第30話 進撃のブリーフ The・FINAL

『警戒体勢! 警戒体勢ぇぇぇぇぇっ!』

『ぶ、ブリーフだぁっ! 物凄い数のブリーフがせまってくるぞぉぉぉぉっ!?』

『へ、変態だ! 変態が編隊を組んでやってきたぞぉぉぉぉぉっ!?』


「「「「「ひゃっはぁぁぁぁぁっ! 汚物は消毒じゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」」」」」




 まるで世紀末救世主伝説のような奇声をあげながら、もの凄い勢いで漆黒に染まった廃工場を白に染め上げていく男たち、いや漢たち。


 身を守るモノは、頭の紙袋と下半身のブリーフ1枚のみ。


 それが1人ではなく、300人強居るのだ。


 地獄の鬼どころか、上弦の鬼でさえ裸足で逃げ出すほどの地獄絵図を前に、【東京卍帝国】の精鋭100人は、恐怖やらパニックやらで、まともに機能しておらず、それはもはやブリーフたちによる一方的な殺戮であった。


 そんなブリーフたちに向かって、ボス猿である芽衣が、これでもかと声を張り上げた。




「諸君っ! わたしは『誰』だ?」

「「「「「女神! 女神! 女神! 女神!」」」」」

「では諸君は『誰』だ?」

「「「「「信者! 信者! 信者! 信者!」」」」」

「よろしい! ならばこそ、諸君らにはわたしの身内を慈しみ、で、守ってほしい! 故に、わたしの身内である大神士狼を助けてやってほしい!」

「「「「「うぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」」」」」




 色んな所が盛り上がるブリーフ。




「もちろん負傷することもあるだろう。だが、そんなことを気にする者など、ここには居ないとわたしは信じている! むしろ名誉の負傷をしたくて仕方がない、勇気ある若者しか居ないと確信している!」

「「「「「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」」」」」




 叫ぶブリーフたちを前に、芽衣はゆっくりと救急セットを持ち上げてみせ、




「ちなみにわたしは、カッコいい男の子が大好きだ! 故に、ここで活躍して良い所を見せてくれれば……あとは分かるな?」

「「「「「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」」」」」

「さらに言うのであれば、その時に手などを負傷しているのであれば……あとは分かるな?」

「「「「「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」」」」」




 身体中の血液が、エナジードリ●クに入れ替わったかのように、雄叫びをあげるブリーフ。


 瞬間、ブリーフたちの心のエンジンに大量のガソリンが投下された。




「それでは――いけぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」

「「「「「イィ――――――ッ!」」」」」




 芽衣の号令と共に、ブリーフたちが【東京卍帝国】に襲い掛かる。


 純白のブリーフを鮮血に染め上げながら、喜々として卍帝国員に拳を叩きこむブリーフたち。


 泣き叫ぶ卍帝国構成員。


 ピカーッ! と紙袋の目の部分が光り、新たなる獲物を求めるブリーフ。


 本物の地獄絵図が、そこにはあった。




「う、うわぁ~……」




 そんなこの世の終わりのような光景を前に、ブリーフたちの背後に控えていた信菜が、何とも言えない声をあげた。




「なにアレ?」

「あっ、そういえばオオワダさんはアレを見るのは初めてだったよね?」

「初めてっていうか……えっ? 何でみんな、そんな冷静でいられるワケ?」




 もはやこの1年で感覚がバグってしまった洋子の声を聞きながら、信菜は助けを求めるように兄に視線を送るのだが。




「懐かしい光景ですねぇ」

「ワシらもやられたのぅ、この戦法」




 信愛と鷹野は、まるで初孫はつまごの成長をでる老夫婦のように、ブリーフたちに微笑みを向けていた。


 あ、あれ?


 おかしいのはウチなの? 


 ウチがおかしいの?


