思い出は『たからばこ』の中へ ~その4~

「――ちなみに【森実列伝~マンドラゴラの悪夢~】は、犯人は文字通りマンドラゴラであるということで、世論は落ち着いた。おかげで森実は『マンドラゴラのある町』として、ちょっと賑わった」




 じゅ~じゅ~♪ と、軽快な音と共に、油で生地が揚げ焼かれる匂いが、大神家のリビングに充満した。


 時刻は午後12時30分。


 芽衣たち3人が囲うテーブルの上には、千和がどこからともなく引っ張り出してきたガス式のタコ焼き器が置かれていた。




「この頃から、士狼は奇行が多かったんですね……」

「あ、あはは……」




 ドン引きしながら、たこ焼きをひっくり返していく芽衣の隣で、洋子は何とも言えない苦笑を浮かべた。


 揮発きはつした油の匂いが肺いっぱいに広がり、唾液が口の中に溢れてくる。


 ……そろそろ頃合いだろうか?




「はい、洋子。千和さんも、どうぞ」

「ありがとう、メイちゃんっ!」

「いやぁ~、お昼の用意から何から何まで済まないなぁ」

「いえいえ、好きでやっている事なので」




 ニッコリ♪ と微笑みながら、芽衣は洋子と千和に、焼きあがったばかりのたこ焼きを乗せたお皿を手渡す。


 すかさず千和は、冷蔵庫から取り出していたビールをプシュッ! と開け、熱々のたこ焼きと共に、胃袋に流し込んだ。




「くぅぅ~っっ!? 美味いっ! 焼きたてのたこ焼きを、キンッキンに冷えたビールで一気にあおる。これ以上の贅沢がこの世に存在するだろうか? いや、しないっ!」




 うはははははっ! と、弟とまったく同じ笑い方で、文字通り、たこ焼きをビールで流し飲む大神家の不良娘。


 こういう所は、やっぱり姉弟なんだなぁ。


 なんて事を思いつつ、洋子もさっそく頂こうと、添えられていた爪楊枝つまようじを手にとった。


 お皿の上には、青のりと鰹節だけが乗ったたこ焼きと、その横にはソースとマヨネーズが鎮座していた。


 多分、たこ焼きのカリッ! と感を大事にしたいがために、ソースを分けているのだろう。


 実に姉らしい気配りだ。


 洋子は「うんみゃ~~っ!!」と、上機嫌にうはははっ! 笑う千和の声をBGMに、たこ焼きに爪楊枝を突き立てた。


 途端にパリッ! とした、たこ焼きの表面の硬さが指先に伝わってきた。


 開いた穴からは、閉じ込められていた湯気がモアモアと立ち上っていて……うん。


 まだ食べるのは早いかな?




「それにしても、チワさんが元暴走族だっただなんて、驚きました」

「『乙女戦線』と言えば、わたし達の地元にまで轟くほどの超有名な走り屋じゃないですか」

「うん? 別にあたしは暴走族ってワケじゃないぞ?」

「「???」」




 いや、暴走族ですよね?


 洋子と芽衣の脳裏に、まったく同じ言葉が浮かんだ。


 そんな2人の思考をぶった切るように、真昼間からビールを呷っていた千和はニカッ! と、青のりのついた歯で豪快に笑った。




「ただバイクで走るのが好きなだけで、好き勝手に走っていたら、いつの間にかそう言われていただけだ」




 そもそも、と千和は続ける。




「『乙女戦線』は自警団のつもりで結成した組織であって、暴走族とか野蛮な集団にしたつもりはねぇよ。……ただ、あたしがバイクに乗ってたら、周りの奴らも何故か乗り始めて、気づいたらあんな風になってたワケだ」




 いやぁ、みんなバイク好き過ぎだろぉ?


 うははははっ! と、たこ焼きをパクつく千和を前に、芽衣と洋子はお互いに顔を見合わせた。


 何となく、千和の周りに居た人たちの気持ちが分かったのだ。


 不思議なことに、この大神千和という人間には、何か人を惹きつける不思議な魅力があった。


 それは【カリスマ】とか、そういうモノじゃなくて、もっとこう、人としての根本的な何か。


 自分たちとは、何かが違う。


 何が違うのかは分からない。


 けど、ハッキリとそう感じる『ナニカ』を、彼女は持っていた。


 それは生まれながらの資質によるものなのか、それとも、この特殊な家庭環境から勝ち得たモノなのかは分からないが、間違いなく大神千和には『ナニカ』があった。


 そんな人が近くに居たら、そりゃマネもしたくなるだろう。


 おそらく、自分たちも彼女と同世代で知り合っていたら、ほぼ間違いなくバイクに乗って『乙女戦線』に加入していたに違いない。


 漠然とだが、2人は確かにそう感じていた。




「まぁ、あたしの話はこの辺りにして、そろそろ本筋に戻るかね」




 ぷはぁっ! と、ビール1缶丸々飲み干した千和が、新しくビールのプルタブを開ける。


 カシュっ! と炭酸の抜ける小気味よい音と共に、アルコールが揮発した油の中に混ざった。


 どうやら、まだ飲むつもりらしい。


 洋子は自分のお皿の上にちょこんっ! と乗っているたこ焼きを見た。


 そろそろ頃合いだろうか。


 洋子は今再び、爪楊枝をパリパリの皮に突き刺し、えいやっ! と、たこ焼きを口の中に放り込んだ。


 カリッ じゅゎっ!




