【第十話:アンウォンテッド・ギフト】

 ある日何の予告も無く新聞の1面を踊った『日本人天才小学生、数学界に大革命をもたらす!!』の文言。

 記事によると、一般人では解説されても何を言っているのか全く理解できない学問としての数学におけるナントカの定理やナントカの証明の数々で特に超難問とされる世界中の数学者が挑んでは挫折してきたそれらに対し日本人で小学2年生の早川浩介くんはに予期せぬ切り口から新たな解を見出す事に成功。

 それに関する発表プレゼンテーションを世界中の著名な数学者の前で堂々と成し遂げ、スタンディングオベーションの嵐と言う日本人初の大快挙を成し遂げたと言うのだ。


「そうです、佐倉川さん。僕は元・天才ギフテッドの早川浩介……よく覚えていましたね」

 RINKOにひっぱたかれてどうにか落ち着きを取り戻した加藤少年は必死に平静を装いつつ答える。

「あのニュースの後全く話を聞かなくなったし、姓が変わっているから全く気付かなかったが……普通の小学生ではなかったのか?」

「その件は……」

『まあ早熟すぎる天才の宿命ってやつかしら? 早川君も色々あってねえ……』

 聖の問いかけに対し、加藤少年の代わりに答えたセクシーティーチャー・レディ。

『世界的天才少年になる前の早川君は小学校のテストは全教科いつも赤点で学校の授業も全く興味無し。そして自宅でも子供らしい遊びもせずずっとぶつぶつ言いながら暗い部屋でよく分からない数や文字をこねくり回しているだけ……教師も親も見放すレベルの超問題児だったのよ。

 それがいきなり世界的有名人になっちゃったもんだから周りは大騒ぎ!!

 金の卵を産む頭脳とお金をわが物にせんとすり寄って来る顔も知らない遠縁の親戚はまだしも、世界中の数学者やマスゴミ、有象無象の連中が彼に一日会おうと電話は一日中鳴りっばなし!!……そんな日々で両親も本人もメンタルをやっちやって現実世界からフェードアウト。ご両親も本人を守るためにやむを得ず離婚し、今では親権を持つお母さんの旧姓を名乗っているって言う事よwhat‘s a pity! Isn’t It?』

 本人を目の前にして他人事かのようにカラカラと笑うセクシーティーチャー・レディ。

 その冷酷さと無神経さに7人は怒りがこみ上げてくるが、昨日の竜五郎の悲惨な最期もあり本能的に手を出せない。

『でもね、見目麗しくてグラマーな聖母の心を持つ先生は哀しみにあふれた率直で素直な言葉に感動したから早川君にだけチャンスをあげちゃうわ!! リチャード、例のモノを!』

 赤鉛筆で花丸が書かれた『ぶつうのこどもになりたい』を目の前でちらつかせつつレディは真っ赤な唇で笑う。


『早川君にだけ今から3分ボーナスタイムをあげちゃう。その間に1間でも回答できたら……その他7人を脱落させてキミだけここから自由の身にしてあげる』

 部屋の隅に置かれた物入れからリチャードが取り出してきた03:00:00でカウントダウン開始準備済みの壁掛デジタル時計を指さすセクシーテイーチャー・レディ。

「なっ、何を言い出すんだ!?」

 突然の展開に思わず叫ぶ牛田。

「それはないだろ!! あたしたちはちゃんとアンタのルールでゲームを進めていたんだぞ!!」

「ふざけるのも大概にせんかぁ!!」

 理不尽な追加ルールに抗議するRINKOと源太郎。

『リチャード』

『イエス、マドモアゼル』

「うっ……」

 リチャードが指を鳴らすや否や、短い悲鳴と共に床に倒れる7人。

「皆さん!?」

『安心して、早川君!! うるさい外野にはスマートウォッチを介して麻痺毒注入しただけだから死んではいないわ。でもキミの選択いかんでは……このまま7人に即死毒が打ち込まれちゃうかもね? さあ君にとっては簡単すぎるトロッコ問題よ、どうするのかしら?』

 ビッ、ビッ、ビッと言う軽快な電子音と共にカウントダウン開始が始まる。

「くっ、うぐぅぅぅぅ!!」

 目の前に置かれたさんすうドリルの問題、1+2=□。

 1足す2は3だ、イコール右の四角内に3と書くだけでわけもわからぬまま放り込まれたこの不快で悪夢そのものなおぞましいゲームから解放される。

 しかしその代償に夢にまで見た『ふつうのこども』として接してくれた優しい7人のお兄さんやお姉さん、おじさんにおじいちゃんはこの女に殺されてしまう。

『3』は右に90度回転させたアルファベット小文字のエム、上弦の月の如き半円を上下に2つ重ねた図形。

 自身にそう言い聞かせながら震える手で必死に鉛筆を握った早川少年は生存本能と良心の呵責の間で葛藤する。

『あぁとぉぉ2ふぅんよぉぉぉん?』

 永遠とも思える1分、感覚的に引き延ばされた時間のせいでねばつくスロー音声となって耳腔内でこそばゆくぬるつくセクシーテイーチャー・レディの声。

 鉛筆の先端を紙に押し当てた早川少年はそれをどうにか動かそうとする。

『お前、幼稚園児以下だな!!』

『ば―か、 ば―か!!』

『キモいんだよ!!』

『うわ―、根暗オバケがいるぞお!!』

 そんな中、突如脳内で復活出現した過去の亡霊の数々。

「うわああああああ!! おあああああ!!」

「かっ、かとうぐん!!」「やめろんだ!! それあ誤作動でもしようぼのならそくじ毒が……!!」

 強烈なトラウマに完全に飲み込まれた加藤少年の耳に直樹や聖の声は全く届かずひたすら腕内のスマートウォッチに頭を叩きつける。

「うわああああああ!! おあああああ!!……あっ」

 突如止まった奇声と共に机に突っ伏す加藤少年。

 力なくだらりと下がった右腕内のスマートウォッチ画面にはドクロのアイコンと『GAME OVER』の文字が表示されている。

『あらあら…… どうやらスマートウォッチが誤作動して即死毒を注入しちゃったみたいね。まあいいわ、どのみち3分は既にオーバーしていたわけだし結果オーライって事でいいんじゃない? リチャード、麻痺毒で動けない皆さんをベッドルームにお運びするのよ』

『イエス、マドモアゼル』

 リチャードは部屋の隅に置かれた物入れから台車付き担架を取り出し、言葉も無く涙を流すばかりの参加者を担架に乗せて部屋から運び出す体制に入る。


【第十一話:セコンド・サイトに続く】

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