 自分の信じていた常識が足下から崩れていくのを感じる信菜の隣で、元気が感心したように「ほぉ~」と吐息を漏らした。




「流石は神々の摂理せつりあらがいし反逆の戦士【古羊クラブ】やな。古羊はんの一言で、コレだけの人数が集まるとは。まさに鶴の一声やのぅ!」

「ねぇ、古羊パイセン? ウチの学校には、変態しか居ないワケ……?」

「の、ノーコメントで」




 完全にドン引きしている乙女2人の目の前で、大量虐殺の妖精と化したブリーフが「ひゃっはぁぁぁぁぁぁぁっ!」と雄叫びを上げながら、卍帝国員に突っ込んでいく。


 一方的に卍帝国構成員を蹂躙じゅうりんしていくブリーフたちを前に、森実が誇るハードゲイは心底不思議そうに小首を傾げた。




「いやはや、それにしても不思議やのぅ?」

「? 何がですか、タカさん?」

「おかしいと思わんか、ノブ? 明らかに喧嘩慣れしている卍帝国の奴らを、何でブリーフ共は追い詰めることが出来るんや? ワシが見た所、ブリーフどもの戦闘力は、卍帝国の奴らの半分以下やで?」

「い、言われてみれば確かに……」

「ほんと、どういう仕組みなんや? ワシは夢でも見とるんかのぅ? スマンがノブ、ちょっとお尻を叩いてくれへんか?」

「そこは頬を抓るとかじゃダメなんですか……?」




 ゲンナリとしている信愛に、お尻を差し出す鷹野。


 そんな2人の疑問に答えるかのように、猫を被ることを辞めた芽衣が、不敵に微笑みながら口をひらいた。




「ふっふっふっ! 人間という生き物は、自分の理解の範疇はんちゅうを超えたモノが何よりも怖いのよ。想像してごらん? 夜中、帰り道に突然、全裸の男が現れる光景を」




 そう言われて、全員芽衣に従うようにその光景を想像し……ブルリッ!? と身体を震わせた。




「どう?『蹴散らしてやろう!』とか思うよりも先に、恐怖が先にこなかった? つまり、そういう事よ」

「あぁ、なるほど。そういう事ですか」

「えっ? つまりどういうコトなの、お兄ちゃん?」




『意味が分からない』とばかりに首を捻る妹に、信愛は自分なりに芽衣の言葉を噛み砕いて説明してあげた。




「つまりですね? 今の【東京卍帝国】の人たちは、あのブリーフ軍団を前に、戦闘意欲よりも先に恐怖が先にきて、身体が硬直しているんですよ。結果、普段通りの力が出せずに、ブリーフ軍団に簡単に蹂躙されてしまっているんです」

