第33話 悪魔VS女神さま ~決着編~

「チッ、もう煙幕の効果が切れたのね。コレは今後の課題ね」




 と、新しいパッドの改造案を脳内で繰り広げながら、持前のフィジカルでバットを佐久間の方へと押し込む芽衣。


 だが、そんな芽衣のバットに対抗するかのように、佐久間は絶妙な角度で彼女のバットを受け止めていた。




「いやはや……まさか煙幕弾を使用してくるなんて予想外だよ。流石は僕が惚れた女だ」

「そりゃどうも。佐久間くんと普通にり合ったら、アタシが負けるのは確定事項だからね。コレくらいは大目にみてよ……ねっ!」




 芽衣はグッ! と身体ごとバットを押しこんで、佐久間の体勢を崩す。


「おっとっと?」と後方へよろけた佐久間の隙を突くように、奴のわき腹にバットを叩きこもうとするが、それよりも早く佐久間の竹刀が芽衣の肩に振り下ろされた。


「うぐぅっ!?」と苦悶の声をあげ、バットをその場に落としてしまう。


 それでもまだ瞳は死んでいない。


 芽衣は素早くポケットからもう1つパッドを取り出すと、ソレを勢いよく地面に叩きつけた。


 途端に再び辺り一面に真っ白い煙がモクモクッ! と立ちこもる。




「ハハハッ! また煙幕かい? それはさっき見たよ!」




 佐久間の笑い声と同時に、芽衣が落ちていたバットを拾い上げる雰囲気が伝わってくる。


 が、ドスドスッ! と鈍い音を鼓膜が拾い、背中に嫌な汗が流れる。


 幾度いくどとなく響く人体を叩く音に、嫌な予感が胸に広がる。


 どっちだ?


 どっちがやられている音だ?


 気持ちばかりがいて、はやく煙幕が晴れろと胸の中で祈る。


 やがて視界が良好になり、俺の瞳に飛び込んできたのは。




「うぅ……チクショウ……」

「ふふっ、芽衣が僕に勝てるワケないだろう? おまえと僕とじゃ、立っているステージが違うんだよ!」




 そこには目尻に涙の粒を浮かせ、うずくまっている芽衣と、そんな芽衣を愉悦ゆえつに満ちた笑みで見下ろす佐久間の姿があった。


「メイちゃんっ!?」と叫ぶ爆乳わんの声が、酷く廃工場の中を木霊する。


 佐久間は心配げな顔をするマイ☆エンジェルに見せつけるように、芽衣のどてっ腹をドスッ! と蹴り飛ばした。


 途端に声にならない悲鳴をあげながら、ゴロゴロと地面を転がって行く芽衣。




「芽衣っ!」

「会長っ!?」




 俺と大和田ちゃんの切羽詰った声が、あたりに溶ける


 そんな俺たちの声を聞いて、さらに気分を良くしたのか、佐久間が竹刀をビュンビュン振り回しながら、上機嫌で転がっている芽衣のもとへと歩みを進めた。




「いい光景だね。まるで『あの日』のことを思いだすよ。……芽衣が僕の顔を傷つけた、あの忌々いまいましい日をねぇ!」




 そう言って、再び芽衣の腹部を蹴り上げる佐久間。


 芽衣は「カハッ!?」と呼気を口から漏らしながら、三度みたび派手に転がっていく。




「ちょっ、2人とも! まだ俺の拘束は解けないのか!?」

「焦るんじゃないし! これでもさっきから、全力全開で引っ張ってるんだから!」

「んん~ッ!? んん~ッ!? 外れてぇ、おねがぁ~いっ!」




 うんうんうなりながら、必死に俺の拘束を解こうとしてくれるプチデビル後輩と爆乳わん娘。


 だが、一向に解ける気配のない俺の拘束。


 クソッたれめ!


 このままじゃ芽衣が!? 


 俺が芽衣の方へ視線を向けた瞬間、芽衣も俺の方をジッ! と見据えていた。


 ソレは大切な『何か』を伝えたい時に見せる、芽衣の瞳だった。




「「…………」」




 一瞬の視線の交錯こうさく


 それだけで俺達には充分だった。




「……よこたん、大和田ちゃん。俺が合図した、一斉に目を伏せてくれ」

「へっ? う、うん、わかったよ!」

「よく分かんないけど、策があるってことね。了解だし!」




 2人は拘束を解く手を止めずに、俺の合図に神経を研ぎ澄ませてくれていた。


 そんな俺は芽衣の一挙手一投足を見逃さないように、目を皿にして彼女に集中する。




「さてっ! 待ちに待った、この時間♪ どうやって苦しめてあげようかなぁ~? あっ、そうだ! 『お願いですから、わたしだけは助けてください佐久間亮士様』って言ってみてくれない? そうしたら芽衣だけは助けてあげるよ?」

