第36話 ハメ上手の若君

 かくして森実高校生徒会を襲った【最低最悪の事件】は、こうしてゆっくりと収束していったのであった。


 めでたし、めでたし――と言いたい所なのだが、そうは問屋が卸してくれない。


 なんせ俺と鷹野は、タイガーにしこたまボロボロにさせられたあげく、数か所骨にヒビが入っていたようで、まさかの2週間の入院を余技なくされていた。


 しかも最悪のことに、鷹野と同じ部屋をあてがわれたために、俺の入院生活は開始と同時にクライマックスを迎えようとしていた。




「はぁぁぁぁん♪ 喧嘩狼ぃ~、寒いから一緒に寝よぉ?」

「すいませぇぇぇぇぇぇん!? 誰か、誰かいませんかぁぁぁぁぁぁぁ!? 今すぐ鷹野コイツとは別の部屋にしてくださぁぁぁぁぁい! おいバカ!? 甘えた声を出しながら俺の布団に入ってくんじゃねぇ! だから股間を押し付けるなバカ野郎!」

「はぁぁぁん♪ ツレナイ喧嘩狼も、いとをかしぜよ♪」




 下半身ギンギンのまま、俺の布団へ突貫して来ようとする鷹野を、必死に迎撃するナイスガイ俺。


 それにしてもコイツ、あばら骨にヒビが入っているハズなのに、元気過ぎるだろう? 色んな意味で。


 マジで骨にヒビ入ってんのか? と、疑いたくなるレベルだわ!


 それにしても、このシチュエーションは危ない、非常に危ない。


 どれくらい危ないのかと言えば、爆乳美人女教師が男子高校に赴任ふにんしてくるくらい危ない。




「だ、誰かぁぁぁぁぁぁぁっ!? ちょっ、マジで誰か居ないのぉぉぉぉっ!?」

「「呼ばれた気がしてジャジャジャジャーン♪ (デース!)」」

「ゲェッ!? お、オカマ姉さんッ!? それに蜂谷も!? な、なんでここに!?」

「オカマじゃねぇ、オネェだ!?」

「久しぶりですね、喧嘩狼ぃ~♪」




 扉よ壊れろ! と言わんばかりに、勢いよく入室してきたのは【東京卍帝国】の6人の大幹部が2人『オカマ姉さん』こと獅子本レオンさんと、暴走特急娘、蜂谷蝶々ちゃんだった。


 おいぃぃぃっ!?


 呼んでもない奴らが、いの一番に来やがったんですけどぉっ!?


 頼むから帰ってくれぇぇぇっ!?


 俺の祈りむなしく、オカマ姉さんと蜂谷は、俺のベッドの傍まで近づくと、すぐ脇に置いてあったお見舞いの品のバナナを手に取り、勝手に食べ始めた。――って、おい!




「ソレ俺のバナナ! って、おい鷹野!? どこをまさぐってんだ、テメェ!?」

「いやぁ喧嘩狼の自前のバナナを頂こうかと思ってのぅ」

「そこにバナナはねぇよ!? いやあるけど、それは俺の自前のバナナだよ!」

「おっ! このバナナ美味しいデスネ! どこ産デスカ?」

「喧嘩狼産やで!」

「ちょっと鷹野ぉ!? そのバナナはあたしのよ!? 勝手に触るんじゃないわよっ!」

「いやぁぁぁぁっ!? 誰か助けてぇぇぇっ!? 犯されるぅぅぅぅぅっ!? 俺のバナナが食べられるぅぅぅぅぅっ!?」

「……マジでどういう状況だし?」

「……気にしたら負けですよ、信菜さん」




 瞬間、この悪夢ナイトメアを打ち砕かんばかりの希望の光を背に、俺たちの病室へ入室してきた【とある】兄妹に、俺は歓喜の涙を浮かべた。




「お、大和田ちゃん! お兄たまも! ちょうどよかった、助けてくれっ! このままじゃ俺のバナナが、バナナがっ!?」

「相変わらずシロパイの周りは騒がしいし……病院の中なんだから静かにしてろし」

「ハァ……ほらタカさん? 他の人の迷惑になりますから、自分のベッドに戻りますよ?」




 タマキン兄さんが「嫌や、嫌や!」と首を振るハードゲイを、俺の布団から引っ張り出す。


 なんて頼りになるんだ、兄たま!


