第9話 炎属性男子とポンコツな先輩女子
寅美先輩と花丸㏌ポイントノートのお題をクリアし続けて、もうすぐ3カ月。
季節は春から夏に移ろおうとしていた。
照りつける太陽が汗ばんだ肌をジリジリと焼き、生ぬるい風が優しく髪をさらっていく。
もう
今年の俺は、一体どんな夏休みを過ごすのだろうか?
そんな事を考えながら、俺は吹き抜ける青空の下。
「――それではただいまより、寅美先輩の『お子さまパンツ卒業式 ~さよならクマぱん、また
「だからデリカシーッ!? シロー君にはデリカシーが無いんだべかっ!?」
怒り狂う寅美先輩と一緒に、女性向けランジェリーショップの前で敬礼していた。
「まぁまぁっ! 落ち着けよ、お子さまパンツ先輩? あっ、寅美先輩」
「ワザとだっぺ! その言い間違いは絶対にワザとだっぺ!」
ムキーッ! と今日も今日とて、騒がしい寅美先輩を尻目に、俺は彼女の持っていた花丸㏌ポイントノートに視線を移した。
今日、俺たちが学校帰りに女性向けランジェリーショップに立ち寄っているのは、何も冷やかしに来たからではない。
花丸㏌ポイントノートのお題をクリアしにやってきたのだ!
そう、今日のお題は『大人な下着を買いに行く』――つまり寅美先輩がお子さまパンツを卒業する大切な日なのだっ!
「あっ、そういえば、今日はブラジャーも買う予定で? というか、ブラジャー……
「ひ、人の胸を見て残念そうな顔をするなっぺ!」
そう言って、ここ3カ月、
「いやパッと見、寅美先輩のお胸のサイズはAカップ――失礼、
「誰の胸が『試される大地』だべさ!? これは試しているんだべっ! オイラがっ! おまえら世界をっ!」
がるるるるるるるるっ! と、犬歯剥き出しで俺を威嚇し始める寅美先輩。
まぁ、寅美先輩の将来性を信じて、ちょっと大きめのブラを買ってもいいし、なんとかなるだろう。
そう結論つけた俺は、手負いのトラさんのように俺を鋭く睨む寅美先輩の手をとり、ランジェリーショップへと突撃した。
「ほらほらっ! 唸ってないで行くぞ、Aカップ先輩」
「よ、寄せて上げればBくらいあるべさ! ……たぶん」
それはない。
と、寅美先輩のフラット・ゾーンを眺めながら、心の中だけでツッコんでおく。
いまだに小さく
カランコロン♪ ――いらっしゃいませぇ~っ!
女性店員さんの軽やかな声音と共に、俺と寅美先輩は「おぉ~……」と感嘆の声をあげた。
「い、いっぱいあるべ……」
入店直後、色とりどりのブラ・ショーツ・ランジェリー類に、寅美先輩が
「す、すげぇっ! 可愛い下着がたくさんあるな、先輩っ!」
「だ、だべ……」
目をキラキラさせる俺とは対照的に、
ビクビクッ!?
きょろきょろ!?
小動物のように視線を彷徨わせる寅美先輩。
ちょっと可愛い。
それにしても、分かってはいたが、男が俺しか居ないんだよなぁ。
寅美先輩に
……まぁ女性向けランジェリーショップだから、当たり前なんだけどね。
「そういえば1つ質問なんだけど、寅美先輩って、こういったお店に来るのは初めてで?」
こくこくこくこくっ!
超高速で首を縦に振る先輩。
やっべ、先輩の『はじめて』俺が奪っちゃった☆
「ほーん。じゃあ普段下着とかって、どうやって買ってるワケ? ネット通販?」
「し、施設の職員のお姉さんが、弟たちの分と一緒にテキトーに買ってきてくれるんだべさ」
「な~る。じゃあ今日が大人パンツデビュー戦か。そりゃ緊張するわなぁ」
「……そういうシロー君は、なんだか余裕がありそうだべな? もしかして、千和お姉ちゃんと一緒に、よく来るんだべか?」
「行くわけねぇだろ!?」
どこの世界に実の姉と一緒にランジェリーショップへと突撃する弟が居るんだよ?
とんでもねぇ
前世でどれだけ悪行を積んだら、そんな世紀末みたいなシチュエーションになるんだよ!?
