第7話 戯言は西尾●新先生になってから言ってください!

 ――乙女戦線おとめせんせん


 正式名称【軟派なんぱなクソヤロー共から乙女の自由を守るべく、我ら心と拳を勇気で武装し、最前線で戦い続ける者なり】だ。


 3年前、自宅のリビングで幼女向けアニメ【それいけ! ドカ食い気絶部っ!】を視聴していた弟に向かって、高校入学したばかりの姉ちゃんが。




『あぁ~、速く家に帰ってゲームがしてぇのに、ナンパがうぜぇ……。よし、2度と乙女にナンパが出来なくなるように、ここら一帯の野郎共のキ●タマを潰しとくか』




 と弟の下半身を震え上がらせながら、ママン譲りの行動力で、翌日に作った自警団モドキの集団である。


 発足はっそく当初は姉ちゃんを頭に、4人の乙女アマゾネスで構成されていた小さな組織だった。


 だがストーカー被害や、ナンパ被害に困る女の子を助けているうちに、助けた女の子が仲間に加わっていき、さらにその噂を聞いた女の子がメンバーになりたいと志願。


 あれよあれと言う間にメンバーが膨れ上がり、ソレに目を付けた暴走族やら喧嘩屋集団共が「調子に乗ってる」と判断して、潰しにかかってきた。


 ……が、残念ながら、あの人間の皮を被ったオーク――もとい戦闘民族である母ちゃんの血を色濃く受け継いでいる姉ちゃんは、これを余裕で撃退。


 姉ちゃんに負けたチームがさらに傘下に加わり、気がつくと乙女戦線は、他県にまで轟く一大組織になっていた。




「――おかげで最近はロクにゲームが出来ずにイライラしてんだよ、クソがっ!」

「ひぃぃっ!? ごめんなさいっぺぇ~~~っ!?」

「あぁ、わりぃ。別にお嬢ちゃんを怖がらせるつもりはなかったんだ。ほれ、アメちゃんやるから許せ」

「あ、ありがとうだべさ……」




 メキメキメキッ!? と、俺の顔面を鷲掴みしながら、ニカッ! と快活に笑みを溢す姉ちゃんが、革ジャンのポケットから飴玉を取りだす。


 寅美先輩はオドオドしながら、震える手で姉ちゃんから飴玉を受け取ると、すぐさまスカートのポッケにソレをしまい込んだ。




「紹介するわ、姉ちゃん。俺の中学の先輩で、この間知り合った根古屋寅美1年生だ」

「いや、日本語で喋れやカス。この子、テメェより年下じゃねぇか。なにが先輩だ?」

「よくその体勢で普通に喋れるべさね、シロー君……?」




 何故か2人にドン引きされた気がしなくもないが、俺は姉ちゃんの指先が食い込み、メキメキッ!? 悲鳴をあげる頭蓋骨を環境音に、小さく肩をすくめた。




「まぁまぁ? 落ち着けよ、姉ちゃん。これには深いワケがあるんだよ」




 そう言って俺は、寅美先輩の余命、花丸㏌ポイントノートのお題、生き別れた兄貴の存在、果ては今後の日本経済について、姉ちゃんに懇切丁寧に説明した。


 数分後、目元を押さえて小さく肩を震わせている姉ちゃんの姿が、そこにはあった。




「チクショウ、空の青さが目に染みるぜ……」

「あ、あの? 大丈夫だべか、お姉さん?」

「ぐすん、気にすんな。それから、あたしの事は『お姉ちゃん』と呼んでくれても、いいんだぜ?」

「あっ、いえ、結構だべ……」

「遠慮することはない。なぁに、年下に『お姉ちゃん』と呼んで貰うのは、あたしの長年の夢でもあるからな。ほら、『お姉ちゃん』と呼んでごらん?」




 どうやら姉ちゃんは、この短時間のうちに、寅美先輩がかなり気に入ったらしい。


 しきりに彼女の姉の座に居座ろうと、『お姉ちゃん』呼びを強要していた。


 そんな実姉じっしの姿を目の当たりにしたおれは、1人静かに反省会を開いていた。


 そうか、姉ちゃんは本当は『お姉ちゃん』って呼ばれるのが夢だったのか。それは悪い事をした。


 どぅれ! ここは1発、可愛い弟が、姉ちゃんの長年の夢を叶えてあげるとしますかなっ!




「え~と……」

「恥ずかしがることはない。さぁっ! 『お姉ちゃん』って呼んでごらん?」

「お姉ちゃん♪(シロウ・プリティ乙女ボイスば~じょん♥)」

「その薄汚うすぎたねぇ口を閉じろ、小僧? 殺すぞ?」




 う~ん、しんらつ


 ギロッ! と、今にも人を殺しかねない瞳で、姉ちゃんに睨まれるナイスガイ俺。


 もうね、実の血を分けた弟に向ける瞳じゃないの。


 なにアレ?


 殺人鬼かな?




「ち、千和お姉ちゃん……?」

「か~わ~い~い~♪」

「うわっぷ!? あ、あのっ!?」

「あたし、下にキョーダイが欲しかったのよねぇっ! ありがとう神様っ!」

「姉上? ここにアナタの弟がおりますけど?」




 俺の言葉を無視して、寅美先輩を全力で抱きしめる我が家の不良債権ふりょうさいけん


 先輩の頭をしこたま撫でまわしながら、弟には絶対に向けることのない満面の笑みを、彼女に向ける。


 果たして俺は、本当にこの女の弟なのか、疑いたくなってしまう所だ。




『愚弟、実はね……アンタは本当はあたしの弟じゃないの』




 とか、シリアス全開な口調でとんでもねぇ事実をカミングアウトしつつ、俺は取り違え子で、明日からメチャクチャ性格のイイ本当に血の繋がった美人3姉妹と一緒に生活しながら、キャッキャムフフ♪ なハーレムライフを送りたい――なんて益体やくたいな事を考えてもいいじゃない、人間だもの。しろう。




「それで? 花丸㏌ポイントノートの次のお題である『何か悪いことをする』が思いつかないから、あたしの力を借りたいと? あいわかったっ! 可愛い妹のために、お姉ちゃんが一肌脱いであげようじゃないかっ!」

「おいおい、勘弁してくれよ? 年増のストリップショーなんざ、誰も見たくない――バルスッ!?」




 ホントだっぺか!? と、お目々めめをキラキラさせる寅美先輩に、ニッコリ♪ と微笑みながら、俺の頬を全力でビンタする姉ちゃん。


 どうやら何か気に障るような事を言ったらしい。


 愛の鞭が痛いよ、姉ちゃん……。




「と言っても、あたしも悪い事とは縁のないイイ子ちゃんだから、ありきたりなモノになるけど……」




 そう言って、西尾維新先生でもないのに戯言ざれごとをほざきながら、姉ちゃんはその唇を動かした。




「パッと思いつく限り『カツアゲ』『恐喝』『万引き』『おやじ狩り』あと『美人局つつもたせ』かな。それから――おい? なんだ2人とも、その目は?」

「ご、極悪人……っ!?」

「は、犯罪者……っ!?」

「すげぇ納得がいかねぇ……」




 未来の犯罪者は、なにか不満そうに顔をしかめた。

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