第29話 そして『最強』がやってくる

 俺、大神士狼の人生において『負け』という言葉ほど、縁のない言葉は無かった。


 強いて言うのであれば、最後に『負け』を意識したのは、去年の8月の終わり頃に行われた、学力強化合宿のときだろうか。


 コレは北海道にある割と大き目のホテルに泊まり、アマゾンが脱衣所にあった業務用掃除機で己の股間のモノを吸い込んで「あんぎゃ~っ!?」と大地を轟かさんばかりの雄叫びと共に、女の子にメタモルフォーゼしかけたあとに起こった事件だ。


 学力強化合宿の予定も無事に消化し、あとは寝るだけとなった、その日の夜。


 部屋割りは俺、元気、アマゾン、相沢という鉄板の布陣に、田坂と言うごくごく真っ当な一般人が混じってしまったが、まぁそんな事はどうでも良かった。


 なんせ出発前にアマゾンから




「バスケ部の先輩に教えて貰ったんだけどさ? ……この学力強化合宿ってさ、男女が結ばれる確率が非常に高いらしぜ?」




 という都市伝説を教え貰っていた俺のピュアピュアハートは、激しく震えていた。


 アマゾンの言葉を信じるのであれば、知的でクールなナイスガイとちまたでもっぱらの噂(になる予定)の俺の居るこの部屋に、女の子が大挙して押し寄せて来ることは明白だったし、なんならエロい体験どころか大人の階段をエスカレーターで上るコトは、もはや確実とさえ言えた。


 だというのに、何故俺はいまだに何となく買ってしまった木刀で、元気と2人で『チャンバラごっこ』にきょうじているのだろうか?


 誰も口には出さなかったが、みな同じように「何かがおかしい?」と考えていたに違いない。


 もう俺に至っては優秀すぎるが故に「はっは~ん? さてはこの彼女の持ち元気バカが居るせいで、女の子が来れないんだな?」と、奴を窓の外へフライ☆アウェイさせる計画を立て始める始末だ。


 そんな時だった。


 青春ブタ野郎の田坂が「……もう、夢を見るのは止めないか?」と俺たちに進言してきたのは。


 実際、田坂がそんな事を言わなければ、我が親友は北海道を彩る綺麗な星座の1つになって、後世に名を轟かせていた事は間違いなかったし、何なら部屋の窓から下を確認した際に、大きな池があるのを発見していたし、4階ではあるが元気のゴキブリ並みの生命力ならば、まず死にはしない事は確実だった。


 まぁ万が一の時のために、アマゾンらを買収し「今夜は月があまりにも綺麗だったから、元気はピーターパンに連れて行かれちゃった♪」と口裏を合わせる約束までしていた位だが……全部無駄に終わってしまった。


 分かっているさ、現実はいつだって非常だってことくらい。


 パンを咥えて登校しても美少女転校生とは出会わないし、空から女の子は降ってこない。


 異世界へ転生してチートでハーレムを築くことなんて……出来やしないってことくらい、分かっているのだ。


 まるで「現実をみろ」と世界に言われているような、そんな気がして、気落ちした。


 そんな時だ。


 もはや神託と言ってもいいタイミングで、アマゾンが口を開いたのは。




 ――そろそろ、女の子たちは寝静まった頃かな、と。




 瞬間、この場に居た全員の脳裏に、稲妻めいた言葉が浮き上がった。






『そうだ、女子部屋に潜入しよう』……と。






 きっと女子たちは学力強化合宿場の移動の飛行機で、バカみたいにはしゃいでいたから、今頃は疲れ果てて眠っているハズ。


 となれば、あられもない姿で眠っている事は間違いない。


 ふと見上げれば、全員俺と同じ顔をしていた。


 ――大神、行こう。


 アマゾンのその言葉で覚悟が決まった俺たちは、すぐさま計画立案会議へと移行した。


 俺たち男子は4階、そして学校側の巧みな策略により、3階の教師の部屋を挟んで、2階に女子の部屋があった。


 そこまでなら何も問題は無いのだが、問題は教師陣の巧みな策略により、階段とエレベーターの前に椅子を用意したヤマキティーチャー達がスタンバイしている事である。


 こうなってくると、もはや女子の部屋がある2階へは窓を伝って行くしかない。


 しかし、どうやって? 


