。


 側頭部めがけて、吸い込まれるように放たれる俺の右足。


 タイガーは両手を挙げ、再び防御の姿勢をとる。


 が、エンジンの入った俺の右足を止めるには、いささかパワーが足りない。


 俺の右足はタイガーの防御を蹴破って、一直線に側頭部へと伸びていく。




「いっぺん吹っ飛べ、バカ野郎!」

「チク、ショォォォォォォ――――ッッ!?」




 タイガーは断末魔のような悲鳴を上げながら、身体を1回転させつつ、明後日の方へ吹っ飛んだ。 


 そのまま打ち捨てられた人形のように地面に横たわる。


 一瞬の静寂が場を支配する。


 が、すぐさま風船が爆発したかのように、よこたんの歓喜の声音が俺たちの間に木霊した。




「やった! やったよ! ししょーが勝った!」

「ハァ、ハァ……ふぅ。ざっとこんなもんよ」




 俺はニッ! と笑みを深めながら、体に走る激痛を無視して、よこたん達にサムズアップを返してやった。


 だが勝利の余韻に浸るにはまだ早い。


 とりあえずタイガーの両足を縛って、もう暴れられないように拘束しないとな。


 と、タイガーに近づこうとして……気がついた。


 タイガーの目尻から、涙が溢れ出ていることに。




「……分かってたさ。全部自分の心の弱さを隠す建前だって事くらい」




 夢うつつと言ったように、焦点の定まらない瞳で、ぶつぶつ呟くタイガー。


 そんなタイガーのもとまで、痛む身体を引きずりながら近づくなり、タイガーが俺の方を見て……いや、俺の向こう側の『何か』を見て涙を溢した。




「……シロウに言われるまでもねぇよ。自分でも、ホントは分かってんだ。……オレはただ、友達が欲しかっただけ。ソレだけなんだよ……」




 様子がおかしいタイガーを不思議に思ったのか、古羊姉妹と大和田ちゃんも、おそるおそるといったように、タイガーに近づいてきた。


 そんな3人を無視して、タイガーは、まるで懺悔するかのように、静かに声をこぼしていく。




「1人は怖い……怖いんだよ」




 1人ぼっちは、とても怖いから。


 だから誰かと繋がりたかった。




「でも、手を伸ばせば伸ばすほど、みんなオレから離れていくんだ。……いや違うな。オレはただ、自分のちっぽけな自尊心を守りたかっただけか……」




 自分のしょうもない自尊心なんかのために、本当に欲しかったモノを見失った、大馬鹿野郎だ。




「ほんとオレは、いつも気づくのが遅ぇんだよなぁ……」




 どこか苦笑するように笑うタイガー。


 俺はそんなタイガーを、慰めるでも、けなすでもなく、ただ黙って見守った。




「まったく、どこで道を間違えたんだろうな? なぁ、シロウ?」




 そう言い残して、気を失うタイガー。


 耳が痛いほどの静寂が、俺たちを包み込んだ。




「タカナシくん……」

「ウチ、ちょっとだけ小鳥遊パイセンの気持ちが分かるかも……」

「彼も彼で、今の自分にもがき苦しんでいたのね……」




 乙女3人の声が、静まり返った廃倉庫の中で酷く反響する。


 コレ以上ココに居るのは、野暮やぼってヤツだな。


 俺は3人とタイガーに背を向けながら、倒れている鷹野の肩を抱き、出口に向かって歩き出した。




「……帰るぞ、3人とも。忘れモンはねぇか?」

「うん……」

「じゃあね、小鳥遊パイセン……」

「……アタシじゃ幸せにはなれない、か」

「? どうした芽衣、行くぞ?」




 今行くわ、と立ち止まっていた芽衣がゆっくりと歩き出す。


 これを機に、少しでもタイガーが前を向いて歩いてくれる事を願いながら、俺たちは廃工場を後にしようとして。




「あっ、そうだ」




 俺はクルリッ! と首だけ器用に振り返り。




「おいタイガー。これだけは言っておくぞ?」




 どうせ聞こえてないだろうとは思うが、それでもコレだけは言っておかなければならない。


 俺は気を失って横になっているタイガーに向けて、笑みを浮かべながら。




「今度会う時は友達ダチとして、普通に遊ぼうぜ」




 じゃあな! と、今度こそ廃工場を後にするべく、歩みを進める。


 工場を出る直前、「……あんがとよ」とタイガーの声が聞こえた気がしたが、きっと俺の気のせいだろう。

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