第8話 オイラの歌を聞けぇぇぇ――っ!!
かくして我が大神家が世界に誇る恥部である、大神千和姉上と寅美先輩のファーストコンタクトから1夜経った、翌日の給食時間にて。
結局、昨日は我が残念な姉君の性格の悪さが
なので、その次のお題である『カラオケをする』をクリアしようと思ったのだが、中学生の懐事情は実に心もとなく、カラオケ屋に行く財力など、我々にはない。
「というワケで、今回は『何か悪いことをする』『カラオケをする』の2つのお題を悪魔合体させ、今から放送室を
「い、いえ~い!」
「ちょっと待てや相棒? いや、待ってくれるか?」
合いの手を入れてくれる寅美先輩の邪魔をするように、元気がその猥褻物のような顔面を軽くしかめた。
時刻は午後12時50分。皆が給食を食べ始めて、軽く10分が経とうとしていた。
俺たちは放送室のある別館の廊下の隅で、息を殺しながら、放送室を強襲するべく、こうして全員集合していた。
「どうした元気? 質疑応答なら後にしてくれ。時間がないんだ」
今、こうしている間にも、放送委員会が毒にも薬にもならないクラシック音楽を全校に垂れ流している。
おかげで後は、放送室を強奪し、CDを入れ替え、マイクに向かって元気よく寅美先輩の美声を注ぎ込めばミッションコンプリートだ。
というのに、何故か元気が渋るような表情で、俺たちを見てくる。
「色々言いたいことはあるが……なんでワイがここに呼ばれたんや?」
「そりゃもちろん、今から放送室を
「……ワイ、まだ給食を食べてないんやが?」
「奇遇だな、俺たちもだ。なっ、寅美先輩?」
ぐぅ~っ! と寅美先輩の代わりに、彼女のお腹の虫さんが返事をしてくれた。
カーッ! と、お腹を押さえて顔を赤くする寅美先輩を尻目に、元気は「ハァ……」と短くため息をこぼした。
「どうせもう、ワイが何を言っても無駄なんやろ?」
「よくお分かりで」
「そりゃもう、長年の付き合いやからなぁ」
へッ! と自虐的な笑みを溢す元気。
そんな不貞腐れたキンタマの擬人化を無視して、寅美先輩がくいくいっ! と俺の制服の袖を引っ張った。
「あの、シロー君? 結局オイラは何を歌うんだべ? オイラ、何も用意してないべよ……?」
「安心してくれ、寅美先輩。カンペもCDもコッチで全部用意したから。ほら」
俺は不安そうな表情を浮かべる寅美先輩に、持って来ていたCDを見せてやった。
俺が持ってきたCD、それはみんな大好き――
「『おち●ぽ応援団ガンバレ部っ! 春のドスケベ感謝祭~メスガキ彼女は僕専用のデカ尻コキ穴使い捨て
「おい相棒、おまえコレ、18禁
「イケネ☆ 間違えちゃった♪」
コレは我が偉大なる級友【けるたん】から受け取った、ドスケベ催眠音声だったわ。
『寝る前に聴いてみな。飛ぶぞ』と、
ヤツの趣味の良さは文字通り身をもって体験しているので、今晩が楽しみである。
「シロー君、この『おなほ●る』って、なんだべさ?」
「お部屋を
「違うと思うで、相棒?」
「???」
こてんっ? と、首を傾げる寅美先輩からCDを奪い取りつつ、失敗失敗♪ と可愛く舌を出して誤魔化した。
まぁ確かに、この間までランドセルを背負っていた女の子が、リアルで催眠音声のセリフを口にしてくれると思ったら、胸に熱いモノがこみあげてくるが、流石に給食時間中のBGMにしては、ちょっと刺激が強すぎるよな。
俺は脳内で鳴り響くパトカーのサイレンに負けないように、改めて持って来ていたCDを寅美先輩に手渡した。
「こっちがほんと!」
「あっ、コレって……」
寅美先輩が受け取ったCDをマジマジと見下ろしながら、パァッ! と顔を
そう、俺が用意したのは、とある国民的アニメの第1期2代目エンディングテーマに起用された伝説の名曲『走れ正●者』だ。
数々の逸話と名曲を生み出してきた、広島が生んだ、あのビックスターの曲である。
もちろん俺も姉ちゃんも、大好きな曲だ。
「昨日、話を聞いたら、寅美先輩、これなら歌えそうだったからさ。用意してみた。どうよ?」
「だ、だべっ! これならお兄ちゃんと、アカペラで何度も歌ったことがあるから、イケるべさっ!」
やったね! と、寅美先輩とスパンキング――違う、ハイタッチを交わし合いながら、笑みをこぼす。
どうやら気に入ってくれたらしい。
「よしっ! 時間もないし、総員、突入準備!」
「「了解っ!」」
カサカサっ! と、俺たちは台所の忍者ことゴ●ブリを彷彿とさせる素早い動きで、足音を殺し放送室の前まで移動する。
扉に耳を当てると、男女の楽しそうな声がキャピキャピ♪ と聞こえてきた。
数秒後には、この声が悲鳴に変わるのかと思うと……オラ、わくわくすっぞ!
「……行くぞ?」
俺は2人が大きく
そのまま、寅美先輩と共に放送機材が揃っているメインルームへと流れ込む。
『それでさぁ~、田中のヤツが――うわっ!? なんだ、おまえら!?』
別室で持って来ていた給食を女の子と食べていた放送委員の男が、ギョッ!? と目を見開いて、慌てて俺たちの居るメインルームへ戻ろうと、別室と俺たちの部屋を繋ぐ部屋を開けようとする。
が、それをすかさす、元気が身体を押し付けブロック。
「ここはワイに任せて、先にイケェッ!」
「バーバリアン先輩っ!」
「元気……恩に着る!」
鋼の意思さえ感じる元気の鬼気迫る表情に、俺は多大な友情を感じて仕方がない。
この男、ヤルときはヤル男なのだ。
決して放送委員会の野郎が、女の子と楽しくお喋りをしながら給食を食べていたから、邪魔してやろうとか、そんな
『こ、コラッ! ここを開けろ!? ちょっ!? ビクともしないんだけど!?』
「どんな事があっても、ここは通さぬ! えぇい、このヘヴンズゲートは開けてなるモノかっ!」
まるで天界と冥界の覇権を賭けた、神々の戦いのような事を口走りながら、放送委員会の野郎と
そんな我が親友の背後で、俺は素早く持って来ていたCDを入れ替え、マイクのメイン電源をONにした。
途端に校舎全体に、あの思わず身体が動いてしまうノリのいいイントロが流れ出す。
「イケェ、せんぱぁぁぁぁぁ――いっ!」
「お、オイラの歌を聞けぇぇぇぇ――っっ!!」
寅美先輩の起伏の少ない胸元が、大きく上下した。
……実はこの時点で俺は、ある2つの致命的な大きな間違いを犯していた。
1つは、どうやら機材の変な所を弄ったらしく、俺たちの声とBGMが、校舎の中だけではなく、校舎の外にまで響くようになっていたこと。
そしてもう1つが……寅美先輩の歌唱力を確認してなかった事だ。
「~~~~~~ッッッ♪♪♪」
『「「「「「――ッ!?!?」」」」」』
――その日の午後、1人の女子生徒を除いた吉備津彦中学に通う全校生徒と、その周辺に住んでいた近隣住民の方々が、軒並み泡を吹いて倒れている姿を警察が発見した。
これは後に【森実列伝~マンドラゴラの悪夢~】と呼ばれ、その日の地元の新聞とテレビを総ナメする快挙を達成するのだが、これはまた別のお話。
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