第1話 パンスト・ニーソは和の心

 例年に増して、いつも以上に騒がしい冬休みを乗り越えた、高校2年の冬。


 季節は巡り、1月の後半。


 3学期が始まり、もうすぐ2週間。


 森実高校に入学してから、2度目の冬がやってきた今日このごろ。


 俺、大神士狼は生徒会室の自分の机に腰を下ろしながら、いつもの調子でシャーペンを反省文に走らせ、淫靡いんびな文をしたためていた。




「ねぇ士狼? 喉、乾いてない?」

「いや、さっきお茶飲んだから大丈夫かな」

「そう……」



 カリカリカリカリッ。



「ねぇ、ししょー? お茶、用意したんだけど……飲む?」

「いやだから、さっきお茶飲んだから大丈夫だって」

「そっか……」



 カリカリカリカリッ。



「ねぇシロパイ? 実はついさっき、美味しそうな飲み物を見つけてさぁ。ちょっと飲んでみない?」

「いやね大和田ちゃん? 先輩の話、聞いてた?『さっきお茶を飲んだ』って言ったばかりでしょ?」

「むぅ、そっか……」



 カリカリカリカリッ。



「ねぇ、士狼?」「ねぇ、ししょー?」「ねぇ、シロパイ?」

「しつけぇぇぇぇぇぇぇっ!? ガンコな油汚れ並みにしつけぇぇぇぇぇぇぇっ!?」




 たまらず俺の魂の叫びが生徒会室に木霊した。


 俺はやたらめったら水分補給を勧めてくる生徒会ガールズたちに牙を剥くように、反省文の執筆もそこそこに、ウガーッ! と声を張り上げた。




「なに!? 何なの!? 何なんだよっ!? さっきから事あるごとに俺に水分をすすめてきやがってからに! そんなに飲んだら、お腹タプタプになるわ!?」





 ジロリッ! と、鋭い視線を女性陣に向けながら、俺は彼女たちを簡単に一瞥した。


「ハハッ!」と某夢の国ワンダーランドのマスコットキャラクターのように甲高い声をあげながら、気まずそうに俺から視線を外すのは、我らが生徒会の長こと、学校1の美人姉妹『双子姫』の姉の方、古羊芽衣である。


 太陽の光を一身に受け止めた亜麻色の髪と、濡れた紅玉のような瞳、誰に対しても分け隔てない柔らかな物言いに、グラビアモデル顔負けの、完全無欠の巨乳美少女!


 ……とは表向きの顔で、実際はズボラで腹黒でおまえに計算高く、しまいには、お手製の超パッドで胸をギガ盛りしている、悪魔のような猫かぶりの女――ぷぎゃっ!?




「ふふふっ♪ 士狼キサマぁ~? 今、何を考えていたぁ? んん~?」

にゃにゃにもなにも!? にゃにもなにも考えてにゃいでふ考えてないですっ!」




 いつの間にか俺のすぐ傍まで接近していた芽衣により、ガッ! と頬を掴まれ、強制タコ唇にされてしまう。


 そのまま絵画に納めたいほど可愛らしい笑顔のまま、俺にしか聞こえない声量で「余計なコトは考えるな、コロスゾ?」と脅迫してくる、我らがリーダー。


 ほんと、どうして学校の奴らはこんな女を「女神さま!」だと崇拝しているのだろうか?


 ちゃんと目ぇついてんのだろうか、アイツら?




「ちょっ!? 会長、近い! 近いから! シロパイも、離れろし!」




 ズバンッ! と、俺と芽衣の間を切り裂くように手刀を放つ、このプリティ☆キ●ガイのお名前は『書記ちゃん』こと大和田信菜ちゃん。


 俺たちの1つ下の1年生で、桃色に染めたふわふわの髪に、プルンッ♪ と潤んだたまご肌。


 そして『高嶺の花』という言葉がシックリくるほどの美貌を持った美少女だ。




「だ、大丈夫ししょー? とりあえず、お茶飲む?」

RANAッ!」

「うぅ~っ!? そっかぁ……あっ! ならコッチのジュースならっ!」

「ねぇ、よこたん? 会話のキャッチボールって知ってる?」




 架空の犬耳をシュンと垂れさせながらも、へこたれる事なく、ここぞとばかりに言葉のジャイロボールをぶっこんでくるこの女こそ、森実高校生徒会副会長にして、我らが『双子姫』の妹君、古羊洋子さまである。


 姉と同じ光沢のある亜麻色の髪に、制服の上からでも分かるほどの爆乳、もといバイオ兵器は今日も健在のようで、彼女が少し揺れただけで「カモーン♪」と俺を誘惑するように左右に揺れる魅惑の果実。


 まったく、なんていやらしい女なんだ。


 ジュースはいらんが、母乳はいつでも受け入れ準備ОKですよ?


 と、思わずど火の玉セクハラストレートを放りこもうした直前、芽衣が「まぁまぁ」と俺達の会話に割って入ってきた。




「そうカッカしちゃダメですよ、士狼? どうでしょうか? ここは頭を冷やす意味もこめて、お茶でも飲んでみるというのは?」

「さすが会長、ナイス提案だし! 実はウチも、ちょうど今日、お茶の余りを持ってきていた所だったんだ! はい、シロパイッ! グィッといっちゃって!」

「あっ! お茶が足りなかったら、ボクの分も飲んでいいからね、ししょー?」

「ねぇ、みんな? 日本語って知ってる?」




 さっきから『いらねぇ』って言ってるのに、どんだけ勧めてくるんだ、コイツら?