 俺たちは一斉いっせいに頭を抱えた。


 そのとき、アマゾンが持って来ていたボストンバックから未来の猫型ロボットよろしく、黒と黄色のあの頑丈なロープを5本取り出したのだ。



 ――『もしも』の時の備えさ。



 そう言ってニヒルに笑うアマゾン。


 一体どんな時のための『もしも』なのか、問いただしたいこと山の如しだったが、俺達はあえて口を閉じた。


 かくしてコレを使ったラぺリング降下作戦を実施じっしすることに。


 これで俺たちの行く手を阻むモノは何もなくなった。


 スマホで調べれば、音も無く窓を割る方法はいくらでも出て来るし、そのままさりげなく彼女たちが眠る布団の中へ忍び込み、シレッと朝までお互いの体温を感じて、その後は……むふふふふっ♪


 なぁに問題ないっ!


 割れた窓ガラスの前で「実は俺たちって寝相が悪くってさぁ! 笑っちゃうよね、ハハッ!」とかバカみたいに笑っていれば、多分どうにかなる。


 正直、今となっては「何やってんだ、俺?」と冷静にツッコムことが出来るが、あの時の俺たちは性欲に負けていた。


 さらに正確に言うのであれば、己の下半身に負けてしまっていた。



 ――作戦開始や!



 チームリーダーである元気が叫ぶと同時に、俺たちはロープの片方を部屋の柱に縛りつけた。


 あとはこのロープを体に巻きつけるだけ。


 だがその瞬間、唐突に俺のポケットから軽快な音楽が場の空気をかき混ぜた。


 ええぃ、こんな大事なときに、ナニ奴だ!?


 俺はキーッ! と怒り狂いながら、ポケットからスマホを取り出すと、そこには「古羊洋子」の文字がデカデカと映し出されていた。


 どうやら芽衣と同じく、成績上位者のみが参加することが出来る【東京組】のマイ☆エンジェルからの着信らしい。


 俺は「早くしろよ、カス」と仲間たちの温かい声援を背中に、部屋から出て画面をタップした。


 途端に俺の耳に甘い声音が優しく染み渡った。




『あっ、ししょー? こんばんはぁ~! 今、大丈夫? そっかぁ、よかったぁ。……えっ? そ、その……ね? きゅ、急に声が聞きたくなっちゃって。えへへ』




 と甘えた声ではにかむ、我が1番弟子。


 おいおい、なんだコイツ?


 可愛さのテロリストかよ?


『えへへ……』と、恥ずかしがりながら、モジモジと頬を染めるマイ☆エンジェルの姿が簡単に想像でき、俺の下半身に宿った性欲を一瞬で浄化してくれた。


 気がつくと俺は、かなり長い時間、爆乳わんと電話をしていた。


 今日あったコトや、お昼に食べたフレンチ、スカイツリーから見渡して世界など、とめどないコトをいつまでも話続けた。


 俺がバカなことを言って、よこたんが笑ってくれる。


 それがたまらなく嬉しくて、ついついまたバカな事を言ってしまう。


 そんな2人だけの空間。


 俺達だけの空間。


 何人たりとも邪魔する事など出来ない、絶対の時間。


 楽しかった。


 すこぶる楽しかった。


 だから階下で聞こえてきた――




 ガッシャァァァンッ!? パリィィィィィンッ!? 




 ――と窓ガラスを粉砕する音と「キャァァァァァァァァァッ!?」と泣き叫ぶ女の子たちの悲鳴なんか、まったく気にならなかった。




「お、おいっ!? 話が違うで!?」と、慌てるティンカーザル。


「み、みんな落ち着いてくれ! オレたちは変態でも強姦魔でもない! オレたちは……そう! 今宵キミたちをネバーランドへと連れて行くピーターパ」と言いかけて、何者かに口を封じられるアマゾンパン。


 ジリリリリリリリリリッ! と、けたたましく鳴り響く警報ベルに、トドメと言わんばかりのヤマキティーチャーの怒声。




『ん? なんだか騒がしいけど、何かあったの?』




 と可愛く尋ねてくるラブリー☆マイエンジェルに、「何でもねぇよ」と知的に答える俺。


 そして俺たちはヤマキティーチャーの怒声とアマゾンらの悲鳴と共に、いつまでも話続け――アレ? 