「言っとくがな、寅美先輩? 俺だって緊張してるんだからな? ただ今は緊張よりも、好奇心の方が勝ってるから、普通に見えるんだな。うん」
「えぇ~、ほんとだべかぁ~?」
「嘘じゃねぇよ、ほら」
俺は自分の足元へと視線を移す。
そこには、生まれたての小鹿よろしく、小刻みにプルプル震えている俺の両足があった。
「気を抜くと、今にも崩れ落ちそうだ」
「ほんとだ。疑ってゴメン……」
「気にすんな。お互い
「シロー君。……だべっ!」
俺たちはお互いの絆を再確認しながら、2人仲良く頷いた。
そうだ、俺たちは1人じゃない。
2人なら、どんな困難だって乗り越えていけるハズだっ!
「とりあえず移動しようぜ? ずっと入口に立ってるのも、他のお客さんの邪魔になるし」
「で、でも移動って……どこへ?」
俺の背中越しから、キョロキョロと店内を見渡す寅美先輩。
う~む?
ブラもショーツも色々あり過ぎて、逆にどこへ行けばいいのか分からん。
よし、こういうときは初心に返るべきだなっ!
「俺たちの今回の目的は、寅美先輩のお子さまパンツ卒業――もとい『大人な下着を買いに行く』ことだ。大人ということは、アダルト。アダルトと言えばランジェリーだ。故にっ! 俺たちは今から、ランジェリーコーナーへ特攻するっ!」
「な、なるほどっ! シロー君、詳しいっぺ」
ほぇ~、と寅美先輩の尊敬の眼差しが心地よい。
これで彼女に『大人向けDVDから得た知識だよ♪』とバレるワケにはいかなくなった。
俺たちは初めて風俗に足を踏み入れた男子大学生のように、おっかなビックリといった足取りで、ランジェリーコーナーまで移動する。
ランジェリーコーナー、そこにはちょっとエッチな装飾品が目に眩しい、女性用下着等がその存在感を大いに主張していた。
「お、おぉ~っ! いっぱいあるべさっ! ……どれを選べばいいだべさ?」
「そりゃもちろん、寅美先輩の好きなのを選べばいいんだよ」
「お、オイラの好きなの……う~ん?」
寅美先輩はちょっとサイズの小さいネオンピンクのけばけばしい下着を手に取り、難しい顔を浮かべた。
そんな先輩に、俺は『店員オススメ☆』とポップアップされた下着を1枚取り出し、彼女に手渡してみた。
「寅美先輩、こんなのはどうよ? 店員オススメだって!」
「おすすめ? ……んぎゃっ!?」
寅美先輩は俺から下着を受けとり――なんとも言えない悲鳴をあげた。
「し、シロー君っ! これ、これっ!?」
先輩は口をあわあわっ!? させながら、受け取った下着のショーツ部分を指さして。
「なんでこのパンツは、お尻の割れ目が丸見えなんだべさ!?」
そう言って、大事なところが世界まる見え状態のショーツにツッコミを入れた。
「まぁセクシーランジェリーだし、しょうがねぇよ」
「何がしょうがないんだべ!? というか――」
寅美先輩を今さら気づいたかのように、ランジェリーコーナーのラインナップを眺め。
「どうしてココの下着は、どれも大事なところが隠れてないんだべか!?」
先輩の視線の先、そこには『それなんの意味があるの?』と思わず
う~む、流石はランジェリーコーナー。
見てるだけで何だがオラ、わくわくすっぞ!
「なんだべ、このハート形の絆創膏みたいなのは!?」
「ニップレスだな」
「に、にっぷれす……?」
「エリアBに張り付ける絆創膏だな」
「えりあ、びぃ~?」
コテン、と首を傾げる寅美先輩。
そんな先輩に、俺は分かりやすいように、両手で胸を隠した。
それだけで、そのハート形のニップレスがどういう経緯で使われるのは理解したらしく、寅美先輩は「むきゃーっ!?」と顔を真っ赤にして、ニップレスを素早く棚へ戻した。
「な、なんでっ!? なんで『こんなの』しかないんだべさ、ここっ!?」
「そりゃ、そういう『大人な下着』と言えば、エロ1点突破が普通だろ常考」
「え、えろっ!? お、大人な下着ってエロいんだべか!? お、オイラはもっとこう……は、花柄、とか……そ、そういうタイプの下着を買うんだと思ってたべ!?」
「バッカおまえ、大人な下着といえばR‐18に決まってんだろうが。先輩の花柄はせいぜいR‐15だな。そんなの、最近の小学生でも履かねぇぜ?」
「は、はぇ~……。さ、最近の小学生は進んでるんだべなぁ……」
ついこの間まで最近の小学生だった寅美先輩が、感心したように吐息をこぼした。
「きっと寅美先輩も兄貴だって、このセクスィ~な下着を見れば、1発で『あぁ、俺の妹は大人になったんだなぁ』って納得すると思うぜ?」
「いや、なんでオイラがお兄ちゃんにパンツを見せるコト前提で話が進んでいるんだべかっ? 見せないべよ?」
「ん~? とりあえず、ブラだけでも試着してみる? ほら、あのスッケスケのヤツとか」
「もはや下着じゃないべさ、アレ!? 絶対イヤだっぺ!」
「えぇ~? 寅美先輩の断崖絶壁に似合うと思うんだけどなぁ」
「なにをぉぉぉ~っ!?」
何故か『ぷんすこっ!』し始める寅美先輩。
「じゃあ、先輩はどんな下着ならOKなんだよ」
「そ、それはその……あっ! このレースの刺繍のついたショーツなんか、カッコいいっぺよ!」
「あぁ~、確かに。けど……」
「ちょっと寅美には似合わないなぁ」
「あっ、やっぱ姉ちゃんもそう思う?」
「おう。寅美はもっと、小柄な身体を生かした可愛い系の方がいいと思うぞ? 例えば……こんなのとか」
そう言って、姉ちゃんはピンクのフリルのついたブラとショーツを、寅美先輩の身体に押し当てた。
おぉっ! 確かに、レースよりもフリルの方が先輩に似合ってるなぁっ!
