閑話休題 陰の支配者になりたくて

 世の中、『始まり』があれば『終わり』がある。


 入学式しかり、卒業式しかり、どんなに楽しい時間でも、必ず『終わり』はやってくる。



 そしてやはり『終わり』と言って思い出されるのは、我が偉大なる友人、友崎くんの身に降りかかった大事件だろうか。



 世間一般的に大事件と言えば、『ゆりゆらら●らゆるゆり大事件』、もしくは『安●大事件』だが、友崎くんの事件は某メガネの少年探偵が出張に来るレベルで不可解な出来事が多い大事件だった。



 あの話を聞いたとき、俺も元気もド肝を抜かれたモノだ。



 嫉妬、憎しみ、殺意、感謝、尊敬、崇拝、そして唐突に浮かび上がる疑問。



 まさにあれほどミステリーという言葉が似合う大事件も存在しないだろう。



 今こそ語ろう……この大事件、『プロジェクト・H』と名付けられた、とあるお姉さんの壮大な計画と知略と謀略ぼうりゃくに満ちた物語を。



 あれはそう去年の、高校1年生の夏休み明けのことだ。



 とくに夏休みだからといって、劇的な変化も何もなく、いつものようにアホ面を浮かべた我が友、元気と共に学校へ登校すると、アマゾンが慌てた様子で俺たちの方へと駆けてきた。



 朝から騒がしいなぁ、と眉をしかめる俺たちにアマゾンはハッキリとこう言った。





 ――ウチのクラスの友崎が大人の階段を上りきった、と。




 

 あぁ、まず我が耳を疑ったね。



 友崎くんと言えば、真面目が取り柄、というか真面目が服を着て歩いているような男なのだ。



 そんな彼がこの夏休みに、一皮剥け、真の男……いや漢になったという情報は『巨根ショタ』『床上手な処女』並みに信じられない情報だった。



 確かに都会の高校では大人の階段を上ってしまう生徒たちもチラホラいるという噂は小耳に挟んだことはある。



 だがそれが身近な人間となると、つい現実味が感じられず、俺たちは急いで男子トイレへと駆けこんだ。



 もちろん『シンデレラ・マップ』を確かめるためだ。



 まぁ健全な男子高校生の諸君なら、説明しなくても分かるとは思うが、一応説明しておこうと思う。



 全国どこの進学校の男子トイレにもあると思うのだが、1番奥の個室トイレのドア裏には各クラスの座席表が張られている。



 我々はそれを『シンデレラ・マップ』と呼んでいた。



 このシンデレラマップ、大人の階段を登った者……つまり魔法使いとなる権利を放棄した者だけが×ばつ印をつけることが出来るマップである。



 このマップは自己申告制で、そこには絶対に見栄を張らないという暗黙の掟があった。



 そしてその我がクラス用のシンデレラ・マップに……あった。あってしまった。



 友崎くんの名前に大きな×印のマークが。



 気がつくと俺、元気、アマゾン、そしてシンデレラ・マップを目撃した15人近い男子生徒たちが、徒党を組んで友崎くんの席へと突貫していた。



 我がクラスの窓際の席、そこには……もうすでに子どもではなくなったせいか、若干の大人の余裕が身体から滲み出ている友崎くんが静かに、俺たちに向かって微笑んでいた。



 その静かなるアダルトな迫力を前に、俺を含めた数人の男たちが息を飲んでしまう。



 が、そこは我らが切り込み隊長であるアマゾン。



 友崎くんの放つ覇気に負けることなく、ダンッ! と2本の足で床を踏みしめ、俺たちを代表するようにゆっくりと口火を切ってくれた。




『事情は察したでそうろう。事実か否か、真実を知りたいで候。もし真実であるならば、事のあらましを全て教えていただきたいで候』




 おまえは一体いつの時代からタイムスリップしてきたんだい? と、ツッコんでやりたいこと風の如しだったが、それよりも先に友崎くんが口を開いたので、俺たちはツッコミを放棄して彼の言葉を静聴した。



 友崎くんは言った『事実だ』と。



 しかもお相手は今年で24歳になるピチピチの年上巨乳美人だというではないか。



 胸は大きいが垂れることなく、むしろ指先を押し返すような弾力に満ちた素晴らしいモノだった、と。



 彼は続ける。



 出会いはネットゲーム。



 初めてのオフ会に参加した際に仲良くなり、そのままお付き合いをさせていただき……つい先日、古き良き日本のSIKITARIに従って、年上爆乳グラマーなお姉さんに美味しく頂かれ、子どもの殻を脱ぎ捨てたとのこと。



 そして彼は語り出す。


 聞いてもいないのに語り出す。



 その初夜のあらましをっ!



