第28話 『古羊芽衣』という女は、逆境に追い込まれた時にこそ、その真価を発揮する人間である
「――えぇっ!? し、ししょーが捕まったぁ!?」
「……会長、もう少し詳しく説明して欲しいし」
洋子と信菜の声が、人気の居ない十字路へ木霊する。
駅前の公園から命からがら逃げだすことに成功した芽衣は、一旦生徒会役員全員に大神家の前へと集合するようにメッセージを送った。
東の空から夜がやって来るのとほぼ同時に、洋子と信菜、信愛と鷹野、そして葵と心を家まで送ってきた元気が、大神家の前へ姿を現した。
芽衣はそんな彼女たちに向かって、
「言葉通りの意味です。罠に
「そ、それじゃ!? し、ししょーは『どうなった』の、メイちゃん!?」
「……わかりません。士狼のことでしょうから、何とかしているとは思いたいんですが……」
「まぁ十中八九、捕えられているでしょうよ。いくらシロパイでも、相手はあの【東京卍帝国】で、しかも100人以上は居たんっしょ?」
もうすぐ日が沈む。
この場に居た乙女たちの気持ちも、同じく沈んでいく。
そんな乙女たちの雰囲気をぶち壊すように、猿野元気は
が、すぐさま信愛に肩を掴まれ、制止させられてしまう。
「どこへ行く気ですか?」
「……相棒を助けに行ってくるんや。離せや?」
「1人で、ですか? 何の策もなく? 大体、大神さまがどこに居るのか分かっているんですか? 絶対にもう公園には居ませんよ?」
「うるせぇぞハゲ。いいから離せや」
刹那、信愛のコメカミからブチッ! と血管のブチ千切れる音がした。
「あぁっ!? 誰がハゲじゃ、このアホ猿がぁ!?」
「おまえや、おまえ。そのボウリングの球みたいな頭をした奴が、他に居るか?」
「ぶっ殺すぞテメェ!?」
「やってみろや? ワイに負けた三下のクセに」
「~~~ッ!? こ、の、ア、ホ、ザ・ルがぁ~っ!? たかが1度勝ったくらいで、粋がるじゃねぇよ!」
「なら、もう1回やってみるか? ……まぁ今度は鼻が折れる程度じゃ済まんと思うがなぁ」
上等だゴラァ! と、今にも元気を殴りつけんとする信愛。
一触即発の空気を放つ2人に気づいた洋子と信菜は、慌てて2人の間に身を滑り込ませた。
「お、落ち着いて、サルノくん!? け、喧嘩している場合じゃないよぉ!」
「お兄ちゃんも落ち着けし! 今はそんな事をしている場合じゃないっしょ!?」
「……そうやな、スマン。ワイともあろう男が、ちょっと頭に血がのぼって、冷静さを欠いとったわ」
「いえ……コチラこそカリカリして申し訳ありません」
罰が悪そうに目を逸らす、元気と信菜。
そんな野郎ども2人を尻目に、今までムッツリと黙り込んでいた鷹野が、珍しく神妙な面持ちで口をひらいた。
「それで? どうするつもりや、会長さんよぉ? このまま黙っておく……ってワケやないんやろ?」
「それは――」
と芽衣がその蕾のような唇を動かそうとした矢先、彼女の言葉を遮るように、芽衣のスマホの着信音が夕闇の空へと吸い込まれた。
こんな忙しいときに、と内心舌打ちをしつつも、ポケットからスマホを取り出す。
そして……そこに映し出されている「小鳥遊大我」という文字を見つけ、息を呑んだ。
「どうやら探しに行かなくても、向こうさんが招待してくれるらしいのぅ」
芽衣のスマホを覗き見ていた鷹野が、ニチャリと笑った。
鷹野が目線だけで芽衣に「出ろ」と合図を送る。
芽衣は真剣な面持ちのまま、震える指先を動かして、ビデオ通話のボタンをタップした。
――瞬間、スマホの画面にデカデカと男の
「むっ!? このケツの張り具合……喧嘩狼や!」
鷹野の呟きが
彼が士狼の
しかし、この場所は一体どこだ?
情報量が士狼のケツ以外入ってこない。
というか、なんで士狼のケツだけドアップで映っているんだ?
嫌がらせか?
もしくは新手のホモビデオか?