 何の話をしてたんだっけ、俺?


 う~ん?


 意識が朦朧としていて、思考がフワフワしているぞぉ?




「――起きろ、山猿」




 瞬間、俺の体にてつくような冷水をぶっかけられ、ふわふわ♪ と空中を漂っていた俺の意識が一瞬で覚醒した。




「プハッ!? ごほっ、ごほっ!? ……あっ? こ、ここは? つうぅ!?」




 飲みこんでしまった水を、むせびながら吐き出した途端、身体中に鈍い痛みが走った。


 思わず顔を歪め、自分の身体を両手でさすろうとするが、



 ギシッ。



「ハァ? なんじゃこりゃ?」




 両手足を結束バンドか何かで拘束されているようで、両手どころか両足すら動かせない。


 おいおい?


 先ほどの冷水といい、この拘束といい……どうやら俺は気を失っている間にSMプレイ専門店にでも連行されたらしい。


 クソッたれめ!


 嬢は誰だ!? 


 いやそれよりも、気を失っていた間は料金が発生するのか?


 延長は可能なのか?


 あぁもう!?


 聞きたいことが山のように溢れかえて、逆に口から出ていかねぇ!


 とりあえず、俺が指名したと思われる嬢が隣に居る雰囲気がしたので、何とか芋虫のような身体をクルリと反転させ、我が女王様に声をかけた。




「あの、すみません? ちょっと僕、気を失ってたみたいなんですけど……これってプレイ料金は発生――」




 しますか? と続くハズだった俺の言葉は、マッハの速度で悠久へと飛んでいった。


 俺の隣、そこに居たのは、顔中涙や血やらでドロドロのパンパンに腫れあがった風紀委員長が居た。ってぇ!?




「む、村田インチョメ!? だ、大丈夫か!? ……って、気を失ってる?」




 コヒュ、コヒュ!? と、苦しそうに呼吸を繰り返すインチョメを見て、俺は意識を切り替える。




「おいおい? いくら過激なプレイをお望みだからって、これはヤリスギだろ? もっとお客のニーズに合ったプレイ内容を考えないと――」

「相変わらず日本語の通じないクズだなぁ。頭悪すぎ……これだから山猿は」

「あん? 誰が山猿だってぇ?」




 真上から侮蔑ぶべつ極まりない男の声が降り注ぎ、思わず反射的にそちらを睨むと、そこにはバケツと竹刀を持った佐久間亮士が、冷ややかな目で俺を見下ろしていた。




「佐久間……」

「改めまして、久しぶりだね山猿クズ




 ニチャリ♪ と邪悪に微笑む佐久間。


 その背後では、タイガーが鉄骨か何かに腰を降ろして月を見上げていた。


 瞬間、俺の脳裏にタイガーとの公園での1戦が蘇る。


 そうだ、確か俺はタイガーの拳を受け続けて、それで気を失って……。


 あれ? 


 でもここ公園じゃないよな?


 じゃあどこだ?