 ここから先のことは、俺の類まれなる語彙力をもってしても表現することが出来ないのが、残念で仕方がない。



 可能な範囲で端的にまとめると、友崎くんは暗闇の中、ほとんど何もせず、年上グラマーなお姉さんに文字通り全てをゆだねていたのだそうだ。



 そして子どもであることを辞めた友崎くんの感想は、




『なんかもう……搾り取られるようで、凄かった』




 というモノだった。



 まったく、知り合いの実体験エロトークほど、こちらの妄想と興奮をかきたてるモノはないね。



 そんな天使みたいなお姉さんがこの世に存在していると知っただけで、明日も頑張って生きていこうという気になれるってもんだ。



 気がつくと、全員が前かがみになって、ピクリとも動けなくなっていたよね。



 その様はまさに、ご神託を前に信者が礼拝している姿そのものであり、アマゾンに至っては五体投地以外の何物でもなかった。



 全ての話を聞き終えた俺たちは、友崎くんに抱いていた『嫉妬』『憎しみ』『殺意』が、いつの間にか『感謝』『尊敬』『崇拝』という清いモノへと変わっていた。



 友崎くんに頭を下げながら、俺たちは思った。





 ――あぁ、もう彼は俺たちとは違うんだ、と。
























 さて、ここまで聞けば普通に友崎くんのサクセス・ストーリーなのだが……本当の事件はこのあと発生した。



 というのも、お姉さんと何度も肉体関係を持った友崎くんが先走った結果、彼女を御両親に紹介しようとしたのだ。



 お姉さんはこの申し出を断固として拒否。



 まぁお姉さんの気持ちも分かる。



 なんせ未成年の男に手を出したうえに、そのご両親に挨拶だなんて精神的にキツ過ぎる。



 だが問題はソコではなかった。



 友崎くんが執拗に『どうして!? こんなに愛しているのに!?』『大丈夫、愛があれば歳の差なんて関係ないよっ!』とほとばしる情熱を胸に彼女を説得しようとした結果、彼はついにパンドラの箱を開けてしまうことになる。



 お姉さんは覚悟を決めたように、寂しげな笑みを浮かべて、友崎くんにこう言った。






 ――わたし、男だから……と。







 最初、この話を死んだ魚のような目をした友崎くんから聞かされたとき、俺はあまりにも意味不明過ぎて、顔を真っ青にしているアマゾンと元気と共に【男】という言葉をネットで調べたのは良い思い出だ。



 いや、だってさ?


 考えてもみてくれよ?



 ちょっと付き合った相手が男だというのならまだ分かる。


 分かりたくないが、まぁ分かる。



 だが、友崎くんは……ヤッているのだ。



 ブチ込んでいるのだ。



 チョメチョメしているのだ。



 それも複数回、数カ月にわたって。



 当然の疑問として出てくるのは――『どこへ?』である。



 気がつくと俺はクラスメイトたちを緊急招集させ、教室の片隅で激しい討論を開始させていた。



 もちろん議題は『どこへ?』……ではなく、『果たして本当に最後までバレずに貫き通せるのか?』である。



 ここで重要になってくるのは、そうっ、友崎くんの初体験だ。



 見切り発車のごとくご両親に彼女を紹介しようとしたことからも分かるように、超が3つ付くほどの真面目である彼のエロへの知識は人並みかそれ以下、そして情事の際には部屋は暗く、ほとんど彼女……いや彼にされるがままであったという証言。



 ――そう言えば、最初、押し返すような弾力に満ちたおっぱいって言ってたっけ。



 と、アマゾンがみなに一石を投じる発言をするや否や、水を得た魚のように議論は収束へと加速していった。




『そうやっ、ならアレは何やったんや? 彼女、いや彼は男なんやろ?』

『女性ホルモンを無理やり摂取したんじゃないか? それでこう……ボンッ! と』

『いや、女性ホルモンを摂取したところで、ある程度の年齢からではさほどの成長は期待できない。とくれば、考えられる結論は1つだ』

『……シリコンか』

『あぁっ。友崎くんの発言を信じるのであれば、おそらく彼女の胸は手術済みだ。そうなると、下半身の工事も終えている可能性が高い』

『だが大神よ? 現代の技術レベルでは、新しい穴を形成するのは不可能だったハズだ』

『思い出せ、友崎くんの発言を。【搾り取られるようで、凄かった】という奴の感想を。あれはつまり、彼女の……いや彼の類まれなる肛門括約筋によるもので、友崎くんは奴の――』




 そこまで言った瞬間、クラスメイトたち全員が『なんて残酷すぎる天使のテーゼなんだっ!?』と絶叫し、泣きながら教室を飛び出して行った。



 こうして議論は終結し、ほどなくして、友崎くんの前から疑惑の彼女(彼?)は姿を消した。


 ちなみに彼の最後の言葉は、




いんキャが1番転がしやすいの』




 だ、そうだ。


 その話をやつれたホモさ――友崎くんから聞かされたとき、俺たちはこう思った。




 ……あぁ、もう彼は俺たちとは違うんだ、と。




 かくして、後に『プロジェクト・ホモ』と名付けられたこの大事件は、我々に『始まり』があれば『終わり』があることの無常さを、悲しさを、むなしさを教えてくれた。



 どんな事でも必ず『終わり』はやってくる。


 だからそのときが来るまでは、精一杯、今を全力で生きてやろう! と。


 俺はあの日、ホモ崎くん――違う、友崎くんに誓った。



 だが、俺は知らなかったのだ。



 『終わり』とは常に新しい『始まり』であるということを。



 それは『春のはじまり、パッドエンド事件』の翌日に起こった。

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