この場に居る全員……訂正、鷹野以外の全員の頭に、クエスチョンマークが浮かび上がる。
それとほぼ同時に、もう2度と会いたくない、声すら聞きたくないと切望していた男の声が、芽衣の肌を不愉快に撫でた。
『あぁ~、あぁ~? マイクテス、マイクテス。……コレ、繋がってる? ……おぉっ! よかった、繋がってた。まったく、大事な仲間を置いて逃げるだなんて、酷い女だなぁ芽衣?』
「……佐久間くん」
『おいおい? 【元カレ】をそんな怖い顔で睨むなよぉ~……捻り潰したくなるじゃないかぁ』
「えっ!? 会長、この人と付き合ってたの!?」
と、驚き声をあげる信菜を無視して、佐久間をキッ! と睨みつける芽衣。
自分が優位に立っていると自覚しているのだろう。
その瞳は相変わらず芽衣をバカしていた。
思わず過去、佐久間に
そんな芽衣の表情が気に入ったのか、
――にちゃあ~ッ❤
と、その人形めいた表情が粘着質に歪んだ。
もちろん2人のそんな過去など知らない鷹野は、にゅっ! と芽衣を押しのけ、佐久間に声をかけた。
「なんや、おまえ? 笑顔気持ち悪いのぅ、何者や?」
『おっ? 確か君は、九頭竜高校の頭の鷹野翼じゃないか! ちょうどよかった、実は君にも用があったんだよ』
そう言って佐久間は、いつも通りの人形めいた笑みを顔に張り付け、
『僕は【東京卍帝国】で副長を張っている男さ……とでも言えば分かるかな?』
「……そうですか、アナタが噂の佐久間亮士ですか」
『ピンポンピンポ~ン♪ 大正解! そうです、その通りです! 僕が噂の副長、佐久間さん
「大和田信愛です。以後お見知りおきを」
『大和田くんね、了解、了解♪』
酷くご機嫌に頷く佐久間。
少し見ない間に、性格が軽薄なモノに変わっていて、芽衣も洋子も驚いてしまう。
それでも本性の方はそう変わっていない事は、言葉の節々から感じ取ることが出来た。
『さて、さっそくで悪いんだけどさ? ウチの総長もイライラが限界に達しつつあるから、端的に用件を言うね?』
そう言って佐久間は、鷹野の方をまっすぐ射抜きながら、歌うように口をひらいた。
『鷹野くん。今から指定する場所に、芽衣と2人だけで来てほしいんだ。あぁ、別に援軍も連れて来ても構わないけど、多分入れないよ? 指定場所の周囲には、僕らの配下がビッチリ警備しているからね』
「ゴタクはええねん。それで? ワシはどこに向かえばいいんや?」
鷹野がそう
どうやら佐久間からメッセージが届いたらしい。
画面を切り替えて、届いたメッセージに
途端に「ここは……」と信愛が呟く。
そこはバブル期に起こった森実町建設ラッシュの時期に、資材を保管する倉庫や加工する工場が数多く作られ、それらは今や用済みとなり、取り壊されていない
そして同時に、そこは九頭竜高校のテリトリーでもあった。
『君たちなら、ココがどこか分かるよね? あっ! ちなみに、この事を警察に通報したりとか、今夜中に2人が現れなかったら、この2人がどうなるか僕にも分からないからね?』
再びビデオ通話画面に切り替えると、画面いっぱいに廃工場の地面に転がされる、血だるまの男女の姿が映し出された。
大神士狼と村田仁美である。
士狼は気を失っているのか、両手足を縛られたままグッタリと横たわったままで、村田は顔をパンパンに腫らして、グスグスと「た、
正直直視できない光景だった。
「ししょーっ!?」「シロパイ!?」「相棒!」と、声をあげる生徒会役員たち。
そんな仲間たちを尻目に、黙って佐久間の声に耳を傾ける、芽衣と鷹野と信愛。
多種多様なリアクションが面白かったのだろう。
佐久間は「くっくっくっ」と笑みを噛み殺そうとするが、どうしても
『大丈夫、安心して? 今はまだ、コレ以上は手を出してないから。ただ、急いだ方がいいよ? 僕らの総長も、そろそろ我慢の限界みたいだからさ』
そう言って佐久間は、適当な場所に腰を降ろして
『それじゃ芽衣、鷹野くん、待ってるよ? まぁ無事にココまで来れたら……の話なんだけどね♪』
ぼそりっ! と、最後に不気味な捨て台詞を吐き捨てながら、一方的に通話を切る。
芽衣は親の仇のように睨みつけていた自分のスマホを、しばしの間眺め続けた。
「……コレは間違いなく罠ですね。しかも標的は古羊様とタカさんの2人」
ポツリと溢す信愛の台詞に、芽衣は内心激しく同意した。
大和田兄の言う通り、十中八九、間違いなく罠だろう。
きっと廃工場の周りには、何百人もの【東京卍帝国】の構成員が、自分たちを待ち構えているに違いない。
もしこの場に士狼が居れば、
『なんだ、なんだ!? この見え透いたトラップは? 「今日は安全日だから!」とか口走る彼女並みに見え透いたトラップじゃねぇか!』
下心がスケスケだぜぇ! とでも言っていたに違いない。
いや、間違いなく言っていただろう。
あの男なら絶対に言う、絶対にだ!