 俺が女なら、今頃お股をビショビショに濡らしているところだ!


 兄者によって、すぐ隣の自分のベッドへと強制的に移動させられていく鷹野を尻目に、俺はようやく落ち着いてオカマ姉さんと蜂谷に、本題を切り出すことにした。




「ところで、なんで姉さんと蜂谷がここに居るワケ?」

「んもぅっ! ダーリンったら、相変わらずツレナイわねぇ♪」

「もちろんオオカミくんのお見舞いと、その後の事後報告をしに来まマシタ!」

「へぇ、最近のお見舞いは、人のバナナを勝手に食べることを言うんだぁ。シロウ、初めて知っちゃった☆ って、うん? 事後報告?」

「イエースッ!」




 蜂谷は親指をピンッ! と立て、子どものように無邪気に微笑む。


 決して『今からコレをおまえのケツにねじ込むぜ!』って意味ではない。……多分。




「このたび、喧嘩狼のご協力もあり、【東京卍帝国】は、我々ハニービーが吸収することになりましたデース! ほんとありがとうございまマース!」

「えっ? それ、どういう事?」




 蜂谷の言っている意味が分からず、コテンっ? と首を傾げていると、オカマ姉さんが補足説明と言わんばかりに、口をひらいた。




「んもぅ、それじゃ分からないわよぉ~? えっとね、つまりぃ、あたし達【東京卍帝国】は解散したの。ついこの間ね」

「えっ、解散っ!? 解散したの!?」




 オカマ姉さんは「そっ♪」と、嬉しそうに頷きながら、ニンマリと笑みを深めた。




「どこかの誰かさんが、総長と副長を倒したからね。力で支配していたチームは、力によって淘汰とうたされる。求心力のなくなった総長と副長に、ついていく者は誰もいなかったわ」

「解散……そうか。ということは、もう俺たちは狙われる心配はないってことか?」

「そういうこと♪ たぶん古羊洋子ちゃんの賞金も、なくなってるハズよ~ん」




 そう言って、上機嫌に笑うオカマ姉さん。


 そっか。


 これでマイ☆エンジェルが狙われるコトは無くなったのか……よかった。




「あっ、そうだ! タイガーは? タイガーはどうなったんだよ?」

「総長ですか? 彼はとても優秀ですヨネ! 出来れば【ハニービー】に引き抜きたかったんデスガ……断られちゃいマシタ」

「いや、そうじゃなくて!」

「あぁ~……。シロパイが聞きたいのは、あのあと生徒会が『どうなった』かって事っしょ?」




 ガタンッ! と蜂谷の隣のパイプ椅子に腰を降ろしながら、そう口にする俺の可愛い後輩、大和田ちゃん。


 さすが俺の未来のプリティ☆マイシスターなだけある。


 お兄ちゃんの気持ちを汲んでくれるなんて……俺はなんて出来た妹を持ったんだ!




