第4話 春のはじまり、パッドエンド事件

 前回までのあらすじ。


 双子姫の、お姉ちゃんの方の『おっぱい』が落ちた。



「「…………」」



 コロコロ、ポテン、と地面に転げ落ちていく古羊さんのおっぱい。


 それはまさしく、おむすびが転がるかの如く、華麗にコロコロと転がっていく。


 静寂を切り裂き、こぼれ落ちる古羊さんのおっぱい。


 やがて俺と妹ちゃんは、2人して足下に落ちたおっぱいを眺め――って、えっ!?




「う、うわぁぁぁぁぁ~~~~っっっ!?!? お、おおお、おっぱいが!?」

「あぁっ!?」

「こここここっ!? こ、古羊さんのおっぱいが、斬り落とされ!? ……って、うん? あれコレ? もしかして……」




 一瞬『おっぱいが斬り落とされたっ!?』と思って、らしくもなく焦ってしまったが、違う。


 そうじゃない。そうじゃなかった。


 ブラジャーが切り裂かれて、こぼれ落ちてきたのは、彼女のおっぱいじゃなかった。


 いやまぁ、ある意味おっぱいなのだが、おっぱいではない。


 俺の足下、そこには布製の、角の丸い三角形の何か。


 俺はこれをよく知っている。


 昔、忍者ごっこといって姉貴のブラジャーの底からこっそりと拝借し、手裏剣代わりにして遊んでいたこと。結局バレて大目玉をくらったことなど、淡い子どもの頃の記憶が鮮明に蘇ってきた。


 悩める女の子の強い味方で、女子力を底上げする秘密兵器。


 そう、君の名は――



「……胸パッド?」

「ごめん、メイちゃん……」



 申し訳なさそうに天を仰ぐ古羊を無視して、俺は地面に落ちたソレを拾い上げた。


 それはパッドと呼ぶにはあまりにも大きすぎた。


 大きく、分厚く、軽く、そして大雑把すぎた。


 それはまさに超偽乳ちょうぎにゅうパッドだった。


 混乱のあまり、思わず心の中でベル●ルク風のナレーションをしてしまう。


 そんな俺に超偽乳パッドが、




 ――やぁ、こんばんは。いい月だね?




 とバーカウンターでプレイボーイが口にしているような台詞を言ったような気がして、つい超偽乳パッドに微笑ほほえんでしまう。



「やわらかい……」



 俺は超偽乳パッドを揉みしだきながら、古羊さんの胸元へと視線を向けた。


 彼女の胸元、そこには一切の傷はなく、出血なんてしていない。


 つまり、気を失っているだけ。


 それが分かり、ホッと胸を撫で下ろすが……どうしようかコレ?


 とりあえず、えぐれた古羊さんのお乳を見ながら、妹ちゃんと現状を確認し合う。




「これはつまり……アレですか?」

「……どれですか?」

「先ほど切り裂かれたのは、お姉さんの『おっぱい』ではなく、胸パッドコイツだったと」

「うん」


「んで。お姉さんの巨乳は、実は虚乳きょにゅうで、冗談みたいにバカでかい超偽乳パッドでビルド・アップしていたと……。そういうことかな?」


「……誰にも、言わないであげてね?」

「うん……」




 子どものように素直に頷く俺。


 いや、言えねぇよ。


 だってこんなの言ったらさ、森実高校の全男子高校生が生きる希望を失って、非行に走るに決まってるもん。


 最悪、明日から男たちの髪型と制服がモヒカンと肩パッドに変わり、世紀末伝説のような学生生活が幕を開けてしまうことになりかねない。


 そんなことになってみろ、うちの校長あたりが責任を感じて首を吊るぞ?


 俺は今にも戦闘機が着陸しそうなほど、まったいらな古羊さんのお胸を眺めながら、1人納得する。



「ナイフを持った女子生徒が切り裂いたのは、古羊さんの虚構きょこうおっぱいの方で、本物おっぱいは無傷のまま助かったってことか……うんっ! ここは喜ぶ所だなっ!」



 そうだよ、むしろ胸パッドが犠牲になったおかげで一命を取り留めたんだ。


 ありがとう胸パッド!


