第34話 今回の事件の真相

「――始まりは1年前。小鳥遊くんのお兄さん『小鳥遊雄牙たかなしゆうが』さんの死から、全てがスタートした」




 芽衣は工場の窓から覗く月明かりのみを頼りに、鋭く睨むタイガーに向けて今回の事件の真相について語り出した。




「小鳥遊雄牙さ。通称『東日本最強の男』。その彼が率いていた組織の名前が【東京卍會とうきょうまんじかい】――アンタの創った【東京卍帝国】の前身にあたる組織ね」

「…………」




 タイガーは無言で芽衣の言葉に耳を傾ける。


 その表情は次第に怒りから無表情へと切り替わっていき、今では何を考えているのか分からない表情になっていた。


 そんなタイガーの様子を観察しながら、芽衣はゆっくりと言葉をつむいでく。




「お兄さんの創った【東京卍會】は、一言で言えば最強。構成員1人1人が一騎当千の猛者で、向かうところ敵なしの、実質日本最強の喧嘩屋集団だったらしいわね?」




 そんなお兄さんの目標は『日本不良界最強の男』になること。


 故に【東京卍會】で全国制覇するべく、日本各地を荒らし周っていた。


 おかげで東日本の喧嘩屋集団を全て制圧することに成功


 そのままの勢いで、西日本へと進軍していくことに。




「でも、その覇道も道半ばで倒れる事になる。……そう、お兄さんはヤリ過ぎたのよ」




 力での制圧は、他者から反感を買うもの。


 小鳥遊くんのお兄さんは、これからというときに、仲間にしたハズのチームメイトからナイフで腹部を刺されてしまった。


 芽衣がそう口にした瞬間、「ひぃっ!?」と爆乳わんが息を飲むのが分かった。


 あらかじめ芽衣から聞かされていた話ではあったが、やはり何度聞いてもインパクトがあった話らしい。


 タイガーはそんなマイ☆エンジェルを無視して「続けろ」とばかりに芽衣を見据え続けた。




「結果お兄さんは、その時の傷が原因で、この世から息を引き取ってしまった。そして弟のアンタは、そんなお兄さんの意志を受け継いで『最強』になるべく、『西日本最強の男』である士狼を襲撃した……コレが今回の事件の真相ね。どう、合ってる?」

「……よく調べたな。誰から聞いた?」

「アンタもご存じの【ハニービー】の総長、蜂谷蝶々さんからよ」

「……なるほどな。そういえば、あの女も兄貴とヤリ合った事があるんだっけか」

「まぁ話を聞いただけで、大まかな所はアタシが勝手に推理しただけなんだけどね。正解だった?」

「……いや、半分正解で半分不正解だ」




 タイガーは「ふぅ」と大きく溜め息をこぼしながら、答え合わせでもするかのように、その唇を動かした。




「……兄貴の意志を継ぐだの、どうでもいいんだよ、オレは。ただ邪魔なんだよ、アイツが」




 昔っから、あの男は人に好かれる不思議なカリスマがあった。


 おかげで俺は、いつも兄貴の影に隠れていたよ。


 小せぇ頃から、周りの奴らは兄貴のコトばっかり見て、オレのコトなんか見ようともしねぇ。


 親も。


 教師も。


 クラスメイトも。


 誰1人として、オレを見ようともしねぇ!


 オレの方が優秀なのに!?


 勉強だって、喧嘩の腕だって、兄貴よりも上のハズなのにっ!?


 何で誰もオレを見ようともしない!?


 それがムカつくんだよ!


 だから、どっかのバカに刺されてくたばっちまった時は、心の底から喜んだね!


 あぁ、コレで邪魔者は死んだ。


 今度こそ、みんなオレの事を見てくれるに違いないって。


 それなのに、いまだにどいつもコイツも『兄貴、兄貴』って、ウルセェんだよ!


 兄貴は死んだんだよ!


 もう居ねぇんだよ!


 なのに、何で誰も彼も兄貴の話をする!?


 どうして誰も俺を見てくれない!?


 認めてくれない!?




「ほんとムカつくぜ……だから決めたんだよ」




 今でもオレらの中に生き続ける、強くてカッコいい兄貴をブチ倒して、オレを……小鳥遊大我みんなに認めさせてやる。


 もう誰も、兄貴の話なんかしねぇように、オレ一色に染め上げてやる!


 でも死んだ兄貴を倒すには、どうすればいい?


 そんなの簡単だ。




 ――兄貴が出来なかった事をせばいい。




「兄貴が出来なかったこと。兄貴が手に入れられなかったモノ……それは日本不良界『最強』の称号だ。だからやる。オレは兄貴を倒すために『最強』になる!」




 と、そう答えるタイガー。


 タイガーは鋭い視線をいまだ寝転がっている俺にぶつけるや否や、吐き捨てるようにハッキリとこう言った。




「そのためにもシロウ、おまえの存在が邪魔だった」

「えっ? お、俺っ!?」




 突然出て来た自分の名前に驚いてしまう。


 今の流れで、俺なんか関係あった?


 タイガーはそんな俺を見据えながら「そうだ」と小さく頷いた。




「西日本最強の男である喧嘩狼を倒してこそ、本当の【最強】を名乗れる」

「なるほど。つまり士狼を倒すことで、お兄さんを超えようとしたワケね」

「あぁ。……だが期待外れもいい所だったけどな」




 そう言ってタイガーは、俺を生ゴミでも見るかのように冷たく一瞥してくる。


 もはや友達ダチに向ける瞳じゃなかった。


 それが無償に悲しくて……腹が立った。


 芽衣はそんなタイガーの視線を自分に引っ張るように、




「それで? 士狼を倒して【最強】になった感想はどう?」

「……実につまらん。こんなのが兄貴の目指していたモノかと思うと、涙が出るね」




 タイガーは肩を竦めながらその中性的な顔立ちをクシャっと歪ませた。


 が、それも一瞬のこと。


 すぐさま獰猛な獣のように笑みを顔に張り付け、




「……さてサービスタイムはここまでだ。オレが真の【最強】に至るために、やり合おうか、古羊?」

「お気持ちは嬉しいんだけど、残念ながら小鳥遊くんの相手は、アタシじゃないわよ?」

「……ハァ? 何を言って――」



「――俺だよ、俺。テメェの相手はこの俺だ、ブラコン野郎」




 よこたんと大和田ちゃんの協力により、手足が自由になった俺が、ゆっくりとタイガーに向かって立ち上がる。


 ギシギシと痛む身体が、立ちたくない! と抗議を送ってるが、全力で無視してやった。


 そんな俺の身体の状態を察したのだろう。


 タイガーが何とも哀れみに満ちた目で、俺を見て言った。




「……やめとけ、シロウ。今のボロボロのお前じゃ、絶対にオレには勝てない」

「おいおいタイガー? そんなツレナイ事いうなよ? やっと準備運動が終わった所じゃねぇか?」




 俺はタイガーのその冷たい視線を一身に受け止めながら、ブレザーとYシャツ、それからインナーを脱ぎ、近くに待機していた爆乳わんに手渡した。




「――行くぜ三下? 格の違いを見せてやる」




 瞬間、俺は大地を蹴り上げ駆けだした。

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