 頼むから日本語で話してくれ。


 古羊姉妹と大和田ちゃんが、一斉に俺に向かって持っていたペットボトルのお茶を差し出してくるので、やんわり断るべく口をひら……って、あれ?


 何かこのお茶、妙に白くてドロドロしてない?


 というか、コレって!




「おいっ! コレって、俺が冬休みに飲んだ『体が5歳児に戻る薬』なんじゃねぇの!?」

「うわっ!? バレちゃったよ、メイちゃん!?」

「う~む。やはりお茶のラベルで偽装するのは、ムリがありましたか」

「ほらぁ!? だからウチは『お茶じゃなくてカルピスとかにしよう』って言ったじゃん!」




 はわわっ!? と、慌てふためく生徒会ガールズたちに、俺は冷ややかな視線を送ってやった。


 なるほど。


 どおりであんなにしつこく「お茶を飲め!」と迫ってきたワケだ。


 コイツら、もう1回俺を幼児化させてオモチャにしようとしているな? 


 ふざけんな!




「言っておくが、俺は2度とその薬は飲まんからな? ったく……これだから変態どもの相手は大変なんだ」

「うぐぅ!? まさか、ししょーにそんな事を言われる日が来るなんて……」

「変態を絵に描いたような人間に言われると、さすがにショックが大きいですね……」

「つぅか、自分のコトを棚に上げて言うなし」




 ナイスガイでありながら生徒会1の常識人である俺からの叱責しっせきは、思った以上に心に響いたらしい。


 芽衣たちは一様に顔をしかめながら、「ハァ……」と小さくため息を溢した。


 そんな女性陣を尻目に、集中力の切れた俺は、一旦反省文の処理を脇に置き、ポケットからスマホを取り出した。


 そのまま今、2年A組の男子の間でだけ流行っているアプリゲームを起動させる。




「そういえばシロパイ、先週からずっとそのアプリで遊んでいるけど、ソレどういうゲームなの?」

「うん? これはな、現役女子校生の脱ぎたてパンティ&ストッキングを手に入れるのが目的の最高にイカすゲームなんだわ」

「……それ、楽しいワケ?」

「メチャクチャ楽しい! かつてない斬新な切り口も魅力的だが、とにかくパンストのみにこだわった製作陣の熱意と悪意を感じられる魂の名作だな! 昨日攻略した女の子のゲットシーンなんかもう……凄いぞ? ゴミ虫を見るような嫌悪感丸出しの嫌な表情で、ひざまずく俺を見下す彼女の80デニールのパンストを拝謁はいえつさせて頂きながら、ゆっくりと彼女のスカートに手を突っ込んで、優しく脱がせるシーンでさ! もう神々しいのなんのっ! 思わず感動のあまり、その後1時間くらいは放心状態だったぜ!」




 ほんとアレは、俺の性癖を1歩進める素晴らしい光景だった。って、おや?


 何故か昨日攻略した女の子のように冷たい瞳で、俺を一瞥してくる生徒会女性陣たち。


 みな一様に「うわぁ……」といった様子で、頬をピクピク痙攣させていた。


 おいおい、勘弁してくれよ?


 興奮するじゃないか?


 気分を良くした俺は、まるで歌うように現在攻略中の女の子の情報を口にした。




「今攻略している子は、いわゆる『ツンデレ」って奴でさぁ! これが中々難しくして。時間をかけて好感度を上げて、2月のバレンタインデーにパンストをプレゼントして貰うしかないんだよ」

「ねぇシロパイ? ちょっとした純粋な疑問なんだけどさ? ……ソレ、普通にチョコとか貰った方が嬉しくないの?」




 大和田ちゃんの発言に同意するように、双子姫が「うんうん」と頷いてみせる。


 おいおい?


 コイツらは何も分かってないな。


 俺は無知なる彼女たちを鼻で笑いながら、小さく肩を揺すってみせた。




「大和田ちゃんよ、チミは何も分かってないなぁ。バレンタインデーにチョコを貰うとか、リアリティってもんがねぇよ。そんなものフィクションの世界だけの話じゃねぇか」




 俺がごく当たり前のことを口にした瞬間、何故か可哀そうな子を見る目で俺を見てくる、生徒会ガールズたち。




「うぅ……ししょーっ!?」

「この短い会話の中に、士狼の切なすぎる人生を垣間見た気がしました……」

「つぅか、シロパイの中ではチョコを貰うのは非現実的で、パンストを手に入れるのは現実的なんだ。……いったい過去に何があった?」




 口元を押さえて、涙を堪えるマイ☆エンジェル。


 サッ! と俺から目を逸らし、目尻にまった雫を人差し指でぬぐう芽衣。


 さらに哀れみの籠った視線で、生温かい瞳を向けてくる大和田ちゃん。


 なんで悲しみに満ちた目で俺を見てくるんだろうか、彼女たちは?


 女性陣のよく分からない同情に満ちた眼差しを前に、しきりに首を捻りながらも、俺は今日も今日とて女の子のパンストをゲッチュ♪ するべく、ゲームに没頭するのであった。

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