 俺は君を忘れないよっ!


 女性ホルモンをどこかに忘れたような胸元を慈愛に満ちた瞳で眺めていると、古羊さんの唇から「んん……っ?」と艶めかしい吐息がこぼれた。



「ぅん……あ、あれ? アタシ、なんで?」



 メイちゃんっ! と歓喜の声をあげる妹ちゃんの腕の中で、ゆっくりと目を覚ます古羊さん。



「洋子? ……あぁ、そうか。気を失ってたのか、アタシ。大丈夫だった洋子? 無事?」

「うんっ、うんっ! ボクは大丈夫だよ。それよりメイちゃんは?」

「アタシも大丈だいじょう……ぶ……あっ?」



 ゆっくりと自分の身体に視線を這わしていた古羊さんの表情が、ビシッ!? と強ばる。


 彼女の視線の先、そこには――ザックリ切り裂かれた胸元と、そんな彼女の胸から超偽乳パッドがオープン・ゲットしている姿だった。



「…………」

「め、メイちゃん? め、目が怖いよ?」



 スッ! と感情を喪失そうしつした瞳で、キョロキョロと辺りを見渡す古羊さん。


 その無機質な瞳が、超偽乳パッドを握り締めている俺とかち合った。


 ヤッベ!?


 気づかれた、ヤッベ!?



「ありがとう洋子、もういいわ」



 古羊さんはニッコリ♪ と華が綻んだような素敵な笑みを頬にたたえながら、妹ちゃんさんをやんわりと押しのけると、改めて俺と向かい合った。



「さて、大神くん」

「……はい」




「――見たわね?おまえをコロス




 おしっこがチビるかと思った。


 えっ? ちょっと待って?


 もう人殺しの目じゃ~ん?


 連続殺人鬼の目じゃ~ん?


 なんで彼女はニコニコしながら、ドスの効いた声で殺気を振りまくことが出来るの?


 こんなの魔法少女、もしくは学園のアイドルじゃなきゃ出来ない芸当だよ、コレ?


 ふと古羊さんの後ろで、妹ちゃんが『逃げてっ! はやく逃げてっ!』と口をパクパクさせているのが見えた。


 確かに妹ちゃんさんの言う通り、並みの男だったらここで『逃げる』のコマンドを選ぶだろうが……真のおとこの子である俺、シロウ・オオカミは違う。


 俺の灰色の優秀な頭脳はこの危機的状況を打破するべく、冷静に未来をシミュレートしていた。





 ケース① とりあえず褒めてみる

『古羊さん』

『……なんですか?』

『貧乳万歳☆』

 殺されるぞ?



 ケース② とりあえず笑ってみる

『古羊さん』

『……なんですか?』 

『……ぷっ(笑)』

 殺されるぞ?



 ケース③ とりあえず喜んでみる

『古羊さん』

『……なんですか?』

『胸がニセモノで助かったな。ほんとニセチチでよかった!』

 殺されるぞ?



 ケース④ とりあえず責任転嫁してみる

『古羊さん』

『……なんですか?』

『おまえが悪いっ!』

 殺されるぞ?




 ……お、おやおやぁ~?


 どうあがいても、俺がブチ殺される未来しか訪れないんだが? 


 なにコレ?


 狂ってるの?


 これがシュタイ●ズ・ゲートの選択なの?


 俺が普通の男だったら、ここで『あぴょぴょぴょぴょぴょぴょぴょっ!?』と謎の電波を受信し、ハードにダンスッちまう所だろうが……そうは問屋が卸さない。


 そうっ、俺はすでにこの絶望的状況を打破する神の1手を導き出しているっ!


 さぁ、括目してみろっ!


 これが大神士狼の生き様だぁぁぁぁっ!



