第3話 それでも僕はアーッ!? やってない!

「恥の多い人生を送ってきました……」




 わたしく大神士狼17歳は、あの太宰治も真っ青になるほどの恥の多い人生を歩んできたと自負している。


 もちろん一片の曇りもない、後悔のない人生だと胸を張って言える自信がある。


 が、それもきっと今日までだろう。




「キャァァァァァァァァッ❤ か、可愛いシロパぁぁぁぁぁぁぁぁイっ❤」

「……どうも」

「あぁぁぁぁぁん♪ もうツレない所もカワたんじゃぁぁぁぁぁぁんっ❤」




 うっひょーっ♪ と、乙女らしからぬ奇声をあげながら、園児服に身を包んだ俺を全力で抱きしめる大和田ちゃん。


 そのまま「うふふふふ♪」と、気持ちの悪い笑みを浮かべながら、俺を抱えて、その場でクルクル♪ 回り出す、プリティ☆キ●ガイ。


 テンションがアホみたいに上がる大和田ちゃんとは対照的に、虫ケラのようにローテンションになっていく俺、シロウ・オオカミ。


 こんな姿、ご先祖様に見せられない……。


 文字通り、末代までの恥。




「ハァ、ハァ❤ ね、ねぇシロパイ? 今だけでいいから、ウチのことを『お姉ちゃん』って呼んでみてくんない?」

「……お姉ちゃん」

「ふぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~❤」




 謎の奇声をあげながら、俺を抱きかかえて、ベイブ●ードよろしくグルングルン♪ 回る我が愛しのプチデビル後輩。


 その瞳は明らかに正気を失った光を宿やどしていて……なるほど。これが恐怖か。


 また1つ賢くなったよ。




「どうしたの、シロパイ? どうしてそんなにカワたんなの? もうヤバたにえんの極みっしょ、コレ?」

「あの大和田ちゃん?」

「違うッ! お姉ちゃんと呼びなさい!」

「すげぇ。完全に自分の世界へとトリップしてんじゃん……お姉ちゃん」

「うひゃあぁぁぁぁぁぁぁぁっ❤ もう、なになにぃ~♪ 何かお姉ちゃんにお願いごとでもあるのぉ~? もう何でも言ってごらん? 何でも叶えてあげるからぁ~♪」




 ほぅ? 『なんでも』とな?


 そう言われたら、ほんとに『なんでも』お願いしたくなるなぁ。




「ほんとに『なんでも』お願いしていいの、お姉ちゃん?」

「うんうん、もちろん❤ なんでも『お願い』していいよぉ! もう全部叶えてあげるから! 頭テカテカの未来の猫型ロボットよりも叶えてあげるから!」

「そ、それじゃお姉ちゃん……あのね?」

「うんうん、何かなぁ~♪」

「――僕、お姉ちゃんのオッパイが揉みたい!」

「やり直せ」




 どうやら『なんでも』ではないらしい。




「じゃあ元の姿に戻りたい」

「それなら大丈夫だし! 宇佐美パイセンとキチンと相談して、薬の量を調節したから、大体あと5分ほどで元の姿に戻れるっしょ!」

「あのパツキンロリ巨乳も1枚噛んでんのかよ……」




 俺の脳裏に金髪のマッドサイエンティストの姿が浮かび上がると同時に、突然空き教室のドアがガララッ! と何者かによって開かれた。


 瞬間「ゲッ!?」といった表情を浮かべた大和田ちゃんが、慌てて扉の方へと視線を向けた。


 そこには厚底瓶のごとき丸メガネにおさげ、そしてムッツリと口を真一文字に結んだ、いかにも堅物を絵に描いたような女子生徒が、こちらに目線を投げかけていた。




「誰ですか? 勝手に空き教室を使用している人は? ……おや、あなたは生徒会の?」

「む、村田パイセン……どうしてココに?」

「風紀委員長として、校内の風紀が乱れていないか見回りをしていたんです」




 さも当然のようにそう口にした、このおさげの少女こそ、我ら森実高校風紀委員の長にして、よこたんが所属する2年C組のビックボス――村田むらた仁美ひとみさんだ。


 その堅物を絵に描いたような容姿に負けず劣らず、中身もかなりの融通ゆうずうの利かない堅物風紀委員長として、大和田ちゃんのようなちょっとチャラ目の生徒たちから苦手意識を持たれている女子生徒である。


 村田委員長は大和田ちゃんを冷たく一瞥すると、すぐさま彼女が抱きかかえている俺に気がついたのか「おや?」と目を見開いた。




「その子はどちら様ですか? 見たところ幼児のようですが?」

「こんにちは。大和田信菜の弟の大和田士狼です」

「これはまぁ、礼儀正しい弟さんですね」




 俺は「えっとぉ」と口ごもる大和田ちゃんの手から何とか脱出しつつ、ごくごく自然に嘘を吐いた。


 相変わらず、なんて惚れ惚れする演技力なのだろう、俺は。


 ハリウッドデビューもそう遠くないかもしれない。


 自分の才能に恐怖すら覚えていると、村田委員長はスタスタと俺の前まで移動し、俺の目線に合わせるように、ゆっくりと身を屈(かが)めた。


 そのまま俺の頭を『よしよし』と、撫でまわしながら、




「それにしても、どうして大和田さんの弟さんが、こんな所に?」

「実は、お姉ちゃんの行っている学校がどんなトコロか気になって……こっそり着いて来ちゃったんだ」

「そうですか。お姉ちゃんのコトが心配になったんですね」




 優しげな瞳で俺を見据える村田委員長。


 それはそれとして、マジで俺の演技、凄すぎじゃね?


 これはもう子役として、はやく芸能界入りした方がいいんじゃないのか?


 本気で俺がこの先の人生をこの幼児の身体で生きていくべく、将来設計を考え直していた矢先。




 ――ボフンッ(俺の姿がもとの姿に戻る音)


 ――ビリビリ(着ていたスモッグが破れ、俺が全裸になる音)


 ――ペチョッ(俺の股間部に村田委員長の顔が突撃する音)




「「…………」」

「あっ」




 ………………やっべ。


 なんてタイミングで元に戻ってしまったんだ、俺は?


 今の状況を一言で表すなら『やっちまった』かな?


 反省してま~す♪


 村田委員長は、俺の息子に顔をうずめながら微動だにしない。


 もちろん俺も、当たり前の如く全裸だし、大和田ちゃんに至っては「ヤッベ!?」といった様子で口元を手で覆っている始末だ。


 村田委員長は2度、3度と俺の恥部に顔を埋めたまま、ワサワサ♪ と左右に首を振った。


 そのまま両手を俺の尻あたりに持ってくると、ぺしぺしっ! と軽く叩いて質感を確認。


 そして再びうずめた顔を左右に振る。




「あん❤」

「……」




 なまめかしい声が、ジェットエンジンが如き勢いで俺の口から飛び出て行った。


 あらやだ♪


 こんな声が出せるのね、俺。


 ほんの少しだけ『しずかちゃん』の気持ちが分かったよ。


 しかし、人間いつまでも時を止めておくことは出来ない。


 なんせあのDI●様でさえ9秒が限界だったのだ。


 そして時が動き始める。


 ゆっくりゆっくりと顔を上げる、村田委員長。


 そして俺達の視線が絡み合う。


 2秒、3秒と見つめ合う俺達。


 永遠に感じる時の中、大きく目を見開く村田委員長。


 そして――




「巡回、お疲れさまですっ!」

「~~~~~~ッッッ?!?!?!?!?!」




 森実高校に風紀委員長の風紀を乱す怒声が響き渡った。

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