最終部 シンデレラボーイは、この『最強』を打ち砕く義務がある!

プロローグ そして悪魔がやってくる

 佐久間亮士は1人、人気の居なくなった空き倉庫の真ん中でたたずみながら、瞠目どうもくするように瞳を閉じていた。


 刹那、目蓋の裏では苦々しい敗北の記憶が、何度も何度もフラッシュバックしてくる。


 この悪夢を晴らすまで、あと少しだ。


 亮士は自分に言い聞かせるように内心そう呟きながら、憎きあの男――喧嘩狼の姿を思い返した。


 そう、全てはあの男と出会ってから狂い始めたのだ。


 佐久間亮士の人生は、控えめに言っても、金色に満ち溢れていた。


 同年代の男子が嫉妬するほどの優れた容姿に、生まれつきの地頭の良さ。


 そして幼い頃から空手をやっていたせいか、ほど良く絞られた肉体。


 何をやらせても人並み以上に出来てしまう才能。


 挫折という挫折を知らずに育った神童。


 神に選ばれたとしか思えない男、それが佐久間亮士という人間であった。


 誰もが彼をもてはやした。


 それ故に、彼は歪んでしまった。


 まるで世界の中心は自分であると言わんばかりに、全てが上手くいく人生。


 結果、自分以外の人間を見下すようになるのに、そう時間はかからなかった。


 勉強もスポーツも女も、何1つ不自由のない人生。


 自分の想い通りにならないコトなど無い、まさに人生イージーモード。


 それが佐久間亮士の人生であった。


 ……そう、あの男――【喧嘩狼】大神士狼と出会うまでは。




「……チッ」




 亮士の舌打ちがやけに倉庫に反響する。


 ソレが不愉快なくらい鼓膜を震わせるので、余計に亮士は気分が悪くなって仕方がない。


 ここ最近はこんなコトばかりだ。


 全てが上手くいかない。


 自分のシナリオ通りに動かない。


 それが不愉快でたまらない。




「アイツだ……全部アイツのせいだ」




 亮士は瞳に暗い炎をともしながら、低くつぶやいた。


 始まりは去年の4月。


 いつものように自分に逆らったバカな女を、少し脅していた時のことだった。


 それは亮士にとって、なんら変哲もない、普通の日常になるハズだった。


 だが、その日は『いつも』と違った。


 違ってしまった。

 



 ――大神士狼が、自分の目の前に現れたのだ。




 アレからだ。


 まるでパズルのピースが1つ欠けたかのような、自分の運命の歯車が狂いだしたのは。


 大神士狼と出会って、蹴り飛ばされた亮士は、1週間ほど自宅で養生ようじょうしていた。


 というのも、彼に蹴り飛ばされた傷が思いのほか深刻で、自慢の甘いマスクは、見るも無残な形に腫れ上がっていたのだ。


 さすがにコレで学校へは通えないという事で、彼は大人しく父の経営している病院のベッドで、ゆっくり横になっていた。


 そして1週間ぶりに学校へ登校してみれば……そこは自分の居場所では無くなっていた。


 そう、自分が学校に来ない事をいいことに、彼が手を出した女子生徒たちが結託して、自分たちが亮士に行われた非道の数々を、学校側に訴えていたのだ。


 その噂は瞬く間に学校中へ広がり、その日から、彼はかつて自分が古羊芽衣にした仕打ちのように、周りの生徒たちから白い目で見られるようになったのだ。


 結果、学校に居づらくなり自主退学。


 そのせいで両親からは腫物にでも触るかのように扱われる始末。


 それどころかモデルの仕事でさえ、一方的に打ち切られ、気がつくと、亮士の周りには誰も居なくなっていた。



 あんなに仲の良かった級友は。


 自分をしたっていた後輩は。


 目をかけてくれていた教師たちは。


 全員漏れなく、亮士から離れていった。



 どうして?


 どうして自分だけが、こんな惨めな思いをしなければいけないんだ?


 かつて自分が女子生徒たちに行ってきた非道の数々を棚にあげ、絶望に打ちひしがれる亮士。


 どうして? どうして? どうして?


 何度も自問自答を繰り返し、そして辿り着いた。




(アイツだ。あの男……大神士狼と出会ってから、全てが狂いだしたんだ)




 その瞬間、ストーブの火を灯すように、彼の歪んだ復讐の炎がドス黒く燃え始めたのだ。


 自分をここまでとしたアイツを許せない。


 同じ想いをさせてやらなければ、気が済まない。


 その願いは、もうすぐ実現する。


 彼にとっては、もっとも最高の形で。


 士狼にとっては、この世で1番最悪の形で。




「ふふっ……もうすぐだ。もうすぐ会えるぞ――喧嘩狼ぃ」




 それはまるで恋する乙女のように晴れやかで、蛇のように執着心に満ちた声音であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る