第31話 猿とタマキンが手を組んだ!

「おいタマキン? 『誰が』『誰を』いつでも仕留められるってぇ? もう1度言ってみろや、あぁん!?」

「誰が『タマキン』だ、チンパンジーッ!? オレには『大和田信愛』って言うカッケェ名前があるんだよ! まぁ、猿には分からんと思うが!」

「あぁん!? 誰が猿やねん! ワイにも『猿野元気』ちゅうワンダフル☆グレイトな名前があるんや! シバくぞ、ポンコツ!」

「「あぁんっ!?」」




 眼前のアフロとモヒカンの事など、既にアウト・オブ・眼中らしく、互いにメンチを切り合う元気と信愛。


 もう相手の事しか目に入っていない。


 なんなら、このまま恋が走り出しそうだ。


 と、そこでイチャコラし腐っている元気と信愛の名前を聞いたアフロの眉根が、ピクンッ! と跳ね上がった。




「『大和田信愛』って言うと、九頭竜高校の№2じゃねぇか。もう1人のサルノって奴は知らんが」

「いや待て? サルノ……さるの……猿野……ハッ! 思い出した! アイツ、中学時代に喧嘩狼とコンビを組んで、このあたり一帯を支配していた『キングコング』だ!」

「アイツが!? アイツが、あの幻の喧嘩屋『キングコング』なのかよ!?」

「あぁ。ここ1、2年ほどパッタリと噂を聞かなくなったが、間違いねぇ。あの風貌ふうぼうに狂った言動……『キングコング』だ!」




 アフロとモヒカンの話が耳に届いたのか、元気は「んあっ?」と間の抜けた声を発しながら、信愛から視線を切った。




「なんや今、えろぅ懐かしい名前を聞いた気がするが?」

「いいからさっさと離せ、チンパンッ!」




 パンッ! と元気の手を無理やり引き離し、襟首を整え直す信愛。


 そんな信愛の態度に、こめかみをピキピキさせていた元気だったが、彼の怒りの導火線に火がくよりも早く、アフロの強襲気味の拳が元気の眼前へと迫っていた。




「うぉっ!? いきなりなんや、この陰毛!?」

「誰が陰毛だ!?」




 アフロの拳を薄皮1枚で避ける元気。


 そんな元気に、アフロはニヒルな笑みを浮かべて、こう言った。




「オレは【東京卍帝国】が誇る6人の大幹部【シックス・ピストルズ】の近衛右近このえうこんだ! さぁ行くぜ、キングコング? 準備はいいか?」

「上等や……来い! ウンコの大将!」

「右近だ、バカ野郎っ!」




 雄叫びを上げながらアフロ、もとい右近が元気に殴りかかる。


 そのすぐ横で、信愛とモヒカンも、睨み合うような形で静かにたたずんでいた。




「では、こちらも名乗っておきましょうかね。九頭竜高校の大和田信愛です。アナタを倒す男の名ですよ」

「ならオレも名乗っておこう。近衛左京このえさきょう……おまえを倒す男の名だ」




 2人とも静かに微笑み合うと、どこからともなく近づき合い……お互いの頬に固い拳を叩きこんだ。




「「~~~~ッ!」」




 2人の骨が軋みをあげ、鼻から赤い電流が迸る。


 それでも信愛は1歩も引き下がることなく、大地を踏みしめ、再び拳を振りかぶる。


 それはモヒカン……左京も同じだった。


 2人の拳が空中で交錯し、互いの顔を捉える。


 そしてお互いの顔が明後日の方へ吹き飛ぶ。が、それでも2人とも1歩も退かない、退く気がない。


 お互いに防御無視の殴り合い、乱打戦。


 殴っては殴られ、殴られてはまた殴り返す。


 そこに喧嘩の技術は何も無い。


 あるのは純粋なまでの男のプライドのみ。


 互いの顔が鮮血に染まろうが、地面に血の華が滲もうが関係ない。


 どちらが先に倒れるかのチキンレース。




「ハァ、ハァ……ブホッ!? さ、流石はあの鷹野の右腕なだけはある……。久しぶりだぜ、こんなに楽しい喧嘩はよぉ」

「ハァ、ハァ、ハァ……ふぅ~。……そうか、そりゃよかった。でも楽しんでいるとこ悪いが、次でしまいだ」




 鼻が潰れ、口の中に血が逆流するモヒカン。


 同じく、口の中に溜まった血を吐き捨てる信愛。


 無酸素運動で走り抜けてきたように、2人の身体はすでに悲鳴をあげていた。


 が、それでもその瞳の奥に宿る闘志だけは衰えない。




「きっと出会い方が違えば、すこぶる仲良くなれただろうなぁ、オレたち」

「同感だ」




 にししっ! と、イタズラ小僧のように笑い合う2人。


 そしてお互い「決着だ!」と言わんばかりに、大きく拳を振りかぶり、相手の顔面へと振り抜いた。


 避けようと思えば避けられる大振りの拳。


 それでも2人は1歩も退くことなく、互いの拳を顔で受け止めた。


 それがここまで戦い抜いた相手への誠意だと信じて。