「な、なるほど?」




 分かったような、分からないような。


 とりあえず信菜は、深く考えることを辞めた。


 世の中には知らなくていい事がたくさんあるのだ。


 きっとコレは、その類のヤツに違いない。


 1人そう納得して、うんうん! と頷いた。


 信菜がそんな事をしている間にも、ブリーフたちの進撃は止まらない。


 波の如く押し寄せては、漆黒の特攻服を呑み込んでいく。


 敵が波濤はとうならば、迎え撃つブリーフもまた波濤。


 もはや卍帝国員たちに戦闘意欲は無く『いかにしてこの場から離脱するか』だけが彼らの脳内を支配していた。


 それもそうだろう。


 なんせ真冬に、ほぼ全裸の男達が純白のブリーフを返り血で真っ赤に染め上げながら、狂ったような笑い声を上げ、迫って来るのだから。


 もはや悪夢以外の何物でもない。


 何なら貞操の危機さえある。




「ヤバい……ウチ絶対に今晩コレ夢に見るわ。というか、うぇっ!? 気持ちワル!?」

「だ、大丈夫オオワダさん!?」

「どうしたんや、大和田はん? 急にえずいて? つわりか?」

「おいハゲ!? ウチの妹にセクハラすんじゃねぇ!」

「あぁん!? ハゲはキサマやろが! 鏡見たこと無いんか、このキンタマがぁ!」




 あぁんっ!? と、お互いの胸ぐらを掴み合い、ガンを飛ばし合う元気と信愛。


 どうやら、この2人は根本的に性格が合わないらしい。


 芽衣はそんなタマキン☆ブラザーズを横目にしつつ、パチンッ! と指先を鳴らした。




「ブリーフセブン。ブリーフ7は居ますか?」

「――ハッ! ここにっ!」




 シュバッ! と、音も無く6人の前に現れたガチムチブリーフに、洋子と信菜が「うわぁっ!?」と驚きの声をあげた。




「って、あ、あれ? み、ミツハシくん!? これ、ミツハシくんだよね!?」

「そう言えば、アマゾンも【古羊クラブ】会員やったのぅ」

「ミツハシ? アマゾン? 否(いな)! 我は【古羊クラブ】の誇り高きシングルナンバーが1人『疾風怒濤のアマゾン』である!」

「うん、だからミツハシくんだよね?」




 洋子のもっともなツッコミを無視しつつ、アマゾン改めブリーフ7は、芽衣に向かって深々と頭を垂れた。


 芽衣はそんなブリーフ7に向かって、猫を被り、




「ブリーフ7。今からこの場の指揮権を、アナタに譲ります。より武勲ぶくんを立てた者には、わたし直々に『黒の宝具』を授けましょう」

「ハッ! ――喜べ、お前らぁ! 武勲を立てた者には、姫から直々にパンストをプレゼントして貰えるぞぉぉぉぉっ!」




 ――うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!



