第27話 喧嘩狼VS無敵のタイガー ~第1ラウンド編~

 佐久間が村田インチョメの指を逆方向にへし曲げた。


 刹那、獣がごとき咆哮をあげて泣き叫ぶインチョメ。


 佐久間は「だから五月蠅い」と、再びインチョメの顔面に拳をめり込ませる。


 インチョメの顔は、もう涙と血液でドロドロで……女の子がしていい顔じゃなかった。




「ほら? お前らが変な動きをしようとするから、指、折れちゃったじゃないか」

「小鳥遊くん、佐久間くん……アナタたち正気ですか? こんなの、普通に犯罪ですよ?」

「……正気じゃなかったら、こんなコトしねぇよ」




 ハッ! と、芽衣をバカにしたように短く笑うタイガー。


 ダメだ、完璧に場の空気を向こうへ持って行かれた。


 インチョメを人質に取られた俺たちは、動くことが出来ず、ただ唇を噛みしめながらタイガーたちを睨むしかない。


 それが余計に惨めで、気がつくと、拳から血が流れるほど強く握りしめていた。




「あぁ~、いいねぇ♪ 2人のその顔が、僕は凄く見たかったんだよねぇ♪」




 上機嫌に微笑む佐久間。


 その手元には、グチャグチャになった顔をしたインチョメが「た、助け……助けっ!?」と小さく繰り返しつぶやいていた。




「佐久間テメェ、自分の女だろ!?」

「そうだよ、僕の女だよ。僕の女を僕がどう扱おうが、僕の勝手でしょ?」




 逆になんで怒ってるの? と、心底不思議そうな目で佐久間に見つめ返される。


 そう言えばコイツはそういう男だった。


 ちょっと会わないだけでスッカリ忘れていた。




「それにこの女、ちょっと優しくしただけで彼女面してきて、滅茶苦茶ウザかったしね。まったく、肉便器の分際で身をわきまえろって話だよね? そう思うでしょ? 思うよね?」




 そう言って、乱暴に制服越しからインチョメの乳を揉む佐久間……ってぇ!?


 いや、ちょっと待ってくれ!?




「お、おいっ! も、もしかしてインチョメは、もうユニコーンに乗れない身体なのか!?」

「もう少し場の空気を読みなさい、士狼。どう考えても、今気にするべきは、そこじゃないでしょうに……」

「い、いやでも芽衣さん? コレはかなり重要なコトだぜ? 場合によっては、もうインチョメって言えないぜ? インチョメ『さん』って呼ばなきゃいけなくなる事案だぜ?」




 生粋の処女厨であるところのスーパーユニコーン系男子として、コレは是が非でも詳細が知りたい。


 あっ、ヤバい。


 急にインチョメが色っぽく見えてきた。


 もう『女の子』って呼べないよ。


『女性』にしか見えないよ!




「……鼻の下が伸びてる、集中しなさい」

「ッ!? う、うっす!」




 むぎゅぅぅぅぅっ! と、お尻をつねってくる会長閣下。


 ちょっと芽衣ちゃん?


 敵はアッチだよ?


 俺じゃないんだよ?


 ふて腐れたような顔を浮かべて俺を睨む芽衣に、背筋を震わせていると、佐久間が「黙れ」と言わんばかりに三度みたびインチョメの顔面に拳を叩きこんだ。


 途端に、俺と芽衣の間に言いようのない緊張が走る。




「はい、茶番は終わりぃ~。いいかい2人とも? 次、不用意に動けば、順番に彼女の指を折っていくからね? ソレが嫌なら、僕の言うことを聞いて貰うよ? まずは芽衣たちが持っている僕の写真を、全部削除して貰おうか!」




 ひっひっひっ! と、不気味に笑う佐久間。


 その笑い声の隙間を縫うように、俺は小声で芽衣に声をかけた。




(芽衣……俺が今から合図したら、脇目も振らずにココから逃げろ。時間なら俺が稼ぐ)

(待ちなさい士狼! アタシがアンタを置いて1人逃げるワケないでしょうが! 何か他の方法を考えるわよ!)

(さすがにアレだけの手練てだれと人数を前に、2人無傷で逃げられるほど、アチラさんは甘くねぇよ)




 癪ではあるが、数が多すぎて、俺1人じゃ芽衣を守り抜ける自信がない。




(でも芽衣1人くらいなら、なんとか逃げられるハズだ)

(で、でもっ!)




 なおも食い下がろうとする芽衣。


 そんな女神さまに、俺は短く、




(あとは頼むぜ、芽衣)