「古羊さん」

「……あによ?」

「どんまい♪」




 ガッ! (俺が古羊さんに足払いをされる音)



 ドスッ!(俺が古羊さんにマウントを取られる音)



 ゴッゴッゴッゴ!(俺の顔面に古羊さんの拳が叩きつけられる音)




「大神くん、『ごめんなさい』は?」

「心の底からごめんなさい……」



 なにを選んでも、未来は変わらなかった。



「お、落ち着いてメイちゃんっ!? こ、これは不可抗力、不可抗力なんだよっ!」



 慌てて俺から古羊さんを引き剥がそうとする妹ちゃん。


 ヤバイ、惚れそうだ。


 妹ちゃんにたしなめられ、「チッ」と小さく舌打ちをしながら俺から離れる古羊さん。


 もしかしたら、彼女は現代に蘇ったスパルタンなのかもしれない……。


 う~ん、やっぱりお茶目に親指を立てながら、ウィンクしたのがダメだったのだろうか? 


 ここは可愛らしく小首を傾げるべきだったな、反省反省♪


 1人大神反省会を開いている間に、妹ちゃんが古羊さんに、事情を説明してくれていた。




「――と、いうワケなんだよ。だ、だからね? お、オオカミくんを怒らないであげて?」


「……ハァ~、そういうことね。クソッ、アタシとしたことが一生の不覚だわ。まさか、に恩を売られるだなんて。これじゃ大神くんの記憶が飛ぶまで、しこたまブン殴る計画が実行できないわ。どうしようかしら?」




 何だか古羊さんの方から、不穏な言葉が聞こえた気がする。


 俺の記憶を昔のドラクエのセーブデータよろしく全て抹消しようする闇の計画が聞こえた気がするんですけど……気のせいだよね? き、気のせいなんだよっ!


 古羊さんは、指先に大神印のケチャップをつけたまま、気だるげに俺の方へと視線をよこした。




「洋子から大体のことは聞いたわ。悪かったわね、いきなりブン殴って。でも大神くんも悪いのよ? 今回は特別に許すけど、次に『まな板』だとか『滑走路』だとか『偽乳ぎにゅう特戦隊』だとか『ワコールへの反逆者』とか言ったら……蹴り潰すからね?」


「一言も言ってないんだよなぁ……」




 何故かお股の間がひゅんっ! となった。


 一体どこを潰すつもりなのか、問いただしたいコト山の如しだったが、それよりも何よりも、まずこれだけは言っておかなければならないことがある。




「あの、古羊さん? 色々と言いたいことはあるんだけどさ。とりあえず、まずはコレだけ言わせて欲しい」

「なによ?」


「ほんと胸がニセモノで良かったな。貧乳バンザイ!」


「離して洋子! じゃなきゃあのバカの頭をかち割れないっ!」

「お、落ちついてメイちゃんっ!? 石は洒落しゃれにならない、石は洒落にならないよ!?」




 一体どこから拾ってきたのか、やたら尖った石を俺に向かって振りかぶってくる古羊さん。


 その細いウェストにガッシリと腕を回して、なんとか彼女を落ち着かせようとする妹ちゃん。


 だが穏やかな『おっぱい』と、突然の怒りによってスーパー地球人となりつつある古羊さんを止めるには、いささか腕力が足りないようで……ズルズルと古羊さんの腰にしがみついたまま、俺のもとまで引きずられてくる。


 ちょっ、会長っ!? ケダモノの呼吸でも使ってるの!?


 もはやツッコムのも忘れて、俺は恐怖に震えた。



「あ、あばばばばばばっ!?!?」

「ぐるるるるるるるるるっ!!」

「逃げてッ! オオカミくん、早く逃げてッ!」




 もはや美少女がしてはいけない表情を浮かべながら、コチラに迫ってくる会長閣下。


 あっ、死んだ。


 俺、死んだわ。




「ナニをしてるの!? はやく逃げてぇぇぇ~~~っ!」

「ッ!?」




 気がつくと俺は、妹ちゃんの言葉に押されるように、2人を残してその場を遁走とんそうしていた。



「あっ、コラ待ちなさいッ! 待てやゴルァッ!?」

ステイ待て、ステイッ! メイちゃん、ステイッ!」



 まるで猛獣使いのように荒ぶる古羊を窘める妹ちゃん。


 そんな彼女の努力もむなしく、古羊さんのチンピラめいた怒声が鼓膜を叩く。


 背後で小さくなっていく2人の声を聞きながら、俺は転がるように雑木林を後にした。


 今日という日を無かったことにしてくれ、と星に願いながら。

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