「ッ!? ふ、ふざけんじゃないわよ! 誰がそんなマネを!」




 たまらず芽衣が叫ぶ。


 が、誰が見てもソレが虚勢きょせいであることは明らかだった。


 なんせもうすでに満身創痍で、今にも気を失ってしまいそうな程ボロボロの彼女である。


 それでも心までは折られまいと気丈に振る舞っているが、佐久間の次の言葉でポッキリと折れる事になる。




「いいの、そんな反抗的なコトを言っても? このままじゃ、ここに居る全員、僕らに壊されちゃうよ? みんな壊されるよりも、1人でも助かった方がいいんじゃないかなぁ?」

「……っ!」




 悪魔の甘言かんげんの如し甘い言葉が、芽衣の弱りきっていた心にスルリと溶け込んでいく。


 それは心を麻痺させる甘い毒。


 気がつくと、芽衣は立とうとする努力を辞めていた。




「か、会長……?」




 大和田ちゃんの不安気な声が、芽衣の身体に降り注ぐ。


 だが芽衣はソレに答えず、額を地面に擦りつけ、そして言った。




「お願いですから、わたしだけは助けてください佐久間亮士様」

「ぷっ!? ぷはははははははははっ! まさか本当に言うとは! いやはや、コレは傑作だ! なんで今までの僕の言動を見て、許して貰えると思ったの? 許すワケないじゃん! もしかしてアレ? 溺れる者はわらをもすがるってヤツ?」




 目の前で土下座する芽衣を見て、散々爆笑したあと、佐久間は心底嬉しそうに笑みを深めた。




「最高っ! もう最高だよ、芽衣! いいよ、気分が乗った! その土下座の体勢のまま、僕の靴を舐めれば、特例として芽衣だけは許してあげるよ!」




 佐久間の心底嫌味な言葉をぶつけられても、ピクリとも動かない芽衣。


 俺はそんな芽衣の姿を、ただ黙ってジッ! と見つめ続ける。




「いやぁ、今日は本当に良い日に――」




 なりそうだ! と完全に油断して、竹刀を下げる佐久間。


 刹那、芽衣はポケットから超パッドを取り出して、空中へ放り投げた。




「伏せろ!」

「「ッ!」」




 俺の怒声とほぼ同時に、一斉に顔を伏せる、生徒会女性陣。


 勝利を確信していたが為に、突然芽衣が放り投げたパッドに呆気あっけをとられる、佐久間。


 そんな佐久間に、芽衣は土下座したまま、ボソリッ! と一言つぶやいた。




「――このマヌケッ」




 瞬間、超パッドからカッ! と強烈な光がほとばしった。


 いつか司馬ちゃんのお家に不法侵入した際に見せた、ハイパッドTYPEタイプ『閃光弾』だ!


 芽衣のパッド型閃光弾を至近距離でモロに直撃した佐久間は、目元を押さえて「うがぁぁぁぁぁぁぁっ!?」と悲鳴をあげた。


 その佐久間の一瞬の隙を縫うように、芽衣は土下座の体勢から勢いよく頭を上げた。


 1つの拳と化した芽衣の頭は、まるで吸い込まれるかのように、佐久間の股間に全力で頭突きをお見舞いした。




「~~~~~~~~ッ!? カ、ハァッ!?」




 目元を押さえていた佐久間の手がピーンと伸び、その端整な顔立ちからは想像できない血走った瞳を見開く。


 まさか埼玉に住む伝説の幼稚園児以外で、あんな攻撃をする奴がいるとは……。


 関係ないけど、股の間がヒュンッ! となった。




「ンガッ、ガ、ガァァァァァァァァァァッ!?」




 声にならない苦悶の表情を浮かべながら、内股で股間を押さえる佐久間。


 そんな哀れな子羊と化した佐久間を前に、芽衣はゆったりとバットを持ち直して、立ち上がる。




「……バッター4番、古羊芽衣」




 ポツリッ! と、そう呟くなり、芽衣は股間を押さえて身動きが取れなくなっている佐久間に向かって、大きくバットを振りかぶった。


 俺とよこたん、そして大和田ちゃんは、打ち合わせでもしていたかのように声を張り上げ、銀河にとどろかんばかりの歌声を発した。




「山超えてっ!」


「「へいっ!」」


「谷超えてっ!」


「「へいっ!」」


「宇宙の果てまでぇ?」


「「飛んで行けぇっ!」」




 ブォンッ! と豪快な音を奏でながら、一直線に芽衣のバットが振り下ろされる。


 それは綺麗な弧を描き、予定調和のように真っ直ぐ、ただ真っ直ぐ――佐久間の股間へと伸びていき、




「ちょっ!? 待っ――ッ!?」




 カッキ―――――ンッ!