 とだけ伝えた。


 それだけで俺が何を言いたいのか理解してくれたのだろう。


 芽衣は何か言いたげではあったが、グッ! と言葉を飲みこんでくれた。




「ん? さっきから何を2人だけでボソボソ喋って――」

「行け、芽衣!」

「――ッ!」




 佐久間の言葉を奪うように、声を張り上げた。


 瞬間、背中にあった温度が一瞬で遠ざかって行くのを肌で感じた。


 俺は遠のいて行く芽衣の姿を視認することなく、芽衣の後を追いかけようと飛び出してきた野郎どもの顔面に足刀を叩きこんだ。




「おいおい、どこ見てんだよ? テメェらの相手は、この俺様だぜ?」

「「「~~~ッ!? クソッ!」」」

「ッ!? な、なにしてんだ、追え!」

「追わせるかよっ!」




 芽衣のもとへ駆け出そうとする野郎共の顔面を、勢いよく蹴り抜いていく。


 1人、2人、3人と蹴り倒していくうちに、男共の意識が俺に集中し始めたのが分かった。




「チクショウッ!? まずは喧嘩狼だっ! 喧嘩狼を始末してから、女を追いかけるぞ!」




 男の1人がそう叫んだ瞬間、俺の周りに居た野郎共が、道端に落ちているエロ本を前にした男子中学生のように、一斉に俺の身体に群がってきた。


 構わず目の前の男の金的を蹴り上げ、横から飛んできた拳を鼻先で躱し、腹部に足刀を叩きこむ。




「流石は喧嘩狼。ウチの精鋭5人を瞬殺するたぁ、恐れ入ったぜ。でも、オイタもそこまでだ」




 テメェら、退け! と、タイガーが叫んだ瞬間、俺の周りを囲んでいた野郎共の身体が、ピタリッ! と停止した。


 男共は示し合わせたかのように脇へ逸れると、そんな野郎共が退いて出来た道を、タイガーがゆっくりとコチラに向かって歩きだした。




「安心していいぜ、シロウ。佐久間も、他ヤツらも手は出させねぇ。ここからは、オレとシロウの……いや喧嘩狼とのタイマンだ」

「いいのかよ? 後悔することになるぜ?」

「……しねぇよ。オレはテメェの100倍強いからよ」




 もちろん断ったら、あの女がどうなっても知らねぇが。


 と、インチョメの方をチラッと見るタイガー。


 どうやら俺に拒否権はないらしい。




「上等だ。行くぜ三下? 格の違いを見せてやる」

「……ゴタクはいい。死力を尽くしてかかってこい。どちらが本物の『最強』か、今ここでハッキリさせようぜ?」




 一瞬でパンパンに膨らんだ風船が如く、俺たちの間の空気が張り詰めていく。


 そんな雰囲気に針で穴を開けるように、タイガーが雄叫びを上げながら、俺に殴りかかってくる。


 根性のみを拳に武装させた、大振りの右ストレート。


 俺はそんなお粗末な拳を、身を沈めながら躱しつつ、タイガーの側頭部に空中後ろ回し蹴りを叩きこんだ。


 瞬間、うめき声すらあげる事なく、タイガーの身体が明後日の方向へ吹き飛んでいく。




「ブハッ!? あぁ~、クソいてぇ……。やっぱ気合と根性だけで勝てるほど、最強は甘くねぇか」




 側頭部からダラダラと血を流しながら、タイガーが嬉しそうに笑顔で立ち上がる。


 そんなタイガーをまっすぐ見つめながら、俺は心の中で悪態あくたいをついた。


 クソッ!?


 タイガーは敵だって分かってるけど、やっぱ心のどこかでブレーキをかけちまう。


 どうしても、いつもの俺の蹴りが出せない。




「しょうがねぇ。この手は使いたくはなかったが……佐久間ぁ!」

「はい、総長」




 タイガーがクソ野郎の名前を呼んだ瞬間、佐久間が懐から何かを取り出した。


 それは太陽の下でギラギラと鈍く銀色に輝く、刃ばたり5センチほどのナイフで。




「それじゃ、イイ声で泣いてくださいね?」




 瞬間、佐久間のナイフが、インチョメの二の腕に突き刺さった。





 ……はっ?



「~~~~~~~~~~ッッ!?」



 佐久間に二の腕をナイフで刺されたインチョメの、声にならない悲鳴が公園内に木霊した。




「さ、佐久間くっ!? や、やめっ!?」

「う~ん? ちょっと物足りないですかねぇ~?」




 佐久間がインチョメに刺さったナイフをグリグリ動かすと、狂ったようにインチョメの喉が激しく震える。


 ソレを見て、佐久間の中で何かが満たされたのか、うっとり♪ した表情で小さく頷いた。




「うん、イイ声❤」

「佐久間ぁっ! テメェッ!?」

「おっとぉ? 動かないでくださいよ、山猿? 動けば次は、太ももを刺します」

「おま――ッ!?」




 その吐き気すらもよおす悪意を前に、俺の唇が汚い言葉を吐き出そうとする。


 が、それより速く、起き上がったタイガーの拳が俺の顔に放たれた。


 ヤベッ、反応が遅れた!?


 俺は言いかけた言葉を呑みこんで、タイガーの拳をギリギリ紙一重で躱した。


 その瞬間、佐久間のナイフがインチョメの太ももに、深々と突き刺さった。




「~~~~ぁぁぁアアアッッ!?!?」

「インチョメッ!? 佐久間テメェッ!?」

「だから『動いちゃダメ』って、言ったじゃないですかぁ~?」




 やれやれ? と言わんばかりに、佐久間が肩をすくめる。


 これはつまり、俺が動けばインチョメが刺される。


 が、動かなければ俺はタイガーにサンドバックにされるというワケか?


 おいおい?


 相変わらず、汚いコトを考えさせたら他の追随ついずいを許さないな、コイツ?




「い、痛いっ!? た、助けっ!? お、お母ざぁぁぁ~~~んっ!?」

「その臭い口、閉じてくれます、メスブタ?」

「やめろ佐久間ッ!」

「どこ見てんだ、シロウ?」




 佐久間がインチョメの顔面を殴ると同時に、タイガーの右フックが、深々と俺のレバーに突き刺さった。


 うぐぁっ!?


 お、重いっ!?


 大振りなだけに、一撃がとんでもなく重たい。




「ち、チクショウ……っ!?」




 普段であれば、こんな隙だらけの一撃なんて、貰うワケないのに……。




「おっとぉ、動くなよシロウ? 動けば、分かってるな?」




 そう言って、また大きく拳を振りかぶるタイガー。


 もう『ける』という選択肢は、俺にはなかった。




「上等だ、クソ野郎」




 来るなら来やがれっ!


 すべて受け止めてやんよっ!




「かかってこいやぁぁぁ!」




 刹那、タイガーの拳が、俺の顔面を打ち抜いた。

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