「ココがどこだが気になってる顔だね。いいよ、気分がいいから特別に教えてあげる。ココはね、町はずれの廃工場だよ」




 どうやらココはSM専門店でも何でもないらしい。


 佐久間は邪魔だと言わんばかりにインチョメを蹴飛ばすと、持っていたバケツをひょいっ!と放り投げた。


 それがゴンッ! という音と共に、俺の頭にヒット。


 痛くはないが、愉悦ゆえつ満面の笑みを浮かべる佐久間の顔が、心底不愉快だった。




「いい姿だね、山猿。本当はもっと色々したいんだけど、おまえは芽衣と鷹野くんをおびき出すためのエサだからね。今はこの程度で勘弁してあげるよ」

「そりゃどうも。佐久間おまえは相変わらずクソ野郎で安心したよ。これなら全力でぶっ飛ばしても、俺の良心は痛みそうにないな」

「へぇ~、この状況で僕に『勝てる』とでも思ってるんだぁ? 前回マグレで勝ったクセに調子に乗るなよ?」




 グリグリッ! と、持っていた竹刀で頭を小突かれる。


 とりあえず軽口を叩いている間に、手足の拘束がほどけないか身をよじってみるが……駄目だ。


 よほどキツく縛っているのと、身体中が痛んで力が出ないとのダブルパンチで、ビクともしなかった。




「あの芽衣クズったら次は山猿、お前だからな? それまでビクビク震えながら待ってるといいよ」

「そうか。じゃあテメェは一生俺に手を出せねぇな」

「……はぁ?」




 何言ってんだコイツ? と、佐久間の怪訝けげんそうな瞳が俺に突き刺さる。


 そんな佐久間に俺は「してやったり」と無理やり笑みを顔に張りつけながら、堂々と言ってやった。




「残念だけどさ、おまえらは選択を間違えたよ。俺の仲間の中にはメチャクチャつえぇ奴が居るからよぉ」

「鷹野くんの事かな? それこそ残念だけど、ウチの総長にかかれば、赤子の手をひねるより簡単に――」

「アイツじゃねぇよ。……テメェがクズだと罵った女だよ」

「……へぇ、それは興味深いな」




 佐久間の瞳が獰猛な蛇のように鋭い光を宿す。


 俺はその瞳から逃げることなく、真正面から受け止め、断言するように口をひらいた。




「アイツは確かに腹黒で、見栄っ張りで、どうしようもないまでに虚乳だけどさ。踏みつけられようが、ボロボロにされようが、何度でも、何度でも立ち上がるんだよ。テメェがクズだと言った女は、この世で1番強い心を持ってんだ。……この世で1番、優しいな心を持ってんだよ。人を心の底から愛することが出来る、強くて優しい心を持ってんだよ。テメェはそんなアイツを怒らせた。怒らせちまった」

「……ハッ! アホらし。黙って聞いていれば、好き勝手言ってくれちゃって。いくら芽衣が何か策をろうしようが関係ないんだよ、コッチは」




 佐久間は「いいことを教えてあげるよ」と、得意気にニチャリと微笑み、




「今、この工場の周りには【東京卍帝国ウチ】の選りすぐりの精鋭100人が待機しているんだよ。あの芽衣クズが何を仕掛けてこようが――」




 関係ない、そう口にしようとした佐久間の台詞が、突如工場内へと入ってきた特攻服の男によって遮られた。


 漆黒の特攻服にマスクで顔を隠した男は、慌てた様子で「た、大変です副長!」と声を荒げながら佐久間の元まで駆け寄ってきた。




「チッ、うるさいなぁ。そんな大きな声を出さなくても聞こえてるよ。ナニ? 今、いい所なんだけど?」

「そ、それが、そのぅ……」




 マスク男は、至極言い辛そうにモゴモゴしていた。


 そんなマスク男の態度にごうを煮やした佐久間が「早く言え」と、苛立ちを隠す事なくかした。


 途端にマスク男は直立不動で「は、はいっ!」と返事を返しつつ、意を決したように、こう言った。




「ほ、報告します! 現在、頭に紙袋を被り、純白のブリーフ1枚で武装した男たちの襲撃にっています! その数……およそ300です!」


「「……はぁ?」」




 そのあまりにアホらしい報告に、佐久間どころか月見中だったタイガーでさえ、素っ頓狂な声をあげる始末だ。


 途端にマスクの兄ちゃんの言っている事が本当であることを証明するかのように、




 ――うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ! 女神さまバンザぁぁぁぁぁぁぁぁイ!




 と男たちの野太い雄叫びが、俺たちの居る廃工場をこれでもかと揺らした。




「な? だから言ったろ? おまえらは選択を間違えたって」




 俺はおののく野郎どもに向けて、不敵に微笑んだまま、再びこう口にした。




「さぁ来るぜ? 俺たちの『最強』がよぉ」

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