そんな事を考えていたらちょっとだけ気分が落ち着いた。
「……きっとこの場にししょーが居たら『なんだ、なんだ!? この見え透いたトラップは? 【今日は安全日だから!】とか口走る彼女並みに見え透いたトラップじゃねぇか!』とか言いそうだよね」
「絶対に言う、シロパイなら絶対に言う!」
「ついでに相棒なら『下心がスケスケだぜぇ!』とか付け加えて『大神
あぁ~言う、絶対に言う! と、同調するように首を縦に振る、洋子と信菜。
どうやら、そう思っていたのは自分だけではないらしいと知った芽衣は、ちょっとだけ吹き出しそうになった。
ここに居ないのに相変わらず人の中心に居る男だ。
そのとき、ふと芽衣の脳裏に士狼のある言葉が浮かび上がった。
『あとは頼むぜ、芽衣』
……そうだ、自分は頼まれたのだ。
あの大神士狼に。
必ずアタシなら……古羊芽衣なら、この状況をどうにかしてくれると。
どうにか出来ると信じて、確信して、送り出してくれたのだ。
理解し、自覚した瞬間、芽衣の背筋がブルリッ! と震えた。
「――上等よ」
「め、メイちゃん?」
猫の毛皮を被ることさえ忘れた女神さまの笑みに、洋子が不審そうな瞳を向ける。
そんな妹に構うことなく「くっくっくっ!」と、底意地の悪そうな声を漏らす。
まさに悪役のような笑い方。
普段の彼女なら、人前では絶対にしないであろうソレ。
「上等じゃない。一体誰の男に手を出したのか……その身体に分からせてあげるわ」
「こ、古羊はん?」
「か、会長?」
「洋子、猿野くん、大和田さん! 今から伝えるアタシの言葉を、大至急学校の男子生徒たちにラインで送ってちょうだい! 内容は『ケース04発生! 愛の戦士【古羊クラブ】、大至急森実高校グラウンド前へ集結せよ!』でよろしく!」
「えっ? えっ? こ、古羊はん? な、なんか普段と口調が
「いや口調以前に、性格が違うし……。ど、どったし会長?」
「時間が無いんだから、グダグダ言わない! はいGO!」
芽衣の剣幕に押され思わず「は、はいっ!」と敬語で頷きながら、慌ててポケットからスマホを取り出す役員ズ。
女神さまの言葉を一言一句間違えないようにポチポチッ! 入力していく仲間たちを横目に、芽衣は鷹野と信愛の方へと向き直った。
「鷹野くん。今から1時間以内に九頭竜高校の生徒たちを呼んだら、何人くらい集まれそう?」
「んん~、そうやなぁ? ノブ」
「そうですねぇ。……ざっと50人ほどでしょうか」
「充分! それじゃその50人も今すぐ招集して、森実高校まで来て貰って!」
テキパキと周りに指示を送りながら、頭の中で作戦概要を構築させていく戦女神さま。
小鳥遊大我も佐久間亮士も知らない、大神士狼だけが知っている唯一のこと。
「さぁっ! 誰に喧嘩を売ったか、分からせてあげようじゃないの!」
――この古羊芽衣という女は、逆境に追い込まれた時にこそ、その真価を発揮する人間であるという事を。
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