「すげぇぜ、姉ちゃんっ! 確かにコレなら、可愛くて大人っぽい! 今日の目的にピッタリだっ!」
「だろ? 寅美はこういう路線で攻めていった方が、男受けもいいんだよ」
「あ、ありがとうだべさ、千和お姉ちゃんっ! サイズもちょうど良さそうだし、オイラ、コレにするべさっ!」
パァッ! と顔を華やかせた寅美先輩が、大事そうにピンクのフリルのついた下着を持って、レジへと駆けて行く。
その後ろ姿を眺めながら、俺は我が偉大なる姉上を全力で褒めたたえた。
「流石は俺の姉ちゃんだぜっ! 寅美先輩にピッタリの下着を、一瞬で見つけ出すとは。その
「ふふん♪ 伊達に女の子を18年やってないつぅ~の」
うはははははっ! と、店の中であるにも関わらず、豪快に笑い合う大神姉弟。
いやぁ、姉ちゃんが居てくれて助かったぜ!
やっぱ、持つべきものは
ガハハハハハハハハッ!
……さて、と。
「……それで? いつから見てた?」
「おまえらが、この店に入ってイチャつき始めた辺りから」
なるほど、最初からか。
「愚弟、おまえ……」
「待って、姉ちゃん。まずは弟の話を聞いてくれ?」
アンモラルでイリーガルなモノを見る目で実の弟を見てくる姉に、俺は『タイム』を要求した。
さぁ、想像してごらん?
平日の放課後、実の弟が女性向けランジェリーショップの中で、セクシー下着を
うん……間違いなく、今日の晩は家族会議だ。
「おまえやっぱり――」
姉ちゃんは愛しの弟の発言をアッサリ無視して、その薄汚い口をひらいた。
「やっぱり――女装趣味があったのか?」
「おっとぉ? なんだテメェ、俺の名誉を
実の姉だろうが関係ない。
次に会うのは法廷だっ!
俺が全力で訴訟を起こす構えをとる中、姉ちゃんは「だって」と意外そうに唇を動かした。
「愚弟のクローゼットの中に、女モノのスク水やらメイド服やらがあったからさ。あたしはてっきり、女に相手にされなさ過ぎて、女装趣味に走ったのかと……」
やっべ。
思った以上に、まともな理由だったわ。
「ちょっ、姉ちゃん!? 俺のクローゼット、勝手に開けたのかよ!?」
ということは、アレか?
いつか俺に彼女(巨乳)が出来たら着て貰おうと思っていた、牛柄ビキニも確認されたって事か!?
なにそれ、嫌がらせかよ?
「ち、違うぞ姉ちゃん!? アレは俺が着るんじゃなくて、俺に彼女が出来たら着て貰おうと用意していただけでっ!?」
「いや、大丈夫だ。姉ちゃんはそういうのにも、ちゃんと理解がある方だから。だから、その……お母さんにはナイショにしてやるよ」
「あっ、ヤバい。もう何ていうか……死にたい」
確かにその日、俺は『ベキッ!』と、心と膝が折れる音を聞いた。
結局、姉ちゃんの誤解は解くことが出来ず、下着を買ってご満悦な寅美先輩と共に、トボトボと家路へと着いた。
ちなみにその翌日、店の中に同級生が居たらしく、『ランジェリー大神』というあだ名が、学校中に広がっていた。
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