「ふはーっ!?」

「大丈夫ですか洋子? お水、いります?」




 芽衣は氷の入った水を洋子に差し出すが、彼女は「ほっほっほっ!」とサンタクロースの物マネをしながら、手で『いらない』とジェスチャーを返した。


 せっかくの一口目なのだ。


 水で洗い流してしまうのは、もったいない。


 たこ焼きの熱々でトロトロな中身が口内に溢れかえる。


 洋子はゆっくりと咀嚼そしゃくしながら、口元に自然と笑みが浮かぶのが自分でも分かった。


 うん、美味しいッ!


 熱々の中身は、旨味の爆弾だっ!


 これは自然と手が進んでしまう、魔性の美味しさだっ!




「そんなワケで、ウチの愚弟と我が可愛い義妹は、ときに元気やあたしを巻き込んで、花丸㏌ポイントノートのお題をクリアしていった」


「なるほど。あの日誌に書いてあった『先輩』と『カッコいい後輩』は、花丸㏌ポイントノートのお題だったんですね。ちなみに千和さん。具体的には、他にどんなお題があったんですか?」




 洋子が1人、夢中でたこ焼きパーティーに興じている間に、芽衣は話を進めていく。




「うん? そうだなぁ……例えば『カブトムシを捕まえる』とか『幽霊を捕まえる』とか『みんなで人生ゲームをする』とか、そんな感じのヤツが多かったなぁ」

「幽霊は流石に捕まえられませんし、無理難題もいいところですね」

「いや、捕まえたぞ?」




 えっ!? と、芽衣と洋子の声がハモった。




「正確には、幽霊が出るというトンネルに行って、パッツパツの女性用スクール水着を着込んだオッサンが、上機嫌で散歩していたから捕まえた」

「パッツパツの女性用スクール水着を着込んだオジサンとは一体……?」

「そ、そんなのでいいんですか……?」

「構わねぇだろ? そもそも幽霊の正体は、どうやらそのスク水のオッサンぽかったし」




 他にも、カブトムシを捕まえに行ったら、何故か全身樹液まみれの全裸のオッサンが居たり、ピッチピチの女児服に身を包んだオッサンとプ●キュアダンスを踊ったり、純粋な変態なオッサンに士狼が襲われかけたりしてたっけなぁ。


 と、千和は懐かしそうに目を細めて、ビールを呷った。


 芽衣と洋子はドン引きである。


 この町は変態しか居ないのだろうか?




「まぁ、そんなトラブルや事件を解決しているうちに、愚弟と寅美も異様に仲良くなっていってな。いつの間にか、2人1セットで居るのが当たり前みたいな間柄になってたよ」

「……それはつまり、恋人的なアレですか?」

「えっ!? し、ししょー、トラミさんと付き合ってたんですか!?」

「いや、そういう感じじゃねぇな」




 そうあっさり言い放つ千和に、ほっ、と洋子は胸を撫でおろした。


 千和は皿の上に置かれたたこ焼きを、爪楊枝でもてあそびながら、




「どっちかうと、恋人というより兄妹っていう感じだな。なんやかんや言いながらも、愚弟は寅美を実の妹のように可愛がってたし、寅美も寅美で愚弟を実の兄のように慕って……」




 あぁ~、と言葉を濁しながら、千和は眉根を寄せた。




「訂正、慕ってはないわ。どちらかと言えば、ダメな弟を見守る姉のような感じか? あの2人の関係を言葉にするなら『の●太とドラ●もん』のような関係だな。まぁ2人とも、自分が『ドラ●もん』だと思っているだろうけど」

「……なんだか、残念な関係ですね?」

「じゃ、じゃあっ! ししょーとトラミさんの間には、その……ラブロマンス的なモノは無かったんですか?」




 妙に食い下がってくる洋子。


 千和は「らぶろまんすぅ~?」と、何かを思い出すように「んん~?」と小さく唸って。




「あぁ、何個かあったぞ」

「あるんですかっ!?」

「ち、千和さんっ! それは一体どういったヤツなのでしょうか!?」




 今度は芽衣も食いついた。


 その表情は心なしか、ちょっと焦っているように見えた。


 もちろん弟と同じく、ソッチ方面の人に機微きびにとことん鈍い千和は、たこ焼きを口の中に放り込みながら、咀嚼するようにゆっくりと口をひらいた。




「確かアレは夏休み前だったハズ――」

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