「「…………」」




 数秒の静寂。


 そして訪れる終わりのとき。




「――ぶほっ!? 大和田、おまえ……エエ男やのぅ」




 鼻から血を吹いて、ゆっくりとその場に崩れ落ちていく左京。


 そんな左京に、信愛は満ち足りた表情でこう言った。




「近衛左京、か……。おまえの名前は一生忘れない」




 こうして信愛に軍配が上がったこの勝負の真横で、もう1つの勝負もクライマックスへと突入しようとしていた。




「オラオラッ!? どうしたキングコング!? そんなもんかぁ、あぁん!?」

「うぐぅっ!?」




 アフロこと右近の引き絞った鋭い一撃が、元気の腹部に突き刺さる。


 途端に苦悶の表情を浮かべる元気だが、「離れろ!」と言わんばかりに前蹴りを繰り出す。


 が、アフロが素早くバックステップを踏み、それを難なく避ける。


 苦しげに息を吐く元気。


 そんな元気を、愉悦ゆえつに満ちた笑みで見据える信愛。




「おいおい? 苦戦してんじゃねぇか、アホ猿。交代してやろうか?」

「ハァ、ハァ……ハンッ! 冗談やろ? ようやっと体が温まってきた所なんや。黙って見とれ、このキンタマ」




 相変わらず一言多い男だ、と悪態を吐く信愛を尻目に、ゆっくりと右近に向かって拳を構える元気。




「向こうも終わったみたいやし、コッチもそろそろ終わらせよか?」

「ハッ、ほざけ! そんな余裕ぶっこける状況か、ゴリラぁ!」




 右近の矢のような鋭い拳が、元気に腹部へと再び伸びる。


 元気はソレを避ける事などせず、真正面から受け止めてみせた。


 途端にドンッ! という鈍い音が、闇夜に響き渡る。


 確かな手ごたえに、右近がニッチャリと邪悪に微笑んだ。




「手ごたえアリだ。これで終わりだ」

「あぁ、これで終わりや」

「……ハァ?」




 ほうける右近の顔へ、元気の右手がゆっくりと伸びていく。


 そして右近の顔を元気の手がガッシリ掴んだ瞬間。



 ――ギリギリギリギリギリィィィィィィッ。




「アガッ!? アガガガガガガガガッ!?」




 万力のごとき力で、顔面を握りつぶされる右近。


 その想像を絶する痛みに闇雲に暴れるが、元気の拘束は一向にほどける気配がない。




「おい陰毛、ゴリラの握力舐めんなや? 人間の頭なんて、一瞬で粉みじんやで?」

「アガガガガガガガガッ!? ガァッ!?」




 ゴキンッ! と、何かが外れたような音が聞こえた次の瞬間には、右近の手足からダランッ!と力が抜けた。


 途端に元気がパッ! と右手を離すと、



 ――どしゃり!? 



 壊れた人形のように、右近はその場へ倒れ込んでしまう。


 おいおい、こいつっちまったか!?


 と一瞬焦る信愛だったが、右近が肩で息をしているあたり、問題なさそうだと判断し「ほっ」と息をこぼした。




「……大分苦戦したようですね。まぁ相手もかなり強かったみたいなので、しょうがありませんが」




 ハァハァ……と、変質者のように荒い呼吸を繰り返す元気に、信愛はいつもの丁寧な口調に戻して、やや挑発気味に言ってやった。




「ハァ、ハァ……うるさいで、パチンコ? それよりも、ソッチはどうや?」

「とっくの昔に終わってますよ」




 荒い呼吸を沈める間に、軽口の応酬を繰り返す2人。


 そんな2人の肌を、冷たい夜風が吹き抜けていく。


 2人の火照った肌が風にさらわれ、心地よい刺激となって前髪を揺らす。




「ふぅ……よしっ! 落ち着いた。ほなっ、相棒たちを助けに行くべ、パチンコ」

「わたくしに命令しないでください、アホ猿」




 そう言って2人は、芽衣たちの後を追うように廃工場内へ向かって歩いて行く。


 なんやかんやで、良いコンビな2人であ――




「まぁ、わたくしにかかれば、あの『右近』と呼ばれた男程度であれば、30秒で沈められたんですけどね」

「ハァ? それを言うならワイだって、あのモヒカン程度なら20秒で仕留められたわ!」

「……あっ、間違えました。10秒の間違いでした」

「おっと、ワイも間違えたわ。ワイなら5秒で釣りがくるで」

「「…………」」




 ピタッ! と、その場で停止する信愛と元気。


 2人は長年連れ添った夫婦のようにニッコリ♪ と微笑み合い――互いの拳を相手の頬へ叩きこんだ。


 かくして「そんなことしている場合じゃねぇよ!?」というツッコミを無視して、大和田信愛VS猿野元気のラウンド2が幕を開いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る