 大地を轟かさんばかりの野郎共の雄叫びが、夜空へ吸い込まれていく。




「ちょっ、メイちゃん!? いいの!? そんなコト言って!?」

「問題ないわ。あげるのはコンビニとかで売ってある新品のパンストだし。それに誰も『アタシの使用済み』のヤツをあげる、なんて言ってないしね」

「うわぁ……。屁理屈ここに極まれりだよぉ……」

「つぅか会長、キャラ変わり過ぎじゃね? なんかヤバい薬でもキメてんの?」




 素の芽衣を初めて見た信菜が戸惑った声を上げると同時に、アマゾンがブリーフたちを鼓舞するように、声を大にして叫びだした。




「おまえらぁ! 女神さまをたたえろぉぉぉぉぉぉっ!」

「「「「「V8ぶいえいとッ! V8ッ! V8ッ! V8ッ!」」」」」

「ここだけマ●ドマ●クスの世界じゃん……」




 身体全体を使って8の数字を作るブリーフたちを、ドン引きした様子で眺める信菜。


 なるほど、これが世の末か……。


 日本の未来が心配だ。


 1人今後の日本についてうれいていると、




「グハッ!?」




 真っ白なブリーフが足下まで転がってきた。


 うひぃっ!? と、乙女らしからぬ悲鳴をあげる信菜。


 そんな彼女の目の前では、たった2人の男達によって、千切っては投げられているブリーフたちの姿があった。




「ブリーフ30サーティーン! ブリーフ101ハンドレッドワンっ!」




 芽衣が悲痛な声を上げるが、ソレを打ち消すように、漆黒の特攻服に身を包んだ2人の男――アフロとモヒカンが大きく溜め息をこぼした。




「ハァ、まったくなげかわしいぜ……。天下無敵の我が【東京卍帝国】のメンバーでありながら、この体たらく。あとで【お仕置き】が必要だな」

「おい、お前らだろ? このバカ騒ぎの主催者は? ウチにちょっかいかけて、タダで帰れると思ってるワケじゃねぇだろうなぁ?」




 ズアッ! と、2人から放たれる威圧感に、思わず生唾を飲みこんでしまう芽衣。


 どうやらこの2人だけは、他の奴らとは別格らしい。




「彼らは……」

「知っとるんか、ノブ?」

「はい。彼らは東京卍帝国の6人の大幹部【シックス・ピストルズ】が1人、【双子ジェミニ】の近衛兄弟です」

「チッ。また余計なヤツが出てきたわね」




 予想外の大物の登場に、芽衣は急いで対処するべく思考を回転させようとするが、それを遮るように鷹野と信愛が1歩前へと歩み出た。




「ほぉ? どおやらアンさんら2人は、少しは骨がありそうやなぁ。そんじゃまノブ、ここは任せたで?」

「はい、任されました」

「よしっ! ほな工場へ急ごか!」




 そう言って、先頭を切って歩き出す鷹野に、芽衣は静かに声をかけた。




「……いいんですか?」

「ええんや。覚悟を決めた男に花を持たせるのも、イイ女の条件やで?」




 そう言ってパチンッ☆ とウィンクかます鷹野。


 よほど信愛を信頼しているのか、彼が負けるなど1ミリも思っていないらしい。


 そんな鷹野の台詞に芽衣も覚悟を決めたのか「ありがとう大和田くん!」と口にしつつ、その場を後にする。


 洋子と信菜も、その後をついて行くように駆けだして、




「が、頑張ってね、お兄ちゃん!」

「えぇっ、任せてください」




 妹の可愛い声援を背に、アフロとモヒカンに対峙する信愛。


 アフロはそんな信愛に対して、肩を竦めて見せながら。




「おいおい? オレたち2人を相手に、たった1人で足止めしようってか? それは調子が良すぎるんじゃねぇの、テメェ?」

「――1人? どこを見とるんや、陰毛頭? その目は肉穴か?」




 突然隣から声が聞こえ、信愛は思わず横に振り向いてしまう。


 そこにはアホ面全開の猿野元気が、ポキポキと拳を鳴らしながらアフロをまっすぐ射抜いていた。




「あ、アホ猿……どうしてここに?」

「勘違いすんなや、ハゲ? 別にアンさんを助ける為に残ったワケやないで? ただワイはワイで暴れたかっただけや」




 文句あるか? と、信愛を横目で睨む元気に、思わず苦笑してしまう。


 性格もソリも合わない2人ではあるが、お互いに相手の実力は嫌というほど知っている。


 だからこそ信愛は文句を言うことも無く、ただ真っ直ぐモヒカン頭の野郎へと意識を向けた。




「……いいでしょう。それではわたくしは、あのモヒカンの方をやります」

「OK、OK。じゃあワイは、あの陰毛頭やな」

「あぁん!? 誰が陰毛頭だってぇ!? 決めたぞ、おまえは絶対にオレの手でぶっ殺す!」

「ハッ! れるもんならやってみぃ! 最初に言っておくが、ワイはここに居るパチンコ玉よりも強いで!」

「ちなみにわたくしは、ここ居るアホ猿よりも100倍強いですけどね」


「「……(胸ぐらの掴み合い)」」


「……なんだ、こいつら?」




 お互いの襟首を全力で締め上げている元気と信愛に、モヒカンがドン引きしたように1歩後ずさった。


 そんなモヒカンの視線に気づいた元気と信菜は、気まずそうに目線を逸らしながら、乱暴にお互いの胸ぐらから手を離した。




「ごほんっ。まぁこんな弱弱よわよわなタマキン野郎はいつでも仕留められるさかいな、後回しや。まずは陰毛、おまえからや」

「こほんっ。まぁこんな脳みそチンパンジーはいつでも仕留めることが出来ますからね、後回しです。まずはそこのモヒカンさん、あなたからです」


「「……(ガンの飛ばし合い)」」


「……マジでなんなんだ、コイツら?」




 今にもキス出来そうな至近距離で、互いにメンチを切り合う元気と信愛。


 そんなミニコントを見せられたアフロとモヒカンは、何とも言えない可哀そうな子を見る目で、2人を見守るのであった。

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