「だから妹じゃないし」

「ッ!? ど、どうして心の声を知って!? ――ハッ! さてはまた俺の心を読んで!? みんな気をつけろ! 俺たちは今、スタンド攻撃を――」

「受けてないから。普通に気持ち悪く声に出てたし……」




 もうメンドイなぁ、と可愛く溜め息をこぼしながら、大和田ちゃんが『あのあと』の顛末てんまつを俺に教えてくれた。




「単刀直入に言えば、小鳥遊パイセンは学校を辞めたよ」

「……そうか。タイガーのヤツ、学校を辞めたのか」

「うん。……あんまり驚かないんだね、シロパイ」

「まぁ、そんな気はしてたからな」




 アイツの目的は俺と鷹野を潰すことだったし、それを一刻いっときとは言え達成したのだ。


 ならもう、この町には用はないだろう。


 きっと今頃は地元にでも帰って、自分の兄貴の墓に線香でもあげてる頃だろうよ。




「それで小鳥遊パイセンから、シロパイに伝言を預かってきたし」

「ん? タイガーからの伝言?」

「うん。あっ、ちょっと待ってて?」




 コホンッ! と可愛らしく空咳をしたかと思うと、大和田ちゃんは男っぽい声を作りつつ、




「『悪かった……ありがとう。次は負けない』――だってさ」

「えっ? それタイガーのモノマネ? 似てねぇ~」

「むぅ~っ! うっさい!」




 ぽかんっ! と太ももを叩かれる。


 骨に響くので、やめていただきたい。




「んでもって、小鳥遊パイセンが生徒会を急に辞めたから、仕事量がとんでもない事になってて、会長たちが今もヒーコラッ!? 言いながら書類と格闘しているし」

「あぁ、それでアイツら見舞いに来てくれなかったのか。よかったぁ。誰も見舞いに来てくれないから、てっきり俺、嫌われているのかと思って、うっかり死んじゃう所だったわ。って、アレ? じゃあ大和田ちゃんはいいの? ここに居ても?」

「それはいいの。ウチは生徒会代表として、シロパイのお見舞いに来てるから。今頃ウチの仕事は古羊パイセンあたりが引き継いでやってくれてるハズだし」




 ちなみに誰がお見舞いに行くかは、ジャンケンで決めたっしょ。


 と、勝利のパーを俺に見せつけてくる大和田ちゃん。


 ちょっと?


 俺の妹、可愛すぎない?


 大丈夫?




「あと佐久間って人は、どうなったか分からない。まぁウチの見立てでは、多分コレにりて、もうちょっかいかけてくる事は無いと思う」

「あら、それはどうかしら? 副長、あぁ見えて、かなり根に持つタイプだし」

「確かにっ! 蛇みたいに執着心が強くて、気持ち悪いデースっ!」

「2人とも、仲間だったんだよね?」




 あっけらかんと佐久間を酷評する、オカマ姉さんと蜂谷同級生。


 まぁ正直、2人の発言には完全に同意しかない。


 あの性根が腐りきったクソ野郎が、そう簡単に改心するとは思えない。


 もしかしたら、もう既に別の嫌がらせを俺たちにするべく、どこかで暗躍しているのかもしれない。


 まぁアイツのことを考えても、詮無きことだな。


 来たら来たで、また返り討ちにでもしてやるさ。




「それから村田パイセンなんだけど……どうやら今回の事件で男性恐怖症になったらしくて、今は保健室登校でカウンセリングに通っているっぽい」

「……そっか。こっちの都合に巻きこんじまって……インチョメには悪いことをしたな」

「まぁ元を正せば、村田パイセンが全ての始まりなんだけどね」




 大和田ちゃんの瞳には、インチョメに対しての心配の色がまったくなかった。


 その目は『自業自得だ。悪い男に引っかかった、自分の男運の無さを恨むんだな!』と雄弁に語っていた。


 相変わらず身内以外には厳しい女の子である。




「あと変わった事と言えば……そうそう! 何か会長がやけに思い悩んでいるような表情をするようになったかな」

「芽衣が?」

「うん。なんか切羽詰っているって言うか、シロパイが翼さんに言い寄られているときにしている顔と、同じ顔してるんだよね」

「ソレかなりヤベェ奴じゃねぇの?」




 鷹野に襲われている俺と同等の表情って……。


 メチャクチャ思い悩んでいるじゃねぇか、アイツ。


 あとでラインで、それとなく連絡してみよう。




「そっちもそっちで大変やのぅ。あっ、喧嘩狼! 林檎、剥けたで! はい、あ~ん?」

「おい鷹野君や? なに人のベッドにナチュラルに侵入したあげく、勝手に人のお見舞いの品の林檎を剥いているんだい? イカレているのかい?」

「あぁもう、タカさんいつの間に!?」




 大和田のあにあにの協力により、再び自分のベッドへと強制的に帰還させられていく鷹野。


 生娘の服を脱がすが如く、あられもない姿に剥かれた林檎をお皿の上に残して。




「嫌や、嫌やぁ~っ!?」と無理やり引きずられていくハードゲイを尻目に、俺は鷹野が剥いた林檎に視線を落とした。


 林檎をウサギさんの形に切ったソレは、相変わらず、ムカつくことにクオリティが高い。


 さらにムカつくことに、この男、またもやマイエプロン装着である。


 ほんと、裸エプロンじゃないことが唯一の救いだ。


 俺は奴のスペックの高さに、ただただ大和田ちゃん達と一緒にドン引きした。

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