 脳内でホームランの轟音が響き渡るほど綺麗に、佐久間の自前のバットに芽衣のバットが吸い込まれた。




「あっ!? がっ!? がっ!? ――かひゅっ!?」




 グルンッ! と、ゴールデンボールをホームランされた佐久間が白目を剥き、バタンッ! と勢いよく後方へ倒れる。


 ゴチンッ! と地面に後頭部をぶつけ、唇の端から白い泡を吹き、イケメンがしてはイケナイ顔をして痙攣する玉無し、もとい佐久間。




「ふんっ! トドメを刺していない獲物に不用意に近づくからよ、この玉無し」

「め、メイちゃん? 下品だよ?」

「アイツが下品なのは、今さらだろ?」

「つぅか、あの佐久間って人、大丈夫なワケ? 会長のフルスイングをモロにアソコで受け止めたワケだけど……マジで玉無しになったんじゃないの?」

「まぁ奴の負の遺伝子をここで断ち切ったと思えば、良心も痛まないわな」

「て、適当だなぁ、ししょー……」




 しかし、同じ男として同情しない事もない。


 なんせバットでタマキン☆ブレイクなのだ。


 その痛みたるや……想像するだけで恐ろしい!


 まぁ真に恐ろしいのは、何の躊躇ためらいなく男のゴールデンボールにバットを叩きこんだ、あの女なんだけどな。


 いやぁ、マジであの女と将来付き合う男が心配でならないね。


 絶対浮気とかしたら、おティムティムを切り落とされるぜ?




「それからペラペラと喋り過ぎなのよ、この玉無し。瀕死の獲物を前に舌舐めずりをするのは、三流のすることよ。……って、聞こえてないでしょうけどね」




 そう言って芽衣は、ボロボロの身体を引きずるように、拘束されている俺のもとまで近づこうとして……歩みを止めた。


 芽衣が1歩踏み出した瞬間、その覇道をはばむかのように、真っ白な『何か』が彼女の道を遮ったのだ。


 真っ白な物体は、芽衣以上にボロボロで、「ぶほっ!?」と呼吸をするのさえきびしそうな表情を浮かべていた。




「つ、翼さんっ!? う、嘘でしょ!?」




 血塗れの真っ白な物体……鷹野翼を視界に納めた大和田ちゃんが、悲鳴のような声をあげる。


 そんな彼女の声を塗り潰すかのように、黒髪短髪の中性的な顔つきをした男が――小鳥遊大我が大げさに溜め息をこぼした。




「……ハァ、おいおい? なに女相手にヤられてんだよ、佐久間? ……まぁいいや。コッチもちょうど終わった所だし、ラウンド2と洒落しゃれこもうか。なぁ会長?」

「……小鳥遊くん」




 おそらく鷹野の返り血であろう鮮血で、森実高校の制服を汚し、獰猛どうもうに笑うタイガー。


 大和田ちゃんも、鷹野が負けるとは思っていなかったらしく、瞳がこぼれ落ちんばかりに目を見開いていた。


 鷹野をくだしたタイガーは、肉食獣を彷彿とさせる危ない光をギラギラ放ちながら、芽衣を捕食せんばかりに射抜いていた。




「……さぁ、オレが『最強』に至るための礎(いしずえ)となって貰おうか、会長。……いや、古羊?」

「『最強』ねぇ……ハンッ!」




 芽衣のその心の底からバカにしたような笑みに、ピクンッ! とタイガーの眉が跳ね上がる。




「……何がおかしい?」

「いえ別に? ……ただ、いつまでも亡くなったお兄さんの後を追うのに必死で、滑稽だなっと思っただけよ」




 瞬間、ゾワッ!? と、毛穴という毛穴に針を刺しこまれたかのような錯覚を覚えるほどの殺気が工場内を支配した。


 タイガーが今にも芽衣を殺しそうなほど身体中から怒気を発しつつ、ドスの利いた声音でこう言った。




「……古羊おまえ、どこまで知っている?」

「どこまでも、よ」




 そう言ってタイガーを小バカにしたような笑い声をあげる芽衣は、今回の『事件の